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第21話
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守光と顔を合わせてから、和彦と総和会の関係は一気に近くなった。それは、知りたくない事情を知る機会が増えたということで、下手をすれば足元を掬われかねない。
それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。
それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。
和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「――先生、携帯鳴ってませんか?」
中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。
和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。
「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」
「食事が終わってからかけ直す」
中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。
食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。
鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。
「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」
気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。
インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。
一体何が、ヤクザの青年の目を惹いたのかと思って、つい和彦は店の外から見守る。中嶋が手に取ったのはバスローブだった。秦の部屋に置くのだろうかと、つい生々しい想像をしてしまう。
だがすぐに、中嶋があえて和彦から離れた理由に思い至り、慌てて携帯電話を取り出す。さっそく鷹津に連絡を取った。
『――男とお楽しみの最中だったか』
開口一番の言葉が、いかにも鷹津らしい。和彦は腹を立てる気にもなれず、素っ気なく応じた。
「そうだと言ったらどうなんだ」
『人に仕事をさせておいて、いい気なもんだな』
「……餌は食べさせただろ」
『そうだったか』
電話の向こうで鷹津が下卑た笑い声を洩らす。和彦が嫌がると思い、わざとやっているのだ。
「さっさと本題に入れ。話す気がないなら切るぞ」
『里見という男について調べた』
この瞬間、和彦の心臓の言葉は大きく跳ねる。ギリギリのところで表情に出すことはなかったが、それでも少し動揺していた。
「何が、わかった……?」
『なんだ、冷てーな。電話で済ませろっていうのか。面と向かって、俺の労をねぎらうぐらいしても、バチは当たらないだろ』
ここで和彦が嫌だと言ったところで、鷹津は引かないだろう。なんといっても、情報を持っているのは鷹津だ。そして和彦は、その情報が知りたい。
「……明日も仕事があるから、遅くまでつき合う気はないからな」
和彦の考えすぎかもしれないが、なんとなく鷹津がニヤリと笑った気配を感じた。
鷹津が告げた場所を声に出して反芻してから、電話を切る。不機嫌に唇を曲げた和彦が視線を上げると、店内から中嶋がこちらを見ていた。そして、何も買わずに店を出る。
「バスローブは買わないのか?」
傍らに立った中嶋にそう声をかけると、澄ました顔で頷かれる。
「ああいうのは、秦さんに任せたほうがいいですね。秦さんと俺の分はあるので、あとは、先生の分を揃えるだけなんです」
どうしてこう、反応を試すようなことばかり言う人間が、自分の周囲には多いのか。思わず心の中でぼやいた和彦は、口ではまったく別の用件を切り出した。
「護衛の人間を帰してしまったから、君にちょっと連れて行ってもらいたいところがあるんた。……多分、すぐに済む」
「先生の気の済むまで、いくらでもつき合いますよ」
よかった、と洩らした和彦は、中嶋と肩を並べて歩き出す。駐車場に向かいながら、当然のことを中嶋が尋ねてきた。
「それで、どこに?」
それでなくても和彦は、〈長嶺の守り神〉と関係を持っている。目隠しの布一枚分の建前だが、総和会会長のオンナになったわけではないと、強弁できる。ギリギリのところで、複雑な総和会の事情に巻き込まれずに済んでいるのだ。
それとも中嶋は、すでに和彦が、守光と特殊な関係にあると考えているのだろうか――。
和彦は無意識のうちに、探るような眼差しを中嶋に向ける。すると、なんの前触れもなく中嶋が顔を上げた。ドキリとした和彦は、不自然に視線を逸らすこともできずうろたえる。じろじろと見ていたことを気づかれたのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「――先生、携帯鳴ってませんか?」
中嶋にそう言われて初めて、携帯電話の微かな震動音に気づく。傍らに置いたコートのポケットから取り出して表示を確認すると、鷹津の携帯電話からだった。軽く眉をひそめた和彦は、一瞬逡巡してから電源を切る。食事の最中に、鷹津と話をするためだけに席を立つのは抵抗があった。
和彦の行動に、中嶋は目を丸くする。
「いいんですか? 遠慮なく出てもらっても――」
「食事が終わってからかけ直す」
中嶋と一緒であることは、護衛の人間を通して長嶺組に把握されている。仮に急ぎの仕事が入ったとしても、中嶋経由で連絡が入るはずだ。
食事を続けながら和彦は、鷹津の電話の用件を想像する。考えられることは、一つしかなかった。和彦が調査を依頼していた件だ。
鷹津などいくらでも待たせればいいと頭の半分では思うが、残りの半分で、調査の結果が気になるし、蛇蝎の片割れである男の機嫌を損ねる厄介さも無視できない。
「デザートとチャイを持ってきてもらいますか?」
気を利かせた中嶋に提案され、苦笑しつつ和彦は頷いた。
インド料理屋と同じフロアには、飲食店だけでなくさまざまなショップが入っている。少し見てきてもいいですかと言って、誘われるように中嶋が入っていたのは、インテリア雑貨屋だった。
一体何が、ヤクザの青年の目を惹いたのかと思って、つい和彦は店の外から見守る。中嶋が手に取ったのはバスローブだった。秦の部屋に置くのだろうかと、つい生々しい想像をしてしまう。
だがすぐに、中嶋があえて和彦から離れた理由に思い至り、慌てて携帯電話を取り出す。さっそく鷹津に連絡を取った。
『――男とお楽しみの最中だったか』
開口一番の言葉が、いかにも鷹津らしい。和彦は腹を立てる気にもなれず、素っ気なく応じた。
「そうだと言ったらどうなんだ」
『人に仕事をさせておいて、いい気なもんだな』
「……餌は食べさせただろ」
『そうだったか』
電話の向こうで鷹津が下卑た笑い声を洩らす。和彦が嫌がると思い、わざとやっているのだ。
「さっさと本題に入れ。話す気がないなら切るぞ」
『里見という男について調べた』
この瞬間、和彦の心臓の言葉は大きく跳ねる。ギリギリのところで表情に出すことはなかったが、それでも少し動揺していた。
「何が、わかった……?」
『なんだ、冷てーな。電話で済ませろっていうのか。面と向かって、俺の労をねぎらうぐらいしても、バチは当たらないだろ』
ここで和彦が嫌だと言ったところで、鷹津は引かないだろう。なんといっても、情報を持っているのは鷹津だ。そして和彦は、その情報が知りたい。
「……明日も仕事があるから、遅くまでつき合う気はないからな」
和彦の考えすぎかもしれないが、なんとなく鷹津がニヤリと笑った気配を感じた。
鷹津が告げた場所を声に出して反芻してから、電話を切る。不機嫌に唇を曲げた和彦が視線を上げると、店内から中嶋がこちらを見ていた。そして、何も買わずに店を出る。
「バスローブは買わないのか?」
傍らに立った中嶋にそう声をかけると、澄ました顔で頷かれる。
「ああいうのは、秦さんに任せたほうがいいですね。秦さんと俺の分はあるので、あとは、先生の分を揃えるだけなんです」
どうしてこう、反応を試すようなことばかり言う人間が、自分の周囲には多いのか。思わず心の中でぼやいた和彦は、口ではまったく別の用件を切り出した。
「護衛の人間を帰してしまったから、君にちょっと連れて行ってもらいたいところがあるんた。……多分、すぐに済む」
「先生の気の済むまで、いくらでもつき合いますよ」
よかった、と洩らした和彦は、中嶋と肩を並べて歩き出す。駐車場に向かいながら、当然のことを中嶋が尋ねてきた。
「それで、どこに?」
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