血と束縛と

北川とも

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第21話

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「二日前に、ここで暴走族同士の乱闘事件があって、一人が半殺しになった。おかげでしばらくは、まともな人間どころか、暴走族も近づかない。セックス抜きで秘密の話をするには、うってつけの場所だ」
「……どの口が、情緒なんて言葉を言ったんだ」
 車にもたれかかった鷹津が、和彦の手にある包みに目を留める。すかさず和彦は包みを押し付けた。
「やる」
「なんだ……?」
「靴下。誕生日に、あんたにはディナーを奢ってもらったから、お返しだ。たまたまバレンタインのセールで安かったんだ」
 鷹津は、包みと和彦の顔を交互に見て、鼻先で笑った。
「自分のために、靴下が破れるほど足を使えってことか。大したオンナだ」
「まあ、そういうことだ。何かは返しておかないと、目覚めが悪いからな」
 律儀なことだと呟いて、鷹津は車の中に包みを放り込んだ。それからスッと、和彦が乗ってきた車のほうを見る。つられて和彦も振り返ると、いつの間にか中嶋が、車を降りてこちらを見ていた。
「あの二枚目は、前に会ったことがあるな……」
「余計なことはするなよ。彼は単なるヤクザじゃなく、総和会の人間だ」
「――あいつとも寝たのか?」
 和彦は横目で鷹津を睨みつけると、吐き捨てるように答えた。
「まだ、寝てない」
「正直な奴だ」
「あんた相手に取り繕う必要もないだろ」
 和彦は夜景をよく見るため、車の前に回り込む。当然のように鷹津が隣に立ち、それどころか馴れ馴れしく肩を抱いてきた。一瞬腕を払いのけたくなったが、鷹津がいい風除けになっていることに気づき、我慢することにした。
「……寒いんだ。早く本題に入ってくれ」
 そう言って和彦は、前方に広がる夜景を眺める。確かにここは、見晴らしがよかった。
「里見という男だが、真っ当な生活を送っている人間らしく、調べるのは楽だった。生活パターンがほぼ決まっているから、それを辿るだけでいい。もちろん、前科はなし。職場での評判もいいし、仕事もできるようだな」
「省庁勤めの頃から、有能な人だった。なんといっても、ぼくの父親が目をかけていたぐらいだ」
「ムカつくほどエリートでイイ男だが、結婚歴はなし。だからといって、女にだらしないという話は、俺が調べた限りじゃなかった。もう少し時間をかけて調べたら、ドロドロしたものも出てくるかもしれないが……知りたいか?」
 和彦は意地でも前を見据えたまま、表情を変えずに答える。
「女関係は、それで十分だ。――今のぼくには関係ないし」
 和彦の言葉をどう受け止めたのか、鷹津は鼻先で短く笑い、すぐに報告を続ける。
「里見がいる会社は、お前の親兄弟がいる省庁の参画会議に参加している。里見自身も、けっこうな頻度で出向いているようだ。ただし、さすがに俺一人だと、佐伯家に何日も張り付いて、里見が出入りしているか確認するのは無理だ。なんなら、知り合いの調査屋を手配してもいいが」
「いや……、そこまでは。考えてみれば、佐伯家に出入りしているかどうかは、知ったところであまり意味がない。佐伯家の人間といつでも連絡を取り合えて、指示されれば断れない関係なのだと本人が言ったんだから、それで十分だ」
 肩にかかる鷹津の腕に力が込められ、和彦は体を引き寄せられる。切りつけてくるように空気が冷たいため、すでに体温を奪われつつある和彦にとって、忌々しいことに鷹津の体温が少しだけ心地よく感じる。
「里見は、いいマンションに一人暮らしだ。ペットもいない。ただ、仕事が忙しいのか、あまり帰っていない。職場近くに、寝泊りするためだけの部屋を借りているんだ。単身者用のマンションだから、誰かと一緒に暮らしているということもないだろう」
 十三年経とうが、里見の暮らしぶりはさほど変わっていないようだった。もちろん、鷹津が調べたのはあくまで表面的なものだろうし、和彦と再会するまでの間にさまざまなことがあっただろう。もしかすると、今現在も、こちらが把握していないだけで――。
 鷹津が耳元に唇を寄せ、皮肉っぽく囁いてきた。
「――お前の初めての男が、四十を越えても独身を貫いていると知って、どういう気分だ?」
 和彦は、鷹津の顔を間近から見つめる。
「別に……。あの人だっていろいろあるんだろう。ぼくにだって、いろいろあるぐらいだ」
「俺が調べた情報は、全部お前に渡してやる。どうするかは、お前の自由だ。それこそ、里見の部屋に行こうがな」
 そう言いながら鷹津の指が、和彦の頬やあごをくすぐってくる。
「ただ、里見の存在が、長嶺にバレたときの覚悟はしておけよ。あの男は、自分の大事で可愛いオンナが浮気していると思ったら、間男を半殺しにするぐらい、簡単にするぞ」

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