血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
445 / 1,268
第21話

(7)

しおりを挟む




 和彦は、ここ最近忙しさもあってサボりがちだったジムに行き、体を動かしていた。忙しいとはいっても、基本的に座り仕事が多いし、移動は車だ。気を抜くとすぐに運動不足になる。数年ぶりに熱を出して寝込んだことで、普段からの体作りの大切さを思い知った。
 ランニングマシーンでたっぷり走ってから、軽めのメニューをこなし、ウェイトコーナーに向かう。置いてあるベンチに横になり、腹筋のトレーニングをしてみたが、やはり少し筋力が落ちているようだ。
 クリニックを開業してから、ようやく生活のリズムが掴めてきたところなので、ジム通いの回数を元に戻そうかと和彦は考えている。組からの仕事が入らなければ、比較的夜は時間が取れるのだ。ただし、賢吾に勝手に予定を押さえられなければ、という前提で。
「――あまり、病み上がりという感じじゃないですね、先生」
 ベンチの傍らに立ったジム仲間に声をかけられ、和彦は首の後ろで組んでいた両手を離す。
 久しぶりに体を思いきり動かして汗だくになっている和彦とは違い、中嶋は首筋や額にうっすらと汗をかいている程度だ。日常的に体を動かしている人間とは、こういうところで差が出るらしい。
「サボっていたツケだな。体が重くて仕方ない」
 中嶋に片手を差し出され、その手を掴んで和彦は体を起こす。館内の時計を見上げると、二時間近く、無心に体を動かしていたようだ。
「そろそろシャワーを浴びに行きませんか?」
 中嶋の言葉に頷き、和彦は立ち上がる。クリニックを閉めてから、この後、中嶋と一緒に夕食をとるのだ。
 今晩ジムに行くと、和彦が中嶋の携帯電話にメールを送り、中嶋の都合がつけばこうして合流する。お互い忙しいうえに、いつ仕事で拘束されるかわからない境遇なので、不確実な約束を交わすより合理的で、気楽なのだ。
 今日はもう、ジムで中嶋と顔を合わせた時点で、護衛の組員には帰ってもらっている。時間を気にせず、中嶋と食事を楽しむためだ。
 慌しくシャワーを浴びて髪を乾かすと、ジムのロビーに下りる。すでに中嶋は待っており、携帯電話で誰かと話している。和彦の姿を見るなり電話を切り、一緒に車に向かう。
「そういえば先生、うちの会長とバレンタインの日に飲まれたそうですね」
 車を発進させてすぐ、あざといほどに自然な調子で中嶋が切り出す。すっかり気を抜いていた和彦は思わず顔を強張らせる。後部座席に乗っているため、直接中嶋の表情を見ることはできないが、バックミラーに映る目元は微かに笑っているようだ。
 いくら親しくなり、プライベートをある程度把握する仲になっても、中嶋はヤクザだ。しかも、野心家で頭が切れる。気になることがあれば、和彦から情報を引き出そうとするのは当然だ。
「……わざと、間違っただろ。会ったのはバレンタインデーじゃなくて、その前日だ」
「先生がどんな反応をするか知りたかったんです。曖昧な返事をするか、誤魔化して答えないか――。日にちの訂正をされるとは思いませんでした」
 ここで車内に沈黙が訪れる。どうやら中嶋は、和彦の言葉を待っているらしい。
 唇を引き結び、シートに深く体を預ける。クラブで守光と同席したあと、自分の身に何が起こったのか思い返すと、体の内から震えが起こる。巨大すぎる凶暴な力に対する怯えと、目隠しをされての淫らな行為に対する疼き。それらが複雑に入り乱れ、和彦からいくらかの冷静さを奪うのだ。
「――……南郷さんが同席していた」
「あの人は会長の側に控えていることが多いので、同じ隊の人間にも、自分の行動を知らせることはあまりないんです。つまり、南郷さんの動きを追えば、会長の動きが追える。そしてその逆も言えるわけです」
「確かに、ぼくが会長と会うときは、あの人が側に控えていることが多いな……」
「先生、さらりと言ってますが、それだけ会長とお会いしているというのは、すごいことですよ」
 中嶋に指摘されて改めて、和彦は自分の立場がいかに変化したか思い知る。少し前まで、総和会会長と聞いたところで、自分にはほとんど関わりのない存在だと考えていた。それが今では――。
 知らず知らずのうちに苦い表情となり、こんなことを洩らしていた。
「ほんの一年前までのぼくなら、ヤクザの運転する車に乗って、大きな暴力団組織の会長と会ったことを話すなんて、想像すらしていなかった」
「だったら一年後は、さらにすごいことになっているかもしれませんね」
「……考えたくない」
 普段から、この先自分はどうなるのか、あえて考えないようにしているのだ。男たちの思惑に流されながらも、今を無事に過ごすことで精一杯だ。
 中嶋が連れて行ってくれたのは、複合ビル内にあるモダンな雰囲気のインド料理屋だった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...