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第20話
(18)
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「人間の価値を決めるのは本人ではなく、関わりを持つ人間たちだ。あんたにとっては、世間から嫌われ、恐れられている我々ということだ。わしらに価値を認めてもらったところで、嬉しくはないだろうがね」
和彦は、静かに視線を周囲に向ける。守光を絶対の存在として仕えている総和会の男たちは、鉄の壁だ。総和会という組織と、総和会会長を守るための。そんな男たちが和彦という存在にどれだけの価値を見出しているのか、推し量る術はない。ただ、守光が言うのなら、それが男たちにとっては絶対となるのだろう。
「あなた方が、佐伯家についてどれだけ調べているのか知りませんが、佐伯家にとってぼくは、そう価値がある存在ではありませんでした。佐伯の姓を持つから、存在を認めてもらっているんです。正直、こんなに大勢の人たちに、ここまで大事にしてもらったことはありません」
ここでボーイがスマートな動作で歩み寄ってきて、空になった和彦のグラスを取り替えてくれる。さきほどからこの繰り返しで、意識しないまま和彦の酒量は増えていた。
「――近いうちに、春の行事の打ち合わせも兼ねて、泊まりでちょっと遠出することになっている。医者であるあんたに同行してもらえるとありがたいんだが」
グラスに口をつけた和彦に、守光が思いがけない提案をしてくる。唐突な話題に戸惑うと、守光は物腰の柔らかさには似合わない、ゾクリとするほど冷徹な眼差しを向けてきた。いや、本当は眼差しすらも柔らかいのかもしれないが、少なくとも和彦にとっては怖かった。
「泊まった先で、おもしろい話をしてやろう。千尋はもちろん、賢吾すら知らない話だ。わしとあんたの秘密……というには大げさだが、あんたにとっても興味深い話のはずだ」
守光の眼差しは、怖くある反面、強烈に和彦を惹きつける。太く艶のある声で語られる言葉には、好奇心を刺激される。
「ぼくの、一存では……」
「賢吾が許可すれば、来てくれると?」
ためらいつつも、和彦は頷く。守光ほどの人間が、子供騙しのようなウソをつくとは思えなかった。
「わかっているとは思いますが、ぼくは内科は専門外です。同行しても、いざというときお役に立てるかは――」
「旅行に連れ出す方便が必要というだけだ。あんたは気楽に、大名旅行を楽しめばいい」
ただの旅行で済むのだろうか。世間知らずな子供ではない和彦は、すでにもう、そんな疑念を抱きつつあった。同時に、胸の奥で妖しい衝動がうねり、知らず知らずのうちに体がじわりと熱くなる。
さすがに酔ってきたのかもしれないと思い、水をもらおうと口を開きかけたとき、視界の隅で大きな影が動いた。反射的に顔を上げると、南郷がガラス製の器を持って立っていた。
「これは、先生にどうぞ」
そう言って目の前に置かれた器には、たっぷりのカットフルーツが盛られている。和彦が礼を言う前に南郷はさっさと立ち去り、なぜか隣で守光が声を洩らして笑った。
「ああ見えて、気が利く男でな。だからわしも、目をかけている。……南郷は、大物になる。それこそ、総和会の中核となるぐらいにな」
守光の声にわずかな熱がこもっていることを感じ、和彦はそっと息を呑む。ふいに、鷹津が話してくれたことが蘇った。噂話を集めたようなものだったが、長嶺守光という男の本性を知る手がかり程度にはなるかもしれない。
物言いたげな和彦の様子に気づいた守光が、ひどく優しい表情で首を傾げた。
「何かがひどく気になる、という顔だな」
「……会長は、南郷さんを可愛がられているんですね。少し前に南郷さん本人から、会長との関係について教えてもらったことがあって……」
「可愛がりすぎて、南郷がわしの隠し子じゃないかという噂まである」
和彦が目を見開くと、守光は子供をあやすような手つきで、和彦の膝を軽く叩いた。
「まあ、単なる噂だ。長嶺の血統主義を総和会にまで持ち込むなと、〈誰か〉が牽制のために流しているに過ぎん。賢吾を総和会に招き入れるとき、なんらかの火種にしようと考えているんだろう」
「賢吾さんは、将来は総和会に? だとしたら、そのときに長嶺組は、千尋を組長とするんですよね」
「まだまだ何年も先の話――というより、わしの夢だ。もっともその頃には、わしはもうこの世にはおらんかもしれん」
そう言いながらも、守光の両目には力が漲っていた。夢を現実にするだけの圧倒的な精神力も欲望も、守光の中では炎のように燃え盛っているのだ。
