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第21話
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さっそく和彦がスプーンを手にすると、さりげなく中嶋が言った。
「いろいろと理屈を並べてますが、単純に、俺は先生を好きなんです。もちろん、秦さんも先生を好きですよ」
和彦は、ナンを千切っている中嶋をまじまじと見つめてから、ぼそりと応じる。
「ぼくも、君は好きだ」
「光栄ですね、先生にそう言ってもらえて」
ここで二人は、食えない笑みを交わし合う。ヤクザのオンナとヤクザがカレーを前にして、こうして互いの腹を探り合っているとは、誰も思いはしないだろう。普通に過ごしている限り、和彦も中嶋も、表の世界によく馴染む外見をしているのだ。
野菜カレーをまず口にして、その味に和彦は満足する。中嶋からエビカレーを少し分けてもらい、代わりに和彦は、チキンカレーを食べてもらう。
ラム肉のタンドール焼きを味わっていた和彦は、店内に一人で入ってきた男に目を留めた。食事を始めてから数組の客の出入りを見たが、一見して違和感を覚える。なんとなくだが、食事に訪れたようには見えなかったのだ。
和彦の直感は当たったらしく、スタッフに何か言った男はさっと店内を見回してから、まっすぐこちらにやってくる。セーターの上からダウンジャケットを羽織った、ラフな格好をした若者だ。年齢は千尋と同じぐらいに見えるが、持っている空気がおそろしく鋭い。
「――お食事中、すみません」
若者はテーブルの傍らに立つと、一礼して低く抑えた声を発した。それを受けて、ここまで寛いだ様子を見せていた中嶋が表情を一変させる。口元には笑みを湛えながらも、冴えた目で若者を一瞥した。
「上手く進んだのか?」
中嶋の問いかけに若者は頷く。
「明日の朝、中嶋さんに立ち合って確認してほしいんですが」
「わかった。今日はもういい。他の連中はまだ一緒に?」
「車に待たせています」
二人のやり取りを聞きつつも、和彦は素知らぬ顔をして食事を続ける。賢吾とも食事をしていると、よくあることなのだ。立ち入ってはいけない話が多すぎるので、こうして聞こえていないふりをするのが一番無難だし、相手を警戒させないで済む。
中嶋は自分の財布を取り出すと、数枚の万札を若者に渡した。
「だったらこれで、飲み食いさせてやってくれ。ご苦労さん」
ダウンジャケットのポケットに金を仕舞った若者は、中嶋だけでなく、和彦にまで丁寧に頭を下げてすぐに店を出ていった。
「南郷さんが連れてきたんですよ」
和彦が口を開くより先に、中嶋が質問を先回りして説明を始める。
「総和会は、十一の組から成り立っているでかい組織ですが、実質的に動かしているのは、それぞれの組から推薦されて幹部になった人間と、さらにその幹部が引っ張ってきた人間です。ただし、どの組も平等に、自分の組の人間を総和会に送り込めるわけじゃありません。組の力というのが、如実に出るんです。今、総和会の中で一番組織力を持っているのは――」
「……長嶺組、か」
「より正確に言うなら、長嶺守光という勢力です。会長の力が強ければ強いほど、会長側についている人間の発言力も勢力も増す。自分の子飼いを増やせるということです」
「なら、さっきの若い子が?」
「ええ。南郷さんが昵懇にしている小さな組から連れてきた見習いです。あいつだけじゃない。遊撃隊が使える若い連中を揃えて、鍛えている最中なんですよ。俺は、あいつの他に数人を預かって、面倒を見ています」
「堂に入ってたな、さっきのやり取りは」
率直な和彦の感想に、中嶋は照れたような表情を見せた。こういう顔も、自分の前だから見せてくれるのかと思ったら貴重だ。だがそれも一瞬で、中嶋は軽く周囲を見回してから、声を潜めた。
「遊撃隊に入ってから感じたんですが、なんとなく、南郷さんは総和会の中での足場を固めているような気がするんですよね」
サフランライスの次に、ナンを味わっていた和彦は首を傾げる。
「隊を任されているぐらいなら、足場なんてとっくに固めているんじゃないのか」
「第二遊撃隊は、長嶺会長が南郷さんに居場所を与えるために作った隊だと言われています。長嶺会長が引退をしたら、あとはどうなるかわからないんですよ。だからこそ、ある程度の組織力を今のうちに養っているような――と、あくまで俺の想像ですけどね」
「総和会内での出世を望む君が、南郷さんの第二遊撃隊に入ったぐらいだ。それなりの目算はあってのことだと、ぼくなんかは思うんだが……」
ニヤリと笑った中嶋は、エビにかぶりついた。なんだか楽しそうだなと思いつつ、和彦はグラスの水を一気に飲み干す。カレーの香辛料より、総和会の内情の話のほうがよほど刺激的だ。ただしその刺激は、非常に厄介なものだ。
