血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
467 / 1,268
第22話

(4)

しおりを挟む
 そう言う南郷の表情に、一瞬の嘲りが浮かんだのを見逃さなかった。南郷は、虚勢であるにせよ和彦の強気の理由を知っている。長嶺の男たちによる庇護だ。しかもそれを、医者としての腕ではなく、体によって得ているのだ。
 和彦は何も言わず背を向け、部屋に戻ろうとする。その背に向けて南郷が声をかけてきた。
「あとで、部屋にコーヒーでも運ばせる。俺はあまり気が利く男じゃないが、オヤジさんが戻ってくるまで、しっかり面倒を見させてもらおう」
 仕方なく振り返った和彦は、最低限の礼儀として小さく頭を下げた。


 緊張して夕食が喉を通らないのではないかと危惧していた和彦だが、食前酒のワインを飲んでから、生湯葉に箸をつけると、驚くほど食欲が湧いた。
 鴨肉のソテーを口に運ぶ頃には気分も和らぎ、つい顔を綻ばせる。すると、正面に座っている守光が口元に笑みを湛えた。
「どうやら、口に合ったようだ」
 守光の言葉に、そんなに素直に顔に出ていたのだろうかと思いながら和彦は頷く。
「美味しいです、すごく……」
 この旅館は、食事は各自の部屋に運ばれるのではなく、別棟にある食事処に客が出向き、個室でとる形をとっている。総和会の人間たちも同席するのかと思ったが、現在、個室には和彦と守光の二人だけだ。個室の外に数人の人間が控えており、相変わらず守光の護衛についている。
「――南郷から、何か礼を欠いたことでも言われたかね」
 豆腐を掬った守光にさりげなく問われ、一瞬動きを止めてしまう。肯定したようなものだった。思わず和彦が苦い顔をすると、守光は声を洩らして笑った。
「許してやってくれ。あれは、礼儀作法はしっかりとしているんだが、気になる相手にはどうしても突っかかるような言動を取る。そうやって、相手を見定める――いや、もっと露骨だな。値踏みする」
「値踏み、ですか?」
「あんたのことが、気になって仕方ないんだ。なんといっても、長嶺の男〈たち〉を骨抜きにしている人だ」
 守光から静かな眼差しを向けられ、瞬間的に和彦の体は熱くなる。この場から逃げ出したくなったが、そんな無礼なことができるはずもなく、一人うろたえるしかない。
 ちょうどいいタイミングというべきか、次の料理として地魚の造りが運ばれてきて、座卓の上に並べられる。近くに海があるということで、運ばれてくる料理は魚介類も豊富だ。
「そういえば、南郷の隊にいる若い者と、親しくしていると聞いたんだが……。確か、中嶋と言ったか」
 ピクリと肩を揺らした和彦は、ぎこちなく視線を伏せる。
「ええ……。ぼくが総和会から回ってくる仕事をこなすようになったとき、彼が運転手を。そのときから、よくしてもらっています。中嶋くんが一緒だと、賢吾さんも夜出かけるのを許可してくれますし」
「いい遊び相手、といったところか」
 先日の、中嶋と秦との行為が蘇り、下がりかけた体の熱がまた上がる。守光は、中嶋との特殊な関係も把握しているのだろうかと考えはしたが、もちろん問いかけることなどできない。
「うちの者と、どんどんつき合ってやってくれ。なんといってもあんたは、長嶺組だけではなく、総和会とも縁を持つ人間だ。――この世界に足を踏み入れて一年経つのを機に、総和会が取り仕切る行事にも顔を出してみないかね?」
 食事をしながらの守光の提案は自然で、押し付けがましさも強引さもなかった。ただしそれは、和彦があくまで、長嶺守光として向き合っているからだろう。総和会の人間として、総和会会長からこんな提案をされたら、断ることなどありえない。提案は、命令として言い換えられるのだ。
「あの、それは――……」
 どういう意味かと問おうとしたとき、ジャケットのポケットの中で携帯電話が震えた。慌てて携帯電話を取り出して相手を確認したあと、反射的に守光を見る。ニヤリと笑って返された。
「その顔だと、相手は千尋だろ。かまわんよ。電話に出なさい」
 頭を下げた和彦は体ごと横を向くと、声を潜めて電話に出る。
『先生、今何してる?』
 他愛ない千尋の質問に、和彦は小さく苦笑を洩らす。
「会長と夕食をとっているところだ」
『いーよなー。豪華なんだろ? 俺なんて、今日は本宅に戻れそうにないから、これからラーメンでも食おうかって話してるところだよ』
「忙しそうだな」
 そう応じた和彦は、ふと疑問を感じた。千尋のことなので、仕事絡みとはいえ一泊旅行に行くとなれば、自分も行くと言い出すのは目に見えている。かつて守光は、千尋をゴルフ旅行に同行させていたので、今回もそうしても不思議ではなかったが、状況は今電話で聞かされた通りだ。
 おかげで和彦は、千尋ですら邪魔できない場所で、こうして守光と向き合っている。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...