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第20話
(22)
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和彦に姿を見られたくないというより、和彦の中でまだ覚悟が決まっていないことを見抜いているのだろう。相手の老獪さと狡猾さを思えば、そうであっても不思議ではない。
結局相手は、一言も発することなく部屋を出て行った。ドアが閉まる音を聞いて数分ほど待ってから、和彦はやっと目隠しを取る。慎重に体を起こし、乱れたベッドの様子を目の当たりにして密かに恥じ入りながら、バスローブを拾い上げて着込む。
目隠しをしていた間に世界が一変するわけもなく、なのに和彦自身は、自分を取り巻く世界がなんらかの変化を起こしたように感じていた。〈長嶺の守り神〉と体を繋ぐということは、こういう感覚の積み重ねなのかもしれない。
明日も仕事なので、ここで寝入ってしまうわけにもいかず、バスルームに向かう。激しさとは無縁だが、時間をかけての交わりは、驚くほど和彦の体力を消耗する。しかし、歩けないほどではない。とにかく一刻も早く、休みたかった。
じっくりと体を温めたいのを我慢して、バスルームで簡単に体を洗うと、手早くスーツを身につける。髪は手櫛で整えただけで、鏡を覗く余裕すらなかった。
まるで追い立てられるように部屋のドアを開けた瞬間、和彦は声を上げた。目の前に南郷が立っていたからだ。落ち着いた態度からして、どうやら和彦が出てくるのを待っていたようだ。
南郷は無遠慮に和彦をじろじろと見たあと、指先を軽く動かした。
「俺についてきてくれ、先生。オヤジさんから、あんたをしっかり送り届けるよう言われている」
ためらいは覚えたが、南郷を無視するわけにもいかない。先を歩く南郷のあとを、仕方なくついていく。
ホテル前にはすでに車が待機しており、和彦は南郷とともに後部座席に乗り込んだ。
車が走り出しても、シートに体を預けることなく、頑なに外の景色に視線を向け続ける。とてもではないが、ホテルの部屋での濃厚な行為のあとに、平然と正面を向くことはできなかった。南郷のほうを見るなど、論外だ。
しかし南郷は、そんな和彦に容赦なく視線を向けてくる。なぜわかるかというと、ウィンドーに南郷の姿が反射して映っているため、どれだけ嫌でも目に入るのだ。
まるで根競べのように顔を背けていたが、南郷が口元に笑みを湛えているのを見て、たまらず振り返る。
「どうかしたのか?」
まるで和彦を小馬鹿にするような口調で、南郷が問いかけてくる。つい睨みつけてしまったが、分厚い体にあっさりと跳ね返された。和彦が向ける敵意や反感など、総和会の看板を背負って生きている男には痛くも痒くもないのだろう。
だからといって、黙ったままなのも悔しい。
「――……先日いただいたプレゼントのことですが……」
こう切り出すと、南郷は和彦の手元を見た。
「気に入ってくれたか?」
「あえてぼくに、誤解させるような言い方をしたんですね。まるで、会長からのプレゼントのような。だからぼくは、受け取らざるをえなかった」
「人聞きが悪いな。俺は、誤解させる言い方すらしなかっただろ」
ファミリーレストランでの南郷との会話を思い返し、和彦は歯噛みしたくなる。確かに、南郷の言う通りだ。和彦の問いかけに、南郷は話題を逸らした受け答えをしていた。あのときは身構えるばかりで、会話の齟齬に気をとめる余裕はなかった。
「……正直、あなたからプレゼントをもらう理由はありません」
「俺にはある。オヤジさんのお気に入りになったあんたの歓心を買いたい」
和彦は吐き出すように答えた。
「心にもないことをっ……」
「長嶺組長のオンナともなると、もっと高価なもののほうがよかったかな。だとしたら、失礼した。次に贈るときは――」
「あなた個人から、何も受け取りたくないんです」
車内の空気が一瞬にして凍りつき、ハンドルを握る総和会の人間どころか、言い放った本人である和彦ですら息を詰めたが、南郷はひどく楽しそうに笑う。歪で凶悪な笑い方だった。
「――まあ、今はそう言っていればいい」
