448 / 1,268
第21話
(10)
しおりを挟む
守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。
それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。
それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。
和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「――先生、携帯鳴ってませんか?」
中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。
和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。
「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」
「食事が終わってからかけ直す」
中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。
食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。
鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。
「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」
気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。
インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。
一体何が、ヤクザの青年の目を惹いたのかと思って、つい和彦は店の外から見守る。中嶋が手に取ったのはバスローブだった。秦の部屋に置くのだろうかと、つい生々しい想像をしてしまう。
だがすぐに、中嶋があえて和彦から離れた理由に思い至り、慌てて携帯電話を取り出す。さっそく鷹津に連絡を取った。
『――男とお楽しみの最中だったか』
開口一番の言葉が、いかにも鷹津らしい。和彦は腹を立てる気にもなれず、素っ気なく応じた。
「そうだと言ったらどうなんだ」
『人に仕事をさせておいて、いい気なもんだな』
「……餌は食べさせただろ」
『そうだったか』
電話の向こうで鷹津が下卑た笑い声を洩らす。和彦が嫌がると思い、わざとやっているのだ。
「さっさと本題に入れ。話す気がないなら切るぞ」
『里見という男について調べた』
この瞬間、和彦の心臓の言葉は大きく跳ねる。ギリギリのところで表情に出すことはなかったが、それでも少し動揺していた。
「何が、わかった……?」
『なんだ、冷てーな。電話で済ませろっていうのか。面と向かって、俺の労をねぎらうぐらいしても、バチは当たらないだろ』
ここで和彦が嫌だと言ったところで、鷹津は引かないだろう。なんといっても、情報を持っているのは鷹津だ。そして和彦は、その情報が知りたい。
「……明日も仕事があるから、遅くまでつき合う気はないからな」
和彦の考えすぎかもしれないが、なんとなく鷹津がニヤリと笑った気配を感じた。
鷹津が告げた場所を声に出して反芻してから、電話を切る。不機嫌に唇を曲げた和彦が視線を上げると、店内から中嶋がこちらを見ていた。そして、何も買わずに店を出る。
「バスローブは買わないのか?」
傍らに立った中嶋にそう声をかけると、澄ました顔で頷かれる。
「ああいうのは、秦さんに任せたほうがいいですね。秦さんと俺の分はあるので、あとは、先生の分を揃えるだけなんです」
どうしてこう、反応を試すようなことばかり言う人間が、自分の周囲には多いのか。思わず心の中でぼやいた和彦は、口ではまったく別の用件を切り出した。
「護衛の人間を帰してしまったから、君にちょっと連れて行ってもらいたいところがあるんた。……多分、すぐに済む」
「先生の気の済むまで、いくらでもつき合いますよ」
よかった、と洩らした和彦は、中嶋と肩を並べて歩き出す。駐車場に向かいながら、当然のことを中嶋が尋ねてきた。
「それで、どこに?」
それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。
それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。
和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「――先生、携帯鳴ってませんか?」
中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。
和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。
「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」
「食事が終わってからかけ直す」
中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。
食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。
鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。
「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」
気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。
インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。
一体何が、ヤクザの青年の目を惹いたのかと思って、つい和彦は店の外から見守る。中嶋が手に取ったのはバスローブだった。秦の部屋に置くのだろうかと、つい生々しい想像をしてしまう。
だがすぐに、中嶋があえて和彦から離れた理由に思い至り、慌てて携帯電話を取り出す。さっそく鷹津に連絡を取った。
『――男とお楽しみの最中だったか』
開口一番の言葉が、いかにも鷹津らしい。和彦は腹を立てる気にもなれず、素っ気なく応じた。
「そうだと言ったらどうなんだ」
『人に仕事をさせておいて、いい気なもんだな』
「……餌は食べさせただろ」
『そうだったか』
電話の向こうで鷹津が下卑た笑い声を洩らす。和彦が嫌がると思い、わざとやっているのだ。
「さっさと本題に入れ。話す気がないなら切るぞ」
『里見という男について調べた』
この瞬間、和彦の心臓の言葉は大きく跳ねる。ギリギリのところで表情に出すことはなかったが、それでも少し動揺していた。
「何が、わかった……?」
『なんだ、冷てーな。電話で済ませろっていうのか。面と向かって、俺の労をねぎらうぐらいしても、バチは当たらないだろ』
ここで和彦が嫌だと言ったところで、鷹津は引かないだろう。なんといっても、情報を持っているのは鷹津だ。そして和彦は、その情報が知りたい。
「……明日も仕事があるから、遅くまでつき合う気はないからな」
和彦の考えすぎかもしれないが、なんとなく鷹津がニヤリと笑った気配を感じた。
鷹津が告げた場所を声に出して反芻してから、電話を切る。不機嫌に唇を曲げた和彦が視線を上げると、店内から中嶋がこちらを見ていた。そして、何も買わずに店を出る。
「バスローブは買わないのか?」
傍らに立った中嶋にそう声をかけると、澄ました顔で頷かれる。
「ああいうのは、秦さんに任せたほうがいいですね。秦さんと俺の分はあるので、あとは、先生の分を揃えるだけなんです」
どうしてこう、反応を試すようなことばかり言う人間が、自分の周囲には多いのか。思わず心の中でぼやいた和彦は、口ではまったく別の用件を切り出した。
「護衛の人間を帰してしまったから、君にちょっと連れて行ってもらいたいところがあるんた。……多分、すぐに済む」
「先生の気の済むまで、いくらでもつき合いますよ」
よかった、と洩らした和彦は、中嶋と肩を並べて歩き出す。駐車場に向かいながら、当然のことを中嶋が尋ねてきた。
「それで、どこに?」
36
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる