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第20話
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「知ることで、どんどんこの世界の深みにハマる。そうやって、長嶺の男たちが大事にしている先生を、逃がさないようにしている」
本気とも冗談とも取れることを言って、守光は声を上げて笑った。さすがにその声に驚いたのか、店内の男たちが一斉にこちらに向き、和彦一人がうろたえてしまう。
視線を避けるようにグラスを取り上げ、水割りを飲もうとしたところで、膝の上に置かれたままの守光の手に気づいた。その手が意味ありげに動き、膝を撫でて離れる。たったそれだけのことだが、肌に直接触れられたような生々しさを感じ、和彦は体を硬直させる。
「――賢吾も千尋も、あんたをこの世界から逃すまいと、必死だ。そしてわしも、同じ気持ちだ」
片手を出すよう守光に言われ、おずおずと従う。てのひらにそっとカードキーがのせられた。それが何を意味しているか瞬時に理解した和彦は、顔を強張らせつつも、体が熱くなっていくのを止められなかった。
「あんたをもっと、この世界の奥深くに取り込みたい。わしの家で一泊したあとも、あんたは長嶺の庇護の下から逃げ出さなかった。つまり、こう解釈できる。あんたはどんな形であれ、長嶺の男〈たち〉を受け入れてくれる、と」
「……よく、わかりません……。いろいろと考えることが多くて、ぼくはどうすればいいのか……」
「だが、佐伯和彦という人間はここにいる。わしの隣に、こうして行儀よく座ってな。それはもう、流されているにせよ、一つの選択肢を選んだということだ」
守光が顔を寄せ、耳元にあることを囁いてくる。和彦は瞬きもせず守光の顔を凝視していた。
いつも賢吾に対してそうしているせいか、半ば習性のように目の奥にあるものを探る。息づいているのは大蛇ではなく、だが確かに物騒な気配を漂わせた〈何か〉だ。
怖いが、目を背けられず、触れてみたいとすら思ってしまう。
和彦は視線を伏せると、浅く頷いた。
バスローブ姿でベッドの隅に腰掛けた和彦は、閉じたカーテンをぼんやりと眺めていた。カーテンの向こうには、いくら眺めても飽きないほどの夜景が広がっているとわかっているが、今の和彦には必要ないものだ。
クラブを一人で出た和彦は、外で待っていた総和会の男に案内されて、ホテルの一室に入った。そこで何をしろと指示されたわけではないが、手早くシャワーを浴び、ただこうして待っていた。
賢吾が言うところの、『長嶺の守り神』を。
こんな状況であろうが――こんな状況だからこそ、和彦にはやはり布一枚分とはいえ、屁理屈は必要だ。決心はまだつかなくても、それで受け入れられるものがある。
ここで、部屋のドアが開く気配を感じ取り、ビクリと体を震わせる。反射的に背後を振り返りたくなったが、ギリギリのところでその衝動を抑える。今の和彦が見る必要はないのだ。
相手も、手順をしっかり心得ていた。すぐ傍らまでやってきたかと思うと、次の瞬間には和彦の視界は遮断される。目隠しをされたのだ。頭の後ろできつくない程度に布が結ばれ、これで和彦は相手を見なくて済む。
腕を取られて促され、ベッドに上がって身を横たえる。すぐに相手が覆い被さってきて、バスローブの紐を解かれた。
一度体験して、事情も建前もわかっているからこそ、余計に緊張してしまう。心臓の鼓動は大きく速く鳴り、呼吸が浅く速くなる。手足すら自分のものではないような気がして、和彦は試しにわずかに腕を動かしてみた。
「あっ」
ふいに、バスローブの前を開かれる。ひんやりとした指先に胸元をなぞられ、声を洩らした和彦はゾクリと身震いする。恐怖も嫌悪もあるが、それだけではない。
バスローブを脱がされて被虐的な気持ちに陥りながら、興奮の高まりを感じていた。
冷たく硬い感触のてのひらに肌を撫で回されているうちに、和彦の脳裏には、凛々しく美しい若武者の姿が鮮やかに浮かび上がる。生々しい行為によって記憶に刻みつけられたせいか、掛け軸に画かれていた若武者の存在は、和彦の中でしっかりと息づいていた。
この瞬間、違和感を覚えたが、その正体はすぐにわかった。
先日、顔を布で覆われての行為のとき、形だけとはいえ和彦は両手首を縛められていた。しかも、明かりはごく抑えられていた。しかし今は両手は自由で、目隠しのわずかな隙間から見る限りでは、部屋も明るいままだ。
和彦を相手に、もう慎重になる必要はないと言っているようだ。だからといって、雑に扱う気はないらしい。
