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第20話
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「春から、ゴルフを始めるんだろ」
「……まあ、千尋は張りきってるみたいだが……」
その千尋は、守光からの誕生日プレゼントを和彦に渡してすぐに、慌しく出かけていった。
わかってはいたが、当然のように和彦は本宅に泊まることになり、入浴後はこうして賢吾の部屋で時間を過ごしていた。いつものように――と言ってしまうには、今夜は少しだけ空気が違っている。
「覚悟しろよ。先生とコースを回りたがる人間は多いぞ。なんならレッスンプロを雇うか?」
賢吾の気の早さに苦笑しつつ、最後の爪を切り終える。
「ゴルフ道具だけじゃない。先生に買い与えてやりたいものは、まだある」
「なんだ?」
「来週にでも一緒に出かけるぞ。そのとき教えてやる。――先生は、金のかかった誕生日プレゼントが苦手なようだからな。だからあえて、誕生日を過ぎてから買ってやる」
それは屁理屈だと、口中で呟きながらも和彦は、親指の爪に丁寧にヤスリをかけてやる。初めてにしてはなかなかだと、出来上がりに満足していると、唐突に賢吾が切り出した。
「――秘密を抱えている顔だな、先生。艶っぽい表情からして……、色事絡みか?」
この瞬間、心臓を掴み上げられたような気がした。強張った顔を賢吾に見られた時点で、誤魔化すことなど不可能だった。それに和彦は、心のどこかで待っていたのだ。賢吾からこう問われることを。聞き出された、という前提があるだけで、ずいぶん気は楽だ。
ただし和彦が話すのは、二つの隠し事のうち、一つだけだ。
切った爪ごと新聞をゴミ箱に捨てると、賢吾に手を取られて引き寄せられる。髪を弄ばれながら和彦は硬い表情で口を開いた。
「あんたに相談しないまま、独断で総和会に連絡を入れたんだ」
「どんな用で?」
「……先週、クリニックの近くのファミレスで食事をしていたら、総和会の南郷さんが現れて、誕生日プレゼントをくれた。ブレスレットだ。ぼくが勝手に勘違いをして、会長から贈られたものだと思い込んだ。でも、そうじゃなかったみたいだ」
「それで今日、千尋が持ってきた会長からのプレゼントを見て、妙な顔をしたのか」
あごを掬い上げられて和彦は顔を上げる。賢吾は、表情らしい表情を浮かべないまま、じっと目を覗き込んでくる。眼差しの力強さに圧倒され、引きずり込まれた途端に大蛇に呑まれそうで、和彦は小さく身震いする。すると、優しい手つきで頬を撫でられた。
「さすがに、会長と直接電話で話せる立場にはないと思ったから、総和会に連絡して、会長の側近という人に取り次いでもらって、お礼を伝えてもらうよう頼んだ。……会長は意味がわからなかっただろうな」
「どうだろうな。あのじいさんなら、何もかも把握していても不思議じゃない。特に南郷は、じいさんが昔から可愛がっている男だ。もしかして――」
賢吾が意味ありげに言葉を切ったあと、何事か呟いたが、和彦は聞き取ることができない。思わず身を乗り出すと、頭の後ろに手がかかり、息もかかるほど側に顔を寄せられた。
「南郷もたらし込んだのか?」
低く恫喝するような声で賢吾に問われる。数秒のうちに意味を解した和彦は、慌てて否定する。
「そんなわけないだろっ。人をなんだと思ってるんだっ」
「男を甘やかして骨抜きにする、性質の悪い〈オンナ〉だろ」
「違うっ。前も言ったが、南郷さんはぼくの存在が……、長嶺組長のオンナが物珍しいだけだ。それと、はっきり言っておくが、ぼくは彼が苦手なんだ。なんだか怖い」
「俺は怖くないか?」
一瞬返事に詰まった和彦は、澄まし顔の賢吾を睨みつける。
「……怖いに決まっている。だけどあんたは、痛みが苦手なぼくを、傷つけたことも、痛めつけたこともない。怖いけど、信用しているんだ」
「上手い返しだな、先生」
褒美のように、賢吾に軽く唇を吸われる。羽織の紐を解かれ、浴衣の衿元に手がかかったところで、和彦はわずかに頭を引いた。
「南郷さんからのプレゼントを返したいんだ。どうすれば、波風が立たないと思う?」
「波風立てたくないってなら、黙ってもらっておくことだな。ヤクザはけっこう些細なことで、顔に泥を塗られたと感じる。そして、それを盾に強請ってくる。相手が悪いか悪くないかは関係ない。ヤクザがそうしたいと思えば、なんだって利用してくる」
「つまり……、受け取った時点で、ぼくは弱みを握られたようなものってことか……」
「例え話だ。だいたい南郷は、そんなに小さな男じゃねーだろ。あいつにしてみれば、先生の機嫌取りをしただけなのかもしれない」
