血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
421 / 1,268
第20話

(10)

しおりを挟む
 テーブルの下で、鷹津の靴先がくるぶしの辺りを軽く突いてくる。和彦はぐっと唇を引き結び、鷹津の靴先を蹴った。
「あんたに仕事を頼んだ覚えはない。働きって、なんのことだ」
「お前に迫っていた、熊みたいにでかい男のことだ。総和会第二遊撃隊の頭だろ」
 眼差しを鋭くした和彦は、鷹津を見据えたまま肉を口に運ぶ。
「名前は、南郷けい。三十九歳という若さだが、けっこうな修羅場を踏んでいる。元は金城かねしろ組の人間だった。金城組は、今も派手にやっているある連合会の一門だったんだが、分派騒動で力を削ぎ落とされ、後ろ盾を失った。そこに手を差し伸べたのが、当時長嶺組組長だった長嶺守光だ。――これはまあ、得々と語るまでもなく、組の事情に詳しい人間に聞けばわかることだ」
「ぼくは別に、個々の組に興味はない」
「賢い奴だよ、お前は。知らないことが身を守る術だと、よく理解している」
 鷹津なりの皮肉かもしれないが、和彦自身、自分のそんな性質をよく自覚していた。この世界で力を持たない人間にとって、小賢しいながらも大事な処世術だ。
 表情を変えない和彦の反応に、鷹津は軽く鼻を鳴らして話を続ける。
「俺が暴力団担当から外れている間に頭角を現した男かと思ったが、どうやら長嶺守光は、南郷にずいぶん昔から目をかけているようだな」
 鷹津が南郷のことを調べたのなら、自分が持っているささやかな情報を隠しても仕方ないと判断し、和彦は頷く。
「……十代の頃から可愛がってもらっていると言っていた。組を紹介してくれて、総和会にも招き入れてくれて……、実の親より面倒を見てくれたとも」
 やっぱり、と鷹津は洩らした。
「三年前に県警を定年退職した男がいるんだ。総和会の幹部と繋がっている、という噂があって、最後まで出世とは無縁な刑事だったが、少なくとも俺より善良だ。その男に会って、知っていることを教えてもらおうとしたが、なかなか口を開かなくて苦労した。いまだに、ヤクザに義理立てしているんだ」
「あんたにとっての『善良』という価値観がどうなっているのか、ぼくには理解できないんだが……」
「細かいことは気にするな」
 鷹津がニヤリと笑ったところで、リゾットが運ばれてくる。和彦は布ナプキンで口元を拭ってから、物騒な会話を交わしていたことを感じさせない自然さで水を飲む。
「その男が言ってたんだ。総和会会長は南郷を、自分の息子の影武者にでもする気じゃないかと勘繰る人間がいたと。その男自身は、会長の隠し子なんじゃないかと疑っていたらしい。つまり、それぐらい側に置いて、目をかけているということだ。何が真実なのか、わかっているのは長嶺守光だけだ」
 和彦は、南郷の姿を思い返す。守光とも賢吾とも、まったく似ている部分のない顔立ちをしていると思うが、世の中には似ていない親子も兄弟もいくらでもいる。
 父親とも兄とも、よく似た部分を持つ和彦にとっては皮肉な話だが。
「十年以上前、南郷は金城組の組員だった頃、長嶺組の組長だった長嶺守光のために汚れ仕事をして、ムショに数年入っていたこともある。長嶺賢吾がヤクザのエリート街道を泥一つ被らず突き進んでいる一方で、南郷は対照的な道を歩んできた。そんなふうに天と地ほど立場がかけ離れていた二人だが、今はどうだ?」
 賢吾は長嶺組組長に、南郷は総和会第二遊撃隊を率いる立場にいる。もう、天と地ほど立場が違うとは誰も思わないだろう。
「長嶺守光は何かを企んでいるのか、それとも、たまたまなのか……」
 他人の好奇心を刺激するような勘繰りをちらつかせ、鷹津がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。鷹津にとってはあくまで他人事なので、あれこれ推測するのはさぞかし楽しいだろう。しかし、和彦はそういうわけにもいかない。険しい目つきで鷹津を見据える。
「――……それを調べるのが、あんたの仕事だろ」
「だが、俺の話はおもしろかっただろ?」
「言っておくが、ぼくはこの程度の話で、餌を与える気はないからな。あんたがしたことといえば、噂話を聞き込みして、南郷の前科をちょっと調べたぐらいだろ」
「簡単に言うな。警察内であれこれ動くには、それなりの危険を冒す必要があるんだ。特に俺は、〈前科〉があるからな。少しでも怪しいと思われたら、今の課からまた叩き出される」
「犯罪組織対策課、だったな」
「少し前まで忙しかったんだが、悪さをしている奴らが急に鳴りをひそめて、捜査が行き詰まった。網にかかるのは、なんの情報も持っていないような、つまらん小物ばかりだ――」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...