最初は体を硬くしたまま、体をまさぐる手の動きに神経を尖らせていたが、そのうち指先が、同じ部分を何度となく擦るように触れてくる。首の付け根に腕の内側、胸元に触れて、腰骨のラインをなぞり、両足を開かされて内腿にも。
本気とも冗談とも取れることを言って、守光は声を上げて笑った。さすがにその声に驚いたのか、店内の男たちが一斉にこちらに向き、和彦一人がうろたえてしまう。
視線を避けるようにグラスを取り上げ、水割りを飲もうとしたところで、膝の上に置かれたままの守光の手に気づいた。その手が意味ありげに動き、膝を撫でて離れる。たったそれだけのことだが、肌に直接触れられたような生々しさを感じ、和彦は体を硬直させる。
「――賢吾も千尋も、あんたをこの世界から逃すまいと、必死だ。そしてわしも、同じ気持ちだ」
片手を出すよう守光に言われ、おずおずと従う。てのひらにそっとカードキーがのせられた。それが何を意味しているか瞬時に理解した和彦は、顔を強張らせつつも、体が熱くなっていくのを止められなかった。
「あんたをもっと、この世界の奥深くに取り込みたい。わしの家で一泊したあとも、あんたは長嶺の庇護の下から逃げ出さなかった。つまり、こう解釈できる。あんたはどんな形であれ、長嶺の男〈たち〉を受け入れてくれる、と」
「……よく、わかりません……。いろいろと考えることが多くて、ぼくはどうすればいいのか……」
「だが、佐伯和彦という人間はここにいる。わしの隣に、こうして行儀よく座ってな。それはもう、流されているにせよ、一つの選択肢を選んだということだ」
守光が顔を寄せ、耳元にあることを囁いてくる。和彦は瞬きもせず守光の顔を凝視していた。
いつも賢吾に対してそうしているせいか、半ば習性のように目の奥にあるものを探る。息づいているのは大蛇ではなく、だが確かに物騒な気配を漂わせた〈何か〉だ。
怖いが、目を背けられず、触れてみたいとすら思ってしまう。
和彦は視線を伏せると、浅く頷いた。
バスローブ姿でベッドの隅に腰掛けた和彦は、閉じたカーテンをぼんやりと眺めていた。カーテンの向こうには、いくら眺めても飽きないほどの夜景が広がっているとわかっているが、今の和彦には必要ないものだ。
クラブを一人で出た和彦は、外で待っていた総和会の男に案内されて、ホテルの一室に入った。そこで何をしろと指示されたわけではないが、手早くシャワーを浴び、ただこうして待っていた。
賢吾が言うところの、『長嶺の守り神』を。
こんな状況であろうが――こんな状況だからこそ、和彦にはやはり布一枚分とはいえ、屁理屈は必要だ。決心はまだつかなくても、それで受け入れられるものがある。
ここで、部屋のドアが開く気配を感じ取り、ビクリと体を震わせる。反射的に背後を振り返りたくなったが、ギリギリのところでその衝動を抑える。今の和彦が見る必要はないのだ。
相手も、手順をしっかり心得ていた。すぐ傍らまでやってきたかと思うと、次の瞬間には和彦の視界は遮断される。目隠しをされたのだ。頭の後ろできつくない程度に布が結ばれ、これで和彦は相手を見なくて済む。
腕を取られて促され、ベッドに上がって身を横たえる。すぐに相手が覆い被さってきて、バスローブの紐を解かれた。
一度体験して、事情も建前もわかっているからこそ、余計に緊張してしまう。心臓の鼓動は大きく速く鳴り、呼吸が浅く速くなる。手足すら自分のものではないような気がして、和彦は試しにわずかに腕を動かしてみた。
「あっ」
ふいに、バスローブの前を開かれる。ひんやりとした指先に胸元をなぞられ、声を洩らした和彦はゾクリと身震いする。恐怖も嫌悪もあるが、それだけではない。
バスローブを脱がされて被虐的な気持ちに陥りながら、興奮の高まりを感じていた。
冷たく硬い感触のてのひらに肌を撫で回されているうちに、和彦の脳裏には、凛々しく美しい若武者の姿が鮮やかに浮かび上がる。生々しい行為によって記憶に刻みつけられたせいか、掛け軸に画かれていた若武者の存在は、和彦の中でしっかりと息づいていた。
この瞬間、違和感を覚えたが、その正体はすぐにわかった。
先日、顔を布で覆われての行為のとき、形だけとはいえ和彦は両手首を縛められていた。しかも、明かりはごく抑えられていた。しかし今は両手は自由で、目隠しのわずかな隙間から見る限りでは、部屋も明るいままだ。
和彦を相手に、もう慎重になる必要はないと言っているようだ。だからといって、雑に扱う気はないらしい。
最初は体を硬くしたまま、体をまさぐる手の動きに神経を尖らせていたが、そのうち指先が、同じ部分を何度となく擦るように触れてくる。首の付け根に腕の内側、胸元に触れて、腰骨のラインをなぞり、両足を開かされて内腿にも。
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