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第20話
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通訳を介しながら外国人患者相手に治療手順を説明してから、レントゲンを撮り、局所麻酔のあとに傷を洗い、皮膚を縫い合わせるという一通りのことをこなしたが、大変なのは、むしろそのあとだった。患者が貧血を起こし、大きな体で卒倒したのだ。さんざんアルコール臭い息を吐いていたが、どうやらようやく酔いが醒め、現状を認識したらしい。
患者をベッドで休ませている間に、和彦やスタッフはクリニックを片付け、組員は慌しくスケジュールの変更を電話で告げていた。
幸いにも、患者は三十分ほどで目を覚まし、自分の足でしっかりと立ち上がった。
まるで儀式のように、組員たちは律儀に和彦に頭を下げ、礼を言う。力ない声でそれに応じた和彦は、非常口から来訪者とスタッフを見送った。
ここで、ずっと和彦の傍らに控えていた護衛の組員が口を開く。
「先生も疲れたでしょう。すぐにお送りします」
「そうだな……」
和彦は緩慢な動作で腕時計に視線を落とす。疲れ果ててはいても、簡単な計算ぐらいはできる。今からマンションに戻ったところで、横になれるのはわずかな時間だろう。
とにかくすぐにでも横になりたかったため、和彦が結論を出すのは早かった。
「――……今日はもう、このままクリニックに泊まる。そのための仮眠室だし。だからもう、君は引き上げていいよ」
「しかし、夜のクリニックに先生一人を残すわけには……」
「平気だ。ここはセキュリティーシステムも入れてあるし、仮眠室のドアはしっかり中から鍵をかける。組長には、ぼくからあとで説明しておく――」
ここで和彦は、たまらずあくびを洩らす。話すのもつらくなってきたと察してくれたのか、組員は一礼したあと、気をつけるよう何度も和彦に念を押して帰っていった。
一人となった和彦は、給湯室でお湯を沸かす間に玄関の施錠を確認し、防犯システムを作動させる。
熱いお茶の入ったカップを手に仮眠室に入ったとき、すでに和彦はふらふらの状態だった。ベッドの傍らの小さなテーブルにカップを置くと、スウェットの上下に着替える。仮眠室はひどく寒いが、スタッフの休憩室からヒーターを持ってくるだけの体力も気力も、もう和彦には残っていなかった。
「……なんだか忙しい日だったな……」
ぐったりとベッドに腰掛けて呟く。誕生日だからこそ淡々と過ごすつもりで、前半はまったくその通りだったが、気がつけば、鷹津に夕食を奢らせたあとに体を重ね、賢吾からの電話に緊張して、組からの仕事を無難にこなして――クリニックで一人きりだ。
だが、寂しくも空しくもなかった。
お茶を半分ほど飲み、体がほんのりと温まったところで和彦はベッドに潜り込む。起床時間にアラームをセットした携帯電話を枕の傍らに置いてやっと、いつでも意識を手放せる状態になる。
和彦としてはすぐに眠りたかったが、ゾクゾクするような寒気に身震いしているうちに、つい〈余計〉なことを考えてしまう。
数時間前までは、鷹津の熱い体に組み敷かれ、熱い欲望を体の内に穿たれていたのだ。
この瞬間、和彦の背筋を駆け抜けたのは寒気ではなく、強い疼きだった。どれだけ疲れていても、体は快感を恋しがっている。
和彦はモソリと身じろぐと、羞恥と後ろめたさに苛まれながら、布団に顔を埋めた。
患者をベッドで休ませている間に、和彦やスタッフはクリニックを片付け、組員は慌しくスケジュールの変更を電話で告げていた。
幸いにも、患者は三十分ほどで目を覚まし、自分の足でしっかりと立ち上がった。
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「先生も疲れたでしょう。すぐにお送りします」
「そうだな……」
和彦は緩慢な動作で腕時計に視線を落とす。疲れ果ててはいても、簡単な計算ぐらいはできる。今からマンションに戻ったところで、横になれるのはわずかな時間だろう。
とにかくすぐにでも横になりたかったため、和彦が結論を出すのは早かった。
「――……今日はもう、このままクリニックに泊まる。そのための仮眠室だし。だからもう、君は引き上げていいよ」
「しかし、夜のクリニックに先生一人を残すわけには……」
「平気だ。ここはセキュリティーシステムも入れてあるし、仮眠室のドアはしっかり中から鍵をかける。組長には、ぼくからあとで説明しておく――」
ここで和彦は、たまらずあくびを洩らす。話すのもつらくなってきたと察してくれたのか、組員は一礼したあと、気をつけるよう何度も和彦に念を押して帰っていった。
一人となった和彦は、給湯室でお湯を沸かす間に玄関の施錠を確認し、防犯システムを作動させる。
熱いお茶の入ったカップを手に仮眠室に入ったとき、すでに和彦はふらふらの状態だった。ベッドの傍らの小さなテーブルにカップを置くと、スウェットの上下に着替える。仮眠室はひどく寒いが、スタッフの休憩室からヒーターを持ってくるだけの体力も気力も、もう和彦には残っていなかった。
「……なんだか忙しい日だったな……」
ぐったりとベッドに腰掛けて呟く。誕生日だからこそ淡々と過ごすつもりで、前半はまったくその通りだったが、気がつけば、鷹津に夕食を奢らせたあとに体を重ね、賢吾からの電話に緊張して、組からの仕事を無難にこなして――クリニックで一人きりだ。
だが、寂しくも空しくもなかった。
お茶を半分ほど飲み、体がほんのりと温まったところで和彦はベッドに潜り込む。起床時間にアラームをセットした携帯電話を枕の傍らに置いてやっと、いつでも意識を手放せる状態になる。
和彦としてはすぐに眠りたかったが、ゾクゾクするような寒気に身震いしているうちに、つい〈余計〉なことを考えてしまう。
数時間前までは、鷹津の熱い体に組み敷かれ、熱い欲望を体の内に穿たれていたのだ。
この瞬間、和彦の背筋を駆け抜けたのは寒気ではなく、強い疼きだった。どれだけ疲れていても、体は快感を恋しがっている。
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