「いろいろと理屈を並べてますが、単純に、俺は先生を好きなんです。もちろん、秦さんも先生を好きですよ」
和彦は、ナンを千切っている中嶋をまじまじと見つめてから、ぼそりと応じる。
「ぼくも、君は好きだ」
「光栄ですね、先生にそう言ってもらえて」
ここで二人は、食えない笑みを交わし合う。ヤクザのオンナとヤクザがカレーを前にして、こうして互いの腹を探り合っているとは、誰も思いはしないだろう。普通に過ごしている限り、和彦も中嶋も、表の世界によく馴染む外見をしているのだ。
野菜カレーをまず口にして、その味に和彦は満足する。中嶋からエビカレーを少し分けてもらい、代わりに和彦は、チキンカレーを食べてもらう。
ラム肉のタンドール焼きを味わっていた和彦は、店内に一人で入ってきた男に目を留めた。食事を始めてから数組の客の出入りを見たが、一見して違和感を覚える。なんとなくだが、食事に訪れたようには見えなかったのだ。
和彦の直感は当たったらしく、スタッフに何か言った男はさっと店内を見回してから、まっすぐこちらにやってくる。セーターの上からダウンジャケットを羽織った、ラフな格好をした若者だ。年齢は千尋と同じぐらいに見えるが、持っている空気がおそろしく鋭い。
「――お食事中、すみません」
若者はテーブルの傍らに立つと、一礼して低く抑えた声を発した。それを受けて、ここまで寛いだ様子を見せていた中嶋が表情を一変させる。口元には笑みを湛えながらも、冴えた目で若者を一瞥した。
「上手く進んだのか?」
中嶋の問いかけに若者は頷く。
「明日の朝、中嶋さんに立ち合って確認してほしいんですが」
「わかった。今日はもういい。他の連中はまだ一緒に?」
「車に待たせています」
二人のやり取りを聞きつつも、和彦は素知らぬ顔をして食事を続ける。賢吾とも食事をしていると、よくあることなのだ。立ち入ってはいけない話が多すぎるので、こうして聞こえていないふりをするのが一番無難だし、相手を警戒させないで済む。
中嶋は自分の財布を取り出すと、数枚の万札を若者に渡した。
「だったらこれで、飲み食いさせてやってくれ。ご苦労さん」
ダウンジャケットのポケットに金を仕舞った若者は、中嶋だけでなく、和彦にまで丁寧に頭を下げてすぐに店を出ていった。
「南郷さんが連れてきたんですよ」
和彦が口を開くより先に、中嶋が質問を先回りして説明を始める。
「総和会は、十一の組から成り立っているでかい組織ですが、実質的に動かしているのは、それぞれの組から推薦されて幹部になった人間と、さらにその幹部が引っ張ってきた人間です。ただし、どの組も平等に、自分の組の人間を総和会に送り込めるわけじゃありません。組の力というのが、如実に出るんです。今、総和会の中で一番組織力を持っているのは――」
「……長嶺組、か」
「より正確に言うなら、長嶺守光という勢力です。会長の力が強ければ強いほど、会長側についている人間の発言力も勢力も増す。自分の子飼いを増やせるということです」
「なら、さっきの若い子が?」
「ええ。南郷さんが昵懇にしている小さな組から連れてきた見習いです。あいつだけじゃない。遊撃隊が使える若い連中を揃えて、鍛えている最中なんですよ。俺は、あいつの他に数人を預かって、面倒を見ています」
「堂に入ってたな、さっきのやり取りは」
率直な和彦の感想に、中嶋は照れたような表情を見せた。こういう顔も、自分の前だから見せてくれるのかと思ったら貴重だ。だがそれも一瞬で、中嶋は軽く周囲を見回してから、声を潜めた。
「遊撃隊に入ってから感じたんですが、なんとなく、南郷さんは総和会の中での足場を固めているような気がするんですよね」
サフランライスの次に、ナンを味わっていた和彦は首を傾げる。
「隊を任されているぐらいなら、足場なんてとっくに固めているんじゃないのか」
「第二遊撃隊は、長嶺会長が南郷さんに居場所を与えるために作った隊だと言われています。長嶺会長が引退をしたら、あとはどうなるかわからないんですよ。だからこそ、ある程度の組織力を今のうちに養っているような――と、あくまで俺の想像ですけどね」
「総和会内での出世を望む君が、南郷さんの第二遊撃隊に入ったぐらいだ。それなりの目算はあってのことだと、ぼくなんかは思うんだが……」
ニヤリと笑った中嶋は、エビにかぶりついた。なんだか楽しそうだなと思いつつ、和彦はグラスの水を一気に飲み干す。カレーの香辛料より、総和会の内情の話のほうがよほど刺激的だ。ただしその刺激は、非常に厄介なものだ。
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