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第20話
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車に乗り込むと、待ち合わせ場所を告げ、傍らに置いた袋に目を向ける。念のため、昨日デパートで買ったものはすべて持ち歩いていた。今日中にすべて渡せれば上出来だが、残念なことに、和彦と関係の深い男たちは皆忙しい。
これから会う千尋にしても、決して暇を持て余せる立場ではないのだ。もしかすると、和彦と夕食をともにするために時間を作ったのかもしれない。
夕食後、長嶺の本宅に少し顔を出そうなどと考えているうちに、車が車道脇に停まる。ちょうど、千尋との待ち合わせ場所であるビルの前で、和彦は車中から外を眺める。
すでに日が落ちかけた街中は、それでなくても人通りが多い。千尋はどこにいるのかと目を凝らしてみれば、待ち合わせらしい人がたむろしているスペースに、やけに人目を惹くスーツ姿の青年が立っていた。それが千尋だとわかり、和彦はそっと目を細める。
外見の若さだけなら、それこそやっとスーツが様になってきた新入社員のようでもあるが、物腰やまとっている雰囲気は、明らかに同年代の青年が持ち得ないものだ。覇気と鋭さ、危うい凶暴性のようなものを秘め、それでいて、強烈なほど魅力的だ。
「――先生?」
運転席の組員に呼ばれ、我に返った和彦は袋を手に慌てて車を降りる。帰りは、千尋が乗ってきた車に同乗するか、タクシーで帰るつもりだ。
和彦が歩み寄ると、すぐに気づいた千尋がパッと表情を輝かせる。
「それ、チョコ?」
開口一番の千尋の言葉を受け、和彦は袋の一つを手渡す。このとき、注意も忘れない。
「往来で、大きな声で『チョコ』と言うな。お前はともかく、言われるぼくが恥ずかしい……」
「ベッドの中じゃ大胆なのに、変なところで先生って初心だよね。顔まで赤くして」
和彦は遠慮なく、千尋のよく磨かれた革靴を踏みつける。何が楽しいのか、それでも千尋は楽しそうに笑っている。すこぶる機嫌がよさそうだ。
長嶺組の跡継ぎのくせに、チョコレート一つでこうも喜ばれると、和彦としては照れ臭い反面、嬉しい。
「……安上がりだな、お前は」
ぼそりと和彦が呟くと、さらりと千尋に返された。
「先生だって、誕生日プレゼントの携帯ストラップを喜んでくれたじゃん。あれなんて、多分このチョコより安いよ」
「値段じゃない。ぼくのために考えてくれた、お前の気持ちが嬉しかったんだ」
「俺も同じ」
目の前に掲げた袋を振られ、和彦はもう何も言えない。
千尋に促されて歩き出しながら、何げなく頬に触れる。さきほどから顔が熱かったが、まさか赤くなっているとは思わなかった。それに、こうして歩いていて気がついたが、足元が少し覚束ない感覚があった。
まさか、とある可能性に思い至ったとき、千尋に話しかけられる。
「ところで、先生がまだ持ってる袋の中身が気になるんだけど」
千尋から露骨な眼差しを向けられた和彦は、片手に持った袋を軽く掲げて見せる。こちらは、千尋に渡した袋よりもかなり大きいし、重い。
「それって、もしかして――」
「一応、お前の父親にはウィスキーを。……よくも悪くも、生活すべてで世話になっているしな。それと、いくつかのチョコレートを本宅に。住み込みの組員たちが食べてくれるだろ」
「あちこちに気を配るのも、オンナの役目?」
和彦は今度は、千尋の脇腹を拳で軽く殴る。口が悪いというわけではないが、ときおり千尋は毒を含んだ冗談を言うのだ。
「……長嶺組の人間には、大事にしてもらっているからな。ただ、それだけだ」
ちらりとこちらを見た千尋は、傍目にわかるほど嬉しそうだ。
「どうした、千尋」
「先生はすっかり、うちの身内だと思ってさ。そうするつもりで最初に強引な手を使ったんだけど、先生がうちの人間を気にかけてくれるの――やっぱり嬉しいよ」
長嶺組の庇護の下での生活を受け入れ、慣れたとはいえ、元の世界での生活に未練がないわけではない。ときおり漠然とした不安に駆られ、それを必死に誤魔化すことはある。一方で、今の生活から抜け出そうと、必死に足掻くだけの理由がない気がするのだ。
このとき、唐突に里見のことを思い出した。里見なら、和彦の現状を知れば、なんとかしようと奔走するかもしれない。
その事態を、果たして自分は期待しているのだろうか――。
和彦は、隣を歩く千尋に視線を向ける。里見と接触を持ったことを知れば、長嶺の男たちがどんな反応を示すか想像した瞬間、強烈な悪寒が和彦を襲う。