南郷が洩らした言葉が気になったが、さきほどの発言で勇気を使い果たした和彦は唇を引き結ぶと、何事もなかったように再び外に視線を向けた。
結局相手は、一言も発することなく部屋を出て行った。ドアが閉まる音を聞いて数分ほど待ってから、和彦はやっと目隠しを取る。慎重に体を起こし、乱れたベッドの様子を目の当たりにして密かに恥じ入りながら、バスローブを拾い上げて着込む。
目隠しをしていた間に世界が一変するわけもなく、なのに和彦自身は、自分を取り巻く世界がなんらかの変化を起こしたように感じていた。〈長嶺の守り神〉と体を繋ぐということは、こういう感覚の積み重ねなのかもしれない。
明日も仕事なので、ここで寝入ってしまうわけにもいかず、バスルームに向かう。激しさとは無縁だが、時間をかけての交わりは、驚くほど和彦の体力を消耗する。しかし、歩けないほどではない。とにかく一刻も早く、休みたかった。
じっくりと体を温めたいのを我慢して、バスルームで簡単に体を洗うと、手早くスーツを身につける。髪は手櫛で整えただけで、鏡を覗く余裕すらなかった。
まるで追い立てられるように部屋のドアを開けた瞬間、和彦は声を上げた。目の前に南郷が立っていたからだ。落ち着いた態度からして、どうやら和彦が出てくるのを待っていたようだ。
南郷は無遠慮に和彦をじろじろと見たあと、指先を軽く動かした。
「俺についてきてくれ、先生。オヤジさんから、あんたをしっかり送り届けるよう言われている」
ためらいは覚えたが、南郷を無視するわけにもいかない。先を歩く南郷のあとを、仕方なくついていく。
ホテル前にはすでに車が待機しており、和彦は南郷とともに後部座席に乗り込んだ。
車が走り出しても、シートに体を預けることなく、頑なに外の景色に視線を向け続ける。とてもではないが、ホテルの部屋での濃厚な行為のあとに、平然と正面を向くことはできなかった。南郷のほうを見るなど、論外だ。
しかし南郷は、そんな和彦に容赦なく視線を向けてくる。なぜわかるかというと、ウィンドーに南郷の姿が反射して映っているため、どれだけ嫌でも目に入るのだ。
まるで根競べのように顔を背けていたが、南郷が口元に笑みを湛えているのを見て、たまらず振り返る。
「どうかしたのか?」
まるで和彦を小馬鹿にするような口調で、南郷が問いかけてくる。つい睨みつけてしまったが、分厚い体にあっさりと跳ね返された。和彦が向ける敵意や反感など、総和会の看板を背負って生きている男には痛くも痒くもないのだろう。
だからといって、黙ったままなのも悔しい。
「――……先日いただいたプレゼントのことですが……」
こう切り出すと、南郷は和彦の手元を見た。
「気に入ってくれたか?」
「あえてぼくに、誤解させるような言い方をしたんですね。まるで、会長からのプレゼントのような。だからぼくは、受け取らざるをえなかった」
「人聞きが悪いな。俺は、誤解させる言い方すらしなかっただろ」
ファミリーレストランでの南郷との会話を思い返し、和彦は歯噛みしたくなる。確かに、南郷の言う通りだ。和彦の問いかけに、南郷は話題を逸らした受け答えをしていた。あのときは身構えるばかりで、会話の齟齬に気をとめる余裕はなかった。
「……正直、あなたからプレゼントをもらう理由はありません」
「俺にはある。オヤジさんのお気に入りになったあんたの歓心を買いたい」
和彦は吐き出すように答えた。
「心にもないことをっ……」
「長嶺組長のオンナともなると、もっと高価なもののほうがよかったかな。だとしたら、失礼した。次に贈るときは――」
「あなた個人から、何も受け取りたくないんです」
車内の空気が一瞬にして凍りつき、ハンドルを握る総和会の人間どころか、言い放った本人である和彦ですら息を詰めたが、南郷はひどく楽しそうに笑う。歪で凶悪な笑い方だった。
「――まあ、今はそう言っていればいい」
南郷が洩らした言葉が気になったが、さきほどの発言で勇気を使い果たした和彦は唇を引き結ぶと、何事もなかったように再び外に視線を向けた。
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