こんな男だからこそ、総和会という巨大な組織の頂点に立っていられる。和彦はそのことを肌で感じていた。
「どうしてこんな大事なことを、ぼくなんかに話してくれるのですか?」
和彦は、静かに視線を周囲に向ける。守光を絶対の存在として仕えている総和会の男たちは、鉄の壁だ。総和会という組織と、総和会会長を守るための。そんな男たちが和彦という存在にどれだけの価値を見出しているのか、推し量る術はない。ただ、守光が言うのなら、それが男たちにとっては絶対となるのだろう。
「あなた方が、佐伯家についてどれだけ調べているのか知りませんが、佐伯家にとってぼくは、そう価値がある存在ではありませんでした。佐伯の姓を持つから、存在を認めてもらっているんです。正直、こんなに大勢の人たちに、ここまで大事にしてもらったことはありません」
ここでボーイがスマートな動作で歩み寄ってきて、空になった和彦のグラスを取り替えてくれる。さきほどからこの繰り返しで、意識しないまま和彦の酒量は増えていた。
「――近いうちに、春の行事の打ち合わせも兼ねて、泊まりでちょっと遠出することになっている。医者であるあんたに同行してもらえるとありがたいんだが」
グラスに口をつけた和彦に、守光が思いがけない提案をしてくる。唐突な話題に戸惑うと、守光は物腰の柔らかさには似合わない、ゾクリとするほど冷徹な眼差しを向けてきた。いや、本当は眼差しすらも柔らかいのかもしれないが、少なくとも和彦にとっては怖かった。
「泊まった先で、おもしろい話をしてやろう。千尋はもちろん、賢吾すら知らない話だ。わしとあんたの秘密……というには大げさだが、あんたにとっても興味深い話のはずだ」
守光の眼差しは、怖くある反面、強烈に和彦を惹きつける。太く艶のある声で語られる言葉には、好奇心を刺激される。
「ぼくの、一存では……」
「賢吾が許可すれば、来てくれると?」
ためらいつつも、和彦は頷く。守光ほどの人間が、子供騙しのようなウソをつくとは思えなかった。
「わかっているとは思いますが、ぼくは内科は専門外です。同行しても、いざというときお役に立てるかは――」
「旅行に連れ出す方便が必要というだけだ。あんたは気楽に、大名旅行を楽しめばいい」
ただの旅行で済むのだろうか。世間知らずな子供ではない和彦は、すでにもう、そんな疑念を抱きつつあった。同時に、胸の奥で妖しい衝動がうねり、知らず知らずのうちに体がじわりと熱くなる。
さすがに酔ってきたのかもしれないと思い、水をもらおうと口を開きかけたとき、視界の隅で大きな影が動いた。反射的に顔を上げると、南郷がガラス製の器を持って立っていた。
「これは、先生にどうぞ」
そう言って目の前に置かれた器には、たっぷりのカットフルーツが盛られている。和彦が礼を言う前に南郷はさっさと立ち去り、なぜか隣で守光が声を洩らして笑った。
「ああ見えて、気が利く男でな。だからわしも、目をかけている。……南郷は、大物になる。それこそ、総和会の中核となるぐらいにな」
守光の声にわずかな熱がこもっていることを感じ、和彦はそっと息を呑む。ふいに、鷹津が話してくれたことが蘇った。噂話を集めたようなものだったが、長嶺守光という男の本性を知る手がかり程度にはなるかもしれない。
物言いたげな和彦の様子に気づいた守光が、ひどく優しい表情で首を傾げた。
「何かがひどく気になる、という顔だな」
「……会長は、南郷さんを可愛がられているんですね。少し前に南郷さん本人から、会長との関係について教えてもらったことがあって……」
「可愛がりすぎて、南郷がわしの隠し子じゃないかという噂まである」
和彦が目を見開くと、守光は子供をあやすような手つきで、和彦の膝を軽く叩いた。
「まあ、単なる噂だ。長嶺の血統主義を総和会にまで持ち込むなと、〈誰か〉が牽制のために流しているに過ぎん。賢吾を総和会に招き入れるとき、なんらかの火種にしようと考えているんだろう」
「賢吾さんは、将来は総和会に? だとしたら、そのときに長嶺組は、千尋を組長とするんですよね」
「まだまだ何年も先の話――というより、わしの夢だ。もっともその頃には、わしはもうこの世にはおらんかもしれん」
そう言いながらも、守光の両目には力が漲っていた。夢を現実にするだけの圧倒的な精神力も欲望も、守光の中では炎のように燃え盛っているのだ。
こんな男だからこそ、総和会という巨大な組織の頂点に立っていられる。和彦はそのことを肌で感じていた。
「どうしてこんな大事なことを、ぼくなんかに話してくれるのですか?」
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