小さく呻き声を洩らして立ち止まると、和彦の異変に気づいた千尋が険しい表情となった。
「先生っ?」
「なんでもない。ただ、悪寒がしただけだ……」
これから会う千尋にしても、決して暇を持て余せる立場ではないのだ。もしかすると、和彦と夕食をともにするために時間を作ったのかもしれない。
夕食後、長嶺の本宅に少し顔を出そうなどと考えているうちに、車が車道脇に停まる。ちょうど、千尋との待ち合わせ場所であるビルの前で、和彦は車中から外を眺める。
すでに日が落ちかけた街中は、それでなくても人通りが多い。千尋はどこにいるのかと目を凝らしてみれば、待ち合わせらしい人がたむろしているスペースに、やけに人目を惹くスーツ姿の青年が立っていた。それが千尋だとわかり、和彦はそっと目を細める。
外見の若さだけなら、それこそやっとスーツが様になってきた新入社員のようでもあるが、物腰やまとっている雰囲気は、明らかに同年代の青年が持ち得ないものだ。覇気と鋭さ、危うい凶暴性のようなものを秘め、それでいて、強烈なほど魅力的だ。
「――先生?」
運転席の組員に呼ばれ、我に返った和彦は袋を手に慌てて車を降りる。帰りは、千尋が乗ってきた車に同乗するか、タクシーで帰るつもりだ。
和彦が歩み寄ると、すぐに気づいた千尋がパッと表情を輝かせる。
「それ、チョコ?」
開口一番の千尋の言葉を受け、和彦は袋の一つを手渡す。このとき、注意も忘れない。
「往来で、大きな声で『チョコ』と言うな。お前はともかく、言われるぼくが恥ずかしい……」
「ベッドの中じゃ大胆なのに、変なところで先生って初心だよね。顔まで赤くして」
和彦は遠慮なく、千尋のよく磨かれた革靴を踏みつける。何が楽しいのか、それでも千尋は楽しそうに笑っている。すこぶる機嫌がよさそうだ。
長嶺組の跡継ぎのくせに、チョコレート一つでこうも喜ばれると、和彦としては照れ臭い反面、嬉しい。
「……安上がりだな、お前は」
ぼそりと和彦が呟くと、さらりと千尋に返された。
「先生だって、誕生日プレゼントの携帯ストラップを喜んでくれたじゃん。あれなんて、多分このチョコより安いよ」
「値段じゃない。ぼくのために考えてくれた、お前の気持ちが嬉しかったんだ」
「俺も同じ」
目の前に掲げた袋を振られ、和彦はもう何も言えない。
千尋に促されて歩き出しながら、何げなく頬に触れる。さきほどから顔が熱かったが、まさか赤くなっているとは思わなかった。それに、こうして歩いていて気がついたが、足元が少し覚束ない感覚があった。
まさか、とある可能性に思い至ったとき、千尋に話しかけられる。
「ところで、先生がまだ持ってる袋の中身が気になるんだけど」
千尋から露骨な眼差しを向けられた和彦は、片手に持った袋を軽く掲げて見せる。こちらは、千尋に渡した袋よりもかなり大きいし、重い。
「それって、もしかして――」
「一応、お前の父親にはウィスキーを。……よくも悪くも、生活すべてで世話になっているしな。それと、いくつかのチョコレートを本宅に。住み込みの組員たちが食べてくれるだろ」
「あちこちに気を配るのも、オンナの役目?」
和彦は今度は、千尋の脇腹を拳で軽く殴る。口が悪いというわけではないが、ときおり千尋は毒を含んだ冗談を言うのだ。
「……長嶺組の人間には、大事にしてもらっているからな。ただ、それだけだ」
ちらりとこちらを見た千尋は、傍目にわかるほど嬉しそうだ。
「どうした、千尋」
「先生はすっかり、うちの身内だと思ってさ。そうするつもりで最初に強引な手を使ったんだけど、先生がうちの人間を気にかけてくれるの――やっぱり嬉しいよ」
長嶺組の庇護の下での生活を受け入れ、慣れたとはいえ、元の世界での生活に未練がないわけではない。ときおり漠然とした不安に駆られ、それを必死に誤魔化すことはある。一方で、今の生活から抜け出そうと、必死に足掻くだけの理由がない気がするのだ。
このとき、唐突に里見のことを思い出した。里見なら、和彦の現状を知れば、なんとかしようと奔走するかもしれない。
その事態を、果たして自分は期待しているのだろうか――。
和彦は、隣を歩く千尋に視線を向ける。里見と接触を持ったことを知れば、長嶺の男たちがどんな反応を示すか想像した瞬間、強烈な悪寒が和彦を襲う。
小さく呻き声を洩らして立ち止まると、和彦の異変に気づいた千尋が険しい表情となった。
「先生っ?」
「なんでもない。ただ、悪寒がしただけだ……」
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