血と束縛と

北川とも

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第22話

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 和彦はつい穿った見方をしてしまい、一瞬あとには、そんな自分を恥じた。仮にそうだとしても、圧力云々は関係なく、和彦は自分の意思で選択した。
「……こんな言い方をしたら失礼かもしれませんが、気分転換をしてみたかったんです。普段生活している場所から、離れてみたかったというか……」
「あんたの場合は、複雑な人間関係から距離を置いてみたかった、というところか」
 表情の浮かべようがなかった。複雑な人間関係の中には、守光の息子と孫も含まれているのだ。二人から逃げたがっていると受け止められるのが怖かった。
 守光はちらりと唇に笑みを刻むと、自分が選んだ団扇と、和彦が手にしていたブックカバーと扇子を取り上げる。
「あのっ――……」
「わしと一緒にいる間、あんたは自分の財布を出さなくていい。わしの顔を立てるためだと思って、任せてくれ」
 ここまで言われて断れるはずもなく、和彦は頷く。しかし、他に何か欲しいものはないかと言われて本気で困った。
「遠慮はいらない。あんたはもう、〈わし〉の身内だ」
 和彦の背を駆け抜けたのは冷たい感触だったが、同時に、無視できない疼きもあった。
 こうして守光に同行して、何事もなく気楽に旅行が楽しめるとは毛頭思っていない。和彦はあることを予期したうえで、それでもこうしてついてきたのだ。
 強い力には逆らわず、巧く身を委ねる。守光は、和彦にその姿勢を貫くことを求めており、おそらく試してもいる。
 支払いを済ませた守光に袋を差し出され、礼を言って受け取る。和彦はサングラスをかけて店を出ると、今度こそ守光と並んで歩く。
 総和会の男たちに四方をがっちりとガードされて歩くと、悪目立ちするうえに、あからさまに奇異の視線を向けられるか、目を逸らされるのだ。居心地が悪くて仕方ないが、守光に〈身内〉と言われてしまっては、否が応でも慣れなくてはならないのだろう。
 辺りを睥睨するわけでもなく、ただ慎重に注意を払っている男たちの中にいる自分は、果たしてどんなふうに見られているのだろうか――。
 ふとそんなことを考えた和彦は、自嘲気味に唇を歪める。物騒な男たちに囲まれている限り、自分も同じく物騒な存在なのだ。
「――ここはもう、桜が花をつけ始めているな」
 隣を歩く守光が柔らかな声で洩らし、つられて和彦も視線を上げる。確かに、通りに沿って植えられた桜は、わずかだが花をつけていた。伸びた枝には、今にも開きそうな蕾が目立ち、もう何日かすればこの通りは桜色に彩られそうだ。
「春が来ているんですね……」
 そう応じた和彦は、桜の花を見るのはずいぶん久しぶりな気がしていた。
 考えてみれば昨年の春は、賢吾によって裏の世界に引きずり込まれ、生活環境が大きく変わっていた頃だ。いままで接したことのない種類の男たちに怯え、警戒し、息が詰まるような生活を送っていた。精神状態の浮沈も激しくて、風景がどう変化しているかなど気にかける余裕もなかった。
「総和会では毎年、花見会を催している。十一の組の組長や幹部たちだけでなく、日ごろつき合いのある、総和会以外の組の者たちを呼んでな」
 思いがけない話に和彦は守光を見る。
「花見、ですか?」
「組同士の交流を目的としている。警察からは〈総会〉と呼ばれているが、表向きは、あくまで花見会だ。ヤクザが集まって、のんびりと桜を眺める」
 守光の語り口調が楽しげであればあるほど、言葉通り受け止めることはできなかった。
「……いまだにこの世界は、ぼくにとって目新しいことばかりです。しきたりや、行事とか。ぼく自身、そういうことに一切かまわない生活を送っていたので、戸惑うこともあります。変な言い方ですが、こちらの世界はきちんとしているというか……」
「歯止めを失いやすい世界だからこそ、そういうものが必要なんだよ。組織を締め上げる術だ。末端に至るまで丹念に目をかけてやることができないからこそ、上に立つものが権威を示していかなきゃならない。我々が面子を何より大事にするのは、それで飯を食っているからだ。汚い面子には、汚い人間しか寄りつかない。そういう人間は、総和会には不要だ。もちろん、総和会を支える十一の組にも」
 面子を保つためであれば、非合法な行為も厭わない。矛盾しているようだが、裏の世界で栄える組織にとっては、筋が通っている理屈なのだろう。その裏の世界で、怖い男たちに大事にされている和彦自身、非合法な行為に手を貸して、見返りを受け取っているのだ。

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