「……ぼくが機嫌よさそうに見えるか?」
「……まあ、千尋は張りきってるみたいだが……」
その千尋は、守光からの誕生日プレゼントを和彦に渡してすぐに、慌しく出かけていった。
わかってはいたが、当然のように和彦は本宅に泊まることになり、入浴後はこうして賢吾の部屋で時間を過ごしていた。いつものように――と言ってしまうには、今夜は少しだけ空気が違っている。
「覚悟しろよ。先生とコースを回りたがる人間は多いぞ。なんならレッスンプロを雇うか?」
賢吾の気の早さに苦笑しつつ、最後の爪を切り終える。
「ゴルフ道具だけじゃない。先生に買い与えてやりたいものは、まだある」
「なんだ?」
「来週にでも一緒に出かけるぞ。そのとき教えてやる。――先生は、金のかかった誕生日プレゼントが苦手なようだからな。だからあえて、誕生日を過ぎてから買ってやる」
それは屁理屈だと、口中で呟きながらも和彦は、親指の爪に丁寧にヤスリをかけてやる。初めてにしてはなかなかだと、出来上がりに満足していると、唐突に賢吾が切り出した。
「――秘密を抱えている顔だな、先生。艶っぽい表情からして……、色事絡みか?」
この瞬間、心臓を掴み上げられたような気がした。強張った顔を賢吾に見られた時点で、誤魔化すことなど不可能だった。それに和彦は、心のどこかで待っていたのだ。賢吾からこう問われることを。聞き出された、という前提があるだけで、ずいぶん気は楽だ。
ただし和彦が話すのは、二つの隠し事のうち、一つだけだ。
切った爪ごと新聞をゴミ箱に捨てると、賢吾に手を取られて引き寄せられる。髪を弄ばれながら和彦は硬い表情で口を開いた。
「あんたに相談しないまま、独断で総和会に連絡を入れたんだ」
「どんな用で?」
「……先週、クリニックの近くのファミレスで食事をしていたら、総和会の南郷さんが現れて、誕生日プレゼントをくれた。ブレスレットだ。ぼくが勝手に勘違いをして、会長から贈られたものだと思い込んだ。でも、そうじゃなかったみたいだ」
「それで今日、千尋が持ってきた会長からのプレゼントを見て、妙な顔をしたのか」
あごを掬い上げられて和彦は顔を上げる。賢吾は、表情らしい表情を浮かべないまま、じっと目を覗き込んでくる。眼差しの力強さに圧倒され、引きずり込まれた途端に大蛇に呑まれそうで、和彦は小さく身震いする。すると、優しい手つきで頬を撫でられた。
「さすがに、会長と直接電話で話せる立場にはないと思ったから、総和会に連絡して、会長の側近という人に取り次いでもらって、お礼を伝えてもらうよう頼んだ。……会長は意味がわからなかっただろうな」
「どうだろうな。あのじいさんなら、何もかも把握していても不思議じゃない。特に南郷は、じいさんが昔から可愛がっている男だ。もしかして――」
賢吾が意味ありげに言葉を切ったあと、何事か呟いたが、和彦は聞き取ることができない。思わず身を乗り出すと、頭の後ろに手がかかり、息もかかるほど側に顔を寄せられた。
「南郷もたらし込んだのか?」
低く恫喝するような声で賢吾に問われる。数秒のうちに意味を解した和彦は、慌てて否定する。
「そんなわけないだろっ。人をなんだと思ってるんだっ」
「男を甘やかして骨抜きにする、性質の悪い〈オンナ〉だろ」
「違うっ。前も言ったが、南郷さんはぼくの存在が……、長嶺組長のオンナが物珍しいだけだ。それと、はっきり言っておくが、ぼくは彼が苦手なんだ。なんだか怖い」
「俺は怖くないか?」
一瞬返事に詰まった和彦は、澄まし顔の賢吾を睨みつける。
「……怖いに決まっている。だけどあんたは、痛みが苦手なぼくを、傷つけたことも、痛めつけたこともない。怖いけど、信用しているんだ」
「上手い返しだな、先生」
褒美のように、賢吾に軽く唇を吸われる。羽織の紐を解かれ、浴衣の衿元に手がかかったところで、和彦はわずかに頭を引いた。
「南郷さんからのプレゼントを返したいんだ。どうすれば、波風が立たないと思う?」
「波風立てたくないってなら、黙ってもらっておくことだな。ヤクザはけっこう些細なことで、顔に泥を塗られたと感じる。そして、それを盾に強請ってくる。相手が悪いか悪くないかは関係ない。ヤクザがそうしたいと思えば、なんだって利用してくる」
「つまり……、受け取った時点で、ぼくは弱みを握られたようなものってことか……」
「例え話だ。だいたい南郷は、そんなに小さな男じゃねーだろ。あいつにしてみれば、先生の機嫌取りをしただけなのかもしれない」
「……ぼくが機嫌よさそうに見えるか?」
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