血と束縛と

北川とも

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第20話

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 鷹津の口調からは、歯がゆさや悔しさ、怒りといった感情が感じられず、まるで、与えられた台本を淡々と読んでいるようだ。刑事でありながら、自分が追う事件に対してここまで淡白なのは、何かしら理由があるのかもしれない。悪徳刑事らしい、理由が。
「警察側から情報が漏れたら、組織としてはさぞかし動きやすいだろうな」
 和彦がわかりやすい鎌をかけると、悪びれた様子もなく鷹津は笑った。爽やかさとは対極にあるような凶悪な表情で、ドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、いつになく凄みを帯びている。追及してくるなと、和彦を威嚇しているのかもしれない。
「……悪徳刑事」
「ヤクザのオンナにそう言われると、ゾクゾクするほど興奮する」
 そう言って鷹津は、今度はリゾットを流し込むように食べる。
「言っておくがぼくは、南郷という男に興味はないから、情報を持ってこられても困る」
「すると俺は、タダ働きか」
「あんた自身が気になったから調べたんだろ。恩着せがましい言い方をするな」
「だったら俺に、餌を与えるに値する仕事をくれ」
 そんなものはない――。そう言いかけた和彦だが、ふとあることを思い出し、胸の奥がチクリと痛んだ。
「あるのか?」
 和彦の異変を敏感に察知した鷹津が、すかさず問いかけてくる。ぐっと唇を引き結んだ和彦は、リゾットに視線を落としたまま、ぼそぼそと答えた。
「デザートが運ばれてくるまで待ってくれ」
「好きにしろ」
 時間稼ぎのつもりだったが、リゾットを最後まで食べることを早々に諦めた和彦は、コーヒーを啜り始めた鷹津が見ている前で、デザートを運んできてもらう。
 和彦は白桃のシャーベットを一口食べてため息をつくと、鷹津に向けて片手を突き出した。
「……ペンはあるか?」
 鷹津がボールペンを投げて寄越してくる。和彦は、シャーベットの器と一緒に出されたペーパーナプキンにあることを書き込み、まずボールペンを鷹津に返した。
「今からぼくが頼むことは、内密にしてくれ。もちろん、組長にも知らせないでほしい」
「ほお、そりゃ、大事だな」
「組に知られると、相手に迷惑がかかる。約束できないなら、この話はなかったことに」
 口元に薄い笑みを湛えて鷹津が頷き、和彦は少しほっとしながらペーパーナプキンも渡す。
「そこに名前を書いた男を調べてほしい。家族構成や職場での評判。それと、できることなら、佐伯家に出入りしているのかも」
「お前の実家絡みか……。名前と一緒に書いてあるのが、勤め先か? 聞いたことのない会社だ」
「民間シンクタンクだ。ぼくの父親が、部下だった彼を薦めたらしい。もともと、父親がいる省庁の天下り先として有名なところだ。そのコネで斡旋したんだろう」
 ボールペンとペーパーナプキンをポケットに仕舞った鷹津は、テーブルに身を乗り出すようにして、和彦の顔を見つめてくる。そして、核心に切り込んできた。
「それで、この里見という男は、お前にとってのなんなんだ?」
 和彦は舌先で軽く唇を舐めると、低く囁くような声で告げた。
「――ぼくの初めての相手だ」
 この瞬間、鷹津は一切の表情を消した。


 和彦にとって里見は、保護者であり兄であり親友であり――初恋の相手だった。
 里見はさまざまなことを教えてくれたが、最後に教えてくれたのが、恋人としてのつき合い方だった。もちろん、愛し合い方も。だが、恋愛関係にあったとは言えない。矛盾しているかもしれないが、まるで家族のような存在だったのだ。
 高校生だった和彦は、会うたびに里見が教えてくれる行為の一つ一つを、体に刻みつけるように覚えていった。行為で得られる快感だけでなく、佐伯家を裏切っているという事実が、和彦にはたまらなく楽しかったのだ。
「……この時点で里見さんは、一途に恋する相手じゃなくなっていたのかもしれない。外面だけはいい佐伯家の名に泥を塗りつけるために、利用していたのかも……と、大人になってから考えるようになった」
 ベッドに腰掛けた和彦が言葉を選びながらこう言うと、腰にタオルを巻いた姿で鷹津が鼻先で笑った。
「ヤクザに開発される前から、お前は性質が悪かったんだな。高校生にして、エリートの大人の男を手玉に取っていたなんて、怖いガキだ」
「でも、確かに里見さんが好きだった。実家で暮らしているときのいい思い出なんてほとんどないが、ただ、あの人と出会えたことだけは感謝している。そうじゃなかったら、ぼくは――どうなっていただろうな。冷たくて嫌な人間になっていたかもしれない」
「今は嫌な人間じゃないのか?」
 鷹津の刺々しい言葉に、和彦は苦笑で応じる。
「悪徳刑事としては、どう思っているんだ」

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