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第21話
(19)
しおりを挟むわざわざ雑居ビルの一階で待っていてくれた中嶋は、酒屋の袋を手にした和彦を見て申し訳なさそうな顔をした。
「……誘ったのはこちらなのに、なんだか気をつかわせてしまったようですね」
そう言って中嶋は、さりげなく袋を持ってくれる。
「こちらこそ、ちょうど気分転換をしたくて、相手を探していたところだったんだ。誘ってくれてありがたい」
和彦は背後の車を振り返り、運転席の組員に向けて軽く手を上げる。中嶋と一緒にいるところを確認して、今日の護衛の役目は一旦終わりだ。
エレベーターで最上階まで上がると、ドアを開けて秦が待っていた。浮かべている笑みが普段以上に艶やかに見え、なんとなく秦の顔を直視しがたい。
ここで和彦は、ピクリと肩を揺らす。自然な動作で中嶋に腕を取られたのだ。思わず隣に目をやると、中嶋の柔らかな表情に〈女〉を感じ取る。漠然と予期していたものが確信へと変わり、この瞬間から和彦の心臓の鼓動は、わずかに速くなっていた。
部屋に招き入れられると、不躾だと思いつつも和彦の視線はつい、部屋の一角に置かれたベッドに向く。和彦の部屋のベッドほど幅はないが、それでも男二人が寝るには十分な広さだろう。
「そう、まじまじと見つめられると、恥ずかしいものがありますね」
グラスを準備しながらの秦の言葉に、和彦のほうが恥ずかしくなってくる。
「……新しいベッドを見てもらいたいと言ったのは、君だろ」
「まさか、先生があっさり誘いに乗ってくれるとは、思っていませんでした」
「ぼくも、ベッドで釣られるとは思わなかった。……理由はなんでもよかった。気分転換したかったんだ。――気心が知れた相手と」
和彦が買ってきたワインをさっそくグラスに注いだ秦が、芝居がかった優雅な仕種で首を傾げる。
「何かありましたか?」
「仕事のことで、ちょっとややこしい立場になった、かもしれない」
「先生はいままでも、十分にややこしい立場だったでしょう」
率直な意見を述べてくれたのは、中嶋だ。促されるままコートとジャケットを脱いで手渡すと、ラグの上に座り込む。すかさずグラスを手渡された。
「明日の朝、先生のマンションまで送りますから、今夜は泊まっていってください。そのほうが、ゆっくり話もできますし」
秦の言葉に、和彦は反射的に中嶋を見る。中嶋はあっさりと頷いた。
「俺も一週間の半分はここに転がり込んでいるので、先生も遠慮しなくていいですよ」
「遠慮どころか、この部屋を所有しているのは長嶺組なので、その身内である先生は主のように振る舞う権利がありますよ」
中嶋がキッチンに向かい、秦はグラスを片手に和彦の傍らに座った。
ワインを飲みつつ和彦は、小声で秦に話しかける。
「――……本当に、ぼくがお邪魔してよかったのか?」
秦は楽しそうに顔を綻ばせた。
「中嶋が、先生を呼びたいと言ったんです。手を握って、というのは本気ですよ。わたしも、先生を共犯にするのは大賛成だし、何より楽しそうだ」
「悪いが今日は、ぼくを利用する計画や企みという話は、寛大な気持ちで受け止められない」
和彦のその言葉から、察するものがあったらしい。秦はワインを注ぎ足してこう言った。
「では、言い直しましょう。わたしと中嶋は、先生と一緒に気持ちよくなりたいんです」
「中嶋くんを気持ちよくするのは君の仕事だ。ぼくは――」
「保護者兼先生ですよ」
トレーを抱えてキッチンから出てきた中嶋が、澄ました顔で言う。和彦は苦笑を洩らすしかできない。あれこれ言い訳めいたことを口にしたところで、多少のときめきを覚えつつ、この部屋にやってきたのだ。和彦は、甘くあると同時に、シビアで打算含みのこの二人の関係を気に入っているのだ。
ラグの上に、つまみをのせたトレーを置いた中嶋は、和彦の隣に座った。
「……なんだか、不思議だ……」
缶ビールを呷る中嶋の横顔を見つめ、和彦はぽつりと洩らす。中嶋と初めて顔を合わせたのは、総和会から回ってきた仕事に向かう車の中だった。今もそうだが、中嶋は到底ヤクザには見えず、和彦は妙な感じがしたのだ。
それから些細なきっかけで言葉を交わすようになり、ジムを紹介してもらってから、親しさが増していった。決定的だったのは、秦の存在だ。
知り合ってから一年も経たないうちに、こうも特殊な関係になるとは想像もしていなかった。いや、それを言うなら、ヤクザのオンナになったということも、想像を超えた出来事だ。
和彦の視線に気づいた中嶋が、スッと顔を近づけてくる。何事かと身構える間もなく、唇を塞がれていた。驚いて目を丸くした和彦に、中嶋はちらりと笑いかけてくる。
「なんだか先生、緊張しているみたいですね」
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