血と束縛と

北川とも

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第21話

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 ダイニングでお茶を飲む和彦を見るなり、賢吾は口元に薄い笑みを浮かべた。何か企んでいると思わせるには十分な表情で、和彦は露骨に警戒して見せた。
「すっかり顔色がよくなったな」
 和彦の隣のイスに腰掛けた賢吾が、テーブルの上の食器にちらりと視線を向けたあと、身を乗り出すようにして顔を覗き込んでくる。湯のみを置いた和彦は小さく頷いた。
「熱さえ下がったら、あとは楽になった。咳も出ないし、食欲も戻ったし。……熱のおかげで、ゆっくり休めた」
 ちょうど今は、遅めの朝食をとり終えたところだ。土曜日は一日中布団の中で過ごして、お粥とヨーグルトばかり胃に流し込んでいた。日曜日になってようやく動き回れるようになり、食事も通常のものに戻してもらったが、胃腸も問題ないようだ。
「そりゃよかった。ただ、寝込んだときぐらい、もう少しわがままを言ってもらいたかったがな」
「あんたは何もしてないだろ。面倒をみてくれたのは、ここの組員たちだ」
「なんだ。俺に看病してほしかったのか?」
 ヌケヌケと言う賢吾を、和彦は横目で睨みつける。そんな二人のやり取りがおかしいのか、空いた食器を片付ける組員は笑っている。
「……とにかく、体調はもう大丈夫だ」
「本当か? 遠慮はするなよ」
 やけに強く念を押され、気圧されながらも和彦はしっかりと頷く。
「遠慮はしてない。本当に元気になった」
 昼前にはマンションに戻りたい、と言葉を続けたかったが、突然賢吾が片手を伸ばしてきたため、そちらに気を取られる。何事かと身構えると、大きな手が頬に押し当てられた。
「確かに……熱は下がったみたいだ」
「そう言ってる――」
「だったらこれから、出かけられるな」
 目を丸くする和彦に対して、畳み掛けるように賢吾は続ける。
「出かけると言っても、ただ車で移動して、行った先で突っ立ってりゃいい。病み上がりの体でも、そう負担にならないはずだ」
「……行くって、どこに……?」
「行けばわかる」
 賢吾の口ぶりからして、和彦が断ったところで、担ぎ上げてでも連れて行く気なのだろう。つまり和彦には最初から、選択肢はないということだ。
 長嶺の男にさんざん振り回されている身としては、いきなり連れ出されないだけマシなのかもしれないと考えてしまう。
 和彦はため息交じりに言った。
「――……金曜日からシャワーも浴びてないんだ。どこでも行くから、少し待ってくれ」
 賢吾はニヤリと笑うと、指を三本立てた。
「三十分待ってやる。俺は早く出かけたくてウズウズしているから、急げよ、先生」
 文句を言う時間も惜しくて、和彦は着替えを取りに慌しく客間へと向かった。


 和彦がウィンドーの外を流れる景色を眺めていると、ふいに髪に触れられる。隣を見ると、賢吾がやけに真剣な顔をして問いかけてきた。
「先生、寒くないか?」
 寒いどころか、車内は暑いほど暖房が効いている。和彦が頷くと、賢吾は髪先を軽く引っ張ってきた。
「少しでも肌寒いと思ったら言えよ。湯冷めしたら大変だからな」
 そんな気遣いをしてくれるぐらいなら、もう少しゆっくりと入浴させてもらったほうがありがたかった――。
 口に出しては言えないが、心の中でひっそりと和彦は呟く。
 賢吾から与えられた三十分の間に、急いでシャワーを浴びて出て、髪を乾かし、スーツを着込んだのだ。湯冷めするにしても、そもそも体が温まる暇がなかった。
「用が済んで帰ったら、じっくり風呂に入り直せばいい。せっかくだから、今日も本宅に泊まって、明日直接、クリニックに向かったらどうだ」
「……しっかり面倒見てもらうからな」
 和彦の返事に満足そうに口元を緩め、賢吾の指がスッと頬を撫でてくる。背筋にゾクリと甘い疼きが駆け抜け、和彦はそっと息を詰めた。
 何事もなかったふりをして、再びウィンドーのほうに顔を向ける。すると、賢吾も同じものを見ているのか、こんなことを言った。
「梅の花が、ぽつぽつと開き始めたな」
 賢吾の言うとおり、通り沿いに植えられた梅の木が、満開には程遠いが花をつけ始めつつある。
「昔は、本宅の庭にも梅の木を植えていたんだが、根っこが腐っちまってな。……ヤクザの家で花なんて咲かせたくないと、梅の木が思ったのかもしれねーな」
 和彦は肩越しにちらりと賢吾を振り返る。
「ロマンチストみたいなことを言うんだな……」
「俺は、ロマンチストだぜ。知らなかったか?」
 和彦が苦虫を噛み潰したような顔をすると、賢吾は声を上げて笑う。
 そんな他愛ない会話を交わしながらも和彦は、自分は一体どこに連れて行かれるのか気になって仕方ない。ちらちらと賢吾の様子をうかがっていると、ようやく前方を指で示された。

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