血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
420 / 1,268
第20話

(9)

しおりを挟む




 長嶺の男たちは、和彦が静かに誕生日を過ごせるよう結託したのかもしれない。
 そう勘繰ってしまうぐらい、誕生日当日の和彦は普段以上に淡々と過ごしていた。――夕方までは。
 まったく予定が入っていなかったため、外で適当に食事を済ませ、さっさと自宅に引きこもろうと考えていた和彦だが、意外な人物と誕生日のディナーを共にすることになった。
 急な仕事に備えて電源を入れておいた携帯電話が震える。慌ててフォークを置いた和彦は、ジャケットのポケットから取り出した携帯電話をテーブルの下で確認する。メールは、無粋とは対極にあるような内容だった。知らず知らずのうちに顔を綻ばせると、向かいの席についている鷹津が不躾な言葉をぶつけてくる。
「お前の男からか?」
 和彦は携帯電話に視線を落としたまま、テーブルの下で遠慮なく、口の悪い男の脛を蹴りつけてやった。
 ささやかな攻撃が効いたのか、次に鷹津が口にしたのは、悪態でも皮肉でもなく、ジンジャーエールのお代わりを頼む言葉だった。
 野獣と一緒に食事しているようだと思いながら和彦は、届いたメールを改めて読み返す。送り主は、中嶋からだった。
 和彦と特別な関係を持っている男たちは、二月十日という日を決して無視しているわけではなく、しっかりと気にかけてくれている。その証拠に、今日は何通かのメールが届いていた。内容はどれも、和彦の誕生日を祝うものだ。
 唯一、メールを送ってこなかった男は、なぜか今、和彦の目の前でステーキにかぶりついている。和彦はその食べっぷりを、半ば感心しつつ眺める。
 今晩の鷹津は不精ひげを剃っているだけでなく、見た目だけはいつもより多少マシだった。
 いままで見たことがない、きちんとプレスされたスーツを着込んでいるのだ。ネクタイもセットで色合いは地味そのものだが、オールバックの髪型や彫りの深い印象的な顔立ちのおかげで、かえってちょうどいいバランスとなっている。少なくとも、高級感漂うレストランにあって悪目立ちはしていない。
 好奇心に負けて、和彦は鷹津に問いかけた。
「――なあ、どうして今晩は、まともな格好をしているんだ?」
 鷹津は皮肉っぽく唇を歪めてから、素っ気なく答える。
「お前にいいものを食わせてもらおうと思って」
 今度は、和彦が唇を歪める番だ。実は鷹津は、夕方になって突然連絡をしてきたかと思うと、美味いものを食わせろと要求してきたのだ。当然、和彦の予定など気にかけてもいない。それどころか、何を差し置いてでも自分の要求に応じるべきだという図々しさを、隠そうともしていなかった。
 適当なファミレスで食事を済ませるつもりだった和彦が、わざわざ高い店に鷹津を伴ってきたのは、ある意味、嫌味のようなものだ。
 誕生日だからと何かを期待することはないのだが、さすがにこの状況はどうなのかと思い、和彦は皮肉を口にする。自慢ではないが、鷹津がどんな種の皮肉を嫌がるかすでに把握していた。
「せっかくマシな格好をしたところで、ヤクザの組長のオンナに食事を集ることぐらいしか、使い道がないのか。ぼくの奢りで、あんたが美味しそうに食べてたと知ったら、組長も喜ぶかもな」
「……蛇のオンナらしく、ねちっこい嫌味が板についてきたな」
 互いに威嚇し合うような視線を交わしたところで、不毛ともいえる会話に早々に区切りをつける。せっかく美味しいものを食べているというのに、胃痛を引き起こしそうだ。
 本当は言うつもりはなかったのだが、グラスの水を飲んだ和彦はさりげなく切り出した。
「今日はぼくの、誕生日なんだ」
 あっさりと受け流されるかと思ったが、鷹津の反応は予想に反するものだった。心底驚いたように目を見開き、じっと和彦の顔を見つめてくる。その後、落ち着きなくイスに座り直し、今度は芝居がかったように顔をしかめた。
「あとで長嶺に鼻先で笑われるのは癪だから、今日は俺の奢りだ」
「へえ。あんたにも見栄ってものがあるのか」
「メシを食ったあと、俺が楽しませてもらうんだから、安いもんだ。――たっぷりサービスしろよ、佐伯」
 鷹津がなんのことを言っているのか、すぐに理解した和彦の頬はわずかに熱くなる。咄嗟に周囲に視線を向けたのは、ヤクザの組長のオンナと悪徳刑事の会話に、誰かが聞き耳を立てているのではないかと心配したからだ。テーブル同士が離れていることもあり、これは単なる杞憂で済んだ。
「……いい。自分の分ぐらい、自分で払う」
 声を低くした和彦をおもしろがるように、鷹津の唇に嫌な笑みが浮かぶ。
「メシは、ついでだ。俺がお前を呼び出すときは、それなりの働きをしたことを報告するためだ。その働きに対して、お前は美味い〈餌〉をくれる。この肉も十分美味いが――」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...