血と束縛と

北川とも

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第22話

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 和彦が切羽詰った声を上げる頃、ようやく内奥で律動が刻まれる。恥知らずな歓喜の声を立て続けに上げると、まるで褒美のように精を注ぎ込まれた。
 必死に頭上の枕を握り締め、快感の奔流に耐える。そうしないと、今度こそ相手にしがみついてしまいそうだったのだ。今度は、和彦の従順さに対する褒美なのか、相手は再び絶頂へと導いてくれた。
 二度目の精を迸らせた和彦が脱力するのを待ってから、繋がりは解かれる。だが、これで終わりではなかった。
 喘ぐ唇を軽く吸われ、ごく当然のように和彦は舌を差し出し、絡め合う。汗に濡れた体を撫でられ、心地よさに小さく声を洩らしていた。
 長い口づけを堪能したあと、唇が耳に押し当てられる。
「――一階の露天風呂を貸し切りにしてある。ゆっくり入ってきなさい」
 耳に注ぎ込まれたのは、賢吾に似た太く艶のある声だった。目隠しの下で和彦が目を見開いている間に、ベッドが揺れ、相手が下りた気配がする。そのままベッドの上でじっとしていると、数分ほどして、部屋のドアが閉まる音がした。
 和彦はおずおずと目隠しを外し、わずかに体を起こす。快感からまだ完全に醒めていないのか、頭がふらついている。それでも、自分が放った精や、鮮やかな愛撫の痕跡が残る体を見て羞恥する程度には、理性は戻っていた。
 床に落ちた浴衣を拾い上げた和彦は、とりあえず下肢の汚れを拭うことにする。こんな状態では、とてもではないが部屋を出られなかった。


 一階の露天風呂は、部屋についているものとは違い、さすがに広かった。貸し切りということで、誰かが入ってくる心配もないため、情交の跡が残る体を隠すことなく入浴することができる。
 体の汚れを流した和彦は、湯に浸かりはしたものの、風呂から見渡せる景色を堪能することなくすぐに上がる。部屋の風呂にゆっくり浸かったあとに、濃厚な行為に及んだのだ。いまだに体に熱が留まっており、あっという間にのぼせてしまいそうだ。
 脱衣所で浴衣と茶羽織を着込むと、洗面台の前に置かれたイスに腰掛け、少しの間ぼうっとしてしまう。体には確かに、嫌というほど覚えのある情交後のけだるさがあるのに、まるで夢を見ていたような感覚に陥るのは、目隠しをしていたからだ。
 ふいに口づけの感触が蘇り、和彦はハッとする。鏡に映る自分の緩みきった表情に羞恥心を刺激され、慌てて備え付けのドライヤーを手にした。
 手早く髪を乾かすと、タオルを抱えて脱衣所を出る。ラウンジを通り抜けて庭に出たとき、大柄な男が悠然とした足取りでこちらに向かってくる。運が悪いことに、南郷だった。
 和彦は咄嗟に周囲を見回して逃げ場を探したが、ラウンジに人気はなく、人に紛れることもできない。一方の南郷は、和彦を見るなり驚いたような表情を見せた。
「――……どうして、ここに?」
 和彦の目の前までやってきたかと思うと、開口一番にこう問われた。無視するわけにもいかず、露天風呂がある方向を指さす。
「露天風呂に入っていました」
「もう上がったのか」
 変なことを言うのだなと、眉をひそめながら和彦も問いかけた。
「それで、あなたはどこに?」
「露天風呂に行こうとしていた。本当は、風呂であんたを捕まえるつもりだったんだ。まさか、こんなに早く上がるとは思っていなかった」
 悪びれた様子もなく南郷が言い放ち、和彦は唖然とする。貸し切りで和彦一人が入っていた露天風呂に、南郷は押しかけるつもりだったのだ。
 もし、露天風呂で出会っていたらどうなっていたか――。
 和彦は南郷を睨みつけると、足早に庭の小道を歩く。部屋に戻ろうとしたのだが、当然のように南郷があとをついてくる。
「……ついてこないでください」
「部屋まで送る。――物騒だからな」
 階段を上っていた和彦は、振り返ってもう一度南郷を睨みつける。嫌な笑みを浮かべた南郷がゆっくりとした動きで片手を伸ばし、和彦の腕を掴んでこようとする。それをあっさりと躱したが、すかさず、今度は素早い動きで南郷が間合いを詰め、和彦の体を手荒に手すりへと押し付けた。
「なっ……」
「そんなにふらついた足じゃ、階段から転げ落ちるかもしれない。なんなら、抱き上げて連れて行こうか?」
 南郷は本気で言っているわけではない。おもしろがるわけでもなく、ただ和彦の神経を逆撫でるようなことを言って、反応を観察してくる。それがわかるからこそ和彦は、南郷が苦手で――不気味だった。
 息を詰め、ほとんど虚勢だけで南郷の目を見据える。和彦のそんな眼差しすら、南郷は観察している様子だったが、思いがけない声が二人の間に割って入った。
「――南郷」
 窘めるように南郷を呼んだのは、さきほど和彦が耳元で聞いた声だ。顔を上げると、渡り廊下に立った守光がこちらを見ていた。
「先生に、礼を欠いた態度を取るな。長嶺の家だけじゃなく、総和会にとっても大切な人だからな」
 守光の声も表情も穏やかではあるが、その立場を知っているせいか、かえって萎縮してしまう怖さがある。南郷は、軽く肩をすくめてからスッと体を引くと、恭しく和彦に向けて頭を下げた。
「申し訳なかった、先生」
 言葉と態度とは裏腹に、ちらりとこちらを見た南郷の目には狡猾さがちらついている。和彦は何も言わず階段を上がり、守光の元に行く。礼を言うのも変な気がして口ごもると、守光の手が肩にかかった。
「わしの部屋で寝るといい」
「でも――」
「先日、あんたに約束しただろう。泊まった先でおもしろい話をしてやると」
「……ぼくにとっても興味深い話だと……」
「そう。賢吾も千尋も知らない」
 和彦は、階段にとどまっている南郷を振り返ってから、総和会の男二人にいいように追い込まれているように感じながらも、頷くしかなかった。

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