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第22話
(8)
しおりを挟む守光と向き合ってお茶を飲むのは、ひどく落ち着かない気分だった。居たたまれない、といってもいいかもしれない。
静かな表情でお茶を味わっている守光をまともに見ることができず、つい隣の部屋へと視線を向ける。すでに二組の布団がきちんと敷いてあった。その様子を見て、つい数十分ほど前までの自分の痴態が蘇る。
一人で動揺する和彦とは対照的に、守光はあくまで何事もなかったように泰然としている。
守光はさきほどの淫らな行為で、相手が自分であると隠そうとはしていなかった。和彦は確かに目隠しをして、何も見られない状態ではあったが、ほとんど意味をなさないものになっていた。守光なりの、もう目隠しを取ってもいいというサインだったのかもしれない。
必要なのは、和彦の覚悟次第ということか。
「――今日は疲れただろう」
守光の言葉に、和彦はピクリと肩を揺らす。『おもしろい話』をいつ切り出されるかと、身構えてしまうのだ。
「少し……。遠出は久しぶりなので」
「まあ、あんたの場合、気疲れといったところだな。わしと一緒にいることに、多少は慣れてきているようだが、それでもまだ肩に力が入っている」
「……すみません」
「謝るようなことじゃない。――そのうち、嫌でも慣れる。わしとこうして茶を飲むことも、総和会の人間に囲まれていることにも」
どういう意味かと尋ねようとしたが、そのときには守光は立ち上がっていた。
「そろそろ布団に入ろう。横になっても話はできる」
和彦は頷き、部屋の電気を消してから守光の隣の布団に入る。
変な感じだった。布団の中で身を硬くしながら、隣にいるのは一体誰なのだろうかと考えてしまう。もちろん、長嶺守光という名で、総和会会長という肩書きを持つ人間だということは知っている。しかし、こうして隣り合って寝ている自分との関係は、よくわからない。
いや、あえて曖昧にしているのだ。だから目隠しという、布一枚分の理屈を必要としていた。
和彦はそっと寝返りを打ち、守光のほうを向く。枕元のライトをつけるまでもなく、外からの月明かりのおかげで、守光の横顔を見ることができた。賢吾や千尋との血の繋がりを感じられる、端整な横顔だ。
守光はやっと、静かな口調で切り出した。
「――三十年以上前の話だ。わしがまだ三十代で、長嶺組の組長代理を務めている頃、長嶺組と長年つき合いのある政治家から、相談事が持ち込まれた。自分が目をかけている青年の問題を片付けてやってほしいと。社会的に高い地位に就く人間が、ヤクザに問題解決を頼んでくるのはそう珍しい話じゃない。そうやって、持ちつ持たれつつき合って、使える人脈を広げていき、秘密を保持し合う。わしは、父親から命じられて、その青年と会った。見るからに血統のよさそうな、今のあんたとさほど年齢の変わらない青年だったよ」
守光の話を聞きながら和彦は、なんとなく青年の年齢を計算していた。おそらく現在は、五十代後半から六十代前半といったところだろう。政治家が、わざわざヤクザに頼んでまで守ろうとしたぐらいだ。よほど将来性を買っていたのかもしれない。
「女好きのする、きれいな顔立ちをしていた。そして頼み事というのも、恵まれすぎた容貌と家柄に関係するものだった。よくあることといえば、よくあることだ。ヤクザと関わりのある女に惚れられて、妻子がいるのに、求められるままに肉体関係を持ったはいいが、青年は一度きりのつもりが、女は追いすがった。結局、青年の家柄と職業に目をつけたヤクザが、女と一緒に恐喝を働こうとしたんだ」
「それを、長嶺組の力で……?」
「青年から手切れ金を預かり、それを長嶺組の名で女に突きつけた。それでもまだ騒ぐようなら、長嶺組の面子にかけて、きっちりカタをつける――と言ってな。ただそれだけだ。あっさりと問題は片付いたよ」
興味深い話ではあるが、これがなぜ、自分と守光との間で秘密になりうるのか、まったくわからなかった。
和彦はまじまじと守光の横顔を見つめる。すると守光も体の向きを変え、和彦を正面から見つめ返してきながら、思いがけないことを口にした。
「その青年の名は、佐伯俊哉と言った」
驚きのあまり、和彦は咄嗟に反応できなかった。まさか、この名が出るとは想像もしていなかったからだ。
「……ぼくの、父、ですか?」
「彼と顔を合わせたのは、その女の件で数回だけだ。将来を約束された官僚は、ヤクザと深いつき合いをするつもりはなかったんだろう。わしらとしても、つき合いの長い政治家との関係をこじらせたくなかったから、彼につきまとうようなマネはしなかった。正直、あんたの経歴を調べるまで、佐伯俊哉という存在を思い出すことはなかった」
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