血と束縛と

北川とも

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第20話

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「本当は誕生日当日に渡したかったんだけど、俺はじいちゃんに同行してるから時間が取れそうにないからさ、今のうちにと思ったんだ。――と、じいちゃんで思い出した」
 千尋が反対側のポケットをさぐり、てのひらサイズの桐箱を取り出す。なんとなく嫌な予感を感じて和彦は身構えたが、それに気づいた様子もなく千尋は嬉しそうに言った。
「これは、じいちゃんから先生への誕生日プレゼント」
「えっ、ぼくに、って……。会長がそう言ったのか?」
「うん。先生に、けっこう前から準備してたみたい。思いついてすぐに準備できるものじゃないから。この〈特別な〉プレゼント」
 開けてみるよう促され、長嶺の男二人の強い視線を受けながら和彦は、そっと蓋を開ける。
 桐箱に納まっていたのは、バッジだった。精巧な象眼ぞうがん細工によって描かれているのは総和会の代紋で、和彦は息を呑んで指先を這わせる。バッジの表面に打ち込まれているのは、おそらく純金だろう。
「ダイヤモンドを埋め込むような悪趣味さはなかったようだな、総和会会長には」
 皮肉っぽい口調で言ったのは賢吾だ。その言葉に反応もできず、和彦は困惑しながらバッジを見つめる。
 一枚の大きな葉と、十枚の同じ大きさの葉が『総』の字を囲む総和会の代紋は、すでに和彦にとって馴染みの存在となったが、こんなに間近でバッジを見るのは初めてだった。総和会に限ったことではないが、揉め事や警察の監視の目を極力避けるため、組バッジを堂々とつけて出歩く人間は多くないのだ。
「これを、ぼくに……?」
「先生みたいに、総和会の協力者という立場の人には、普通は渡さないんだけどね。先生は長嶺組の庇護下にあるから、事情が違う」
 少し意地の悪い見方をするなら、総和会のバッジを悪用する可能性が低いと判断されたのかもしれない。
「俺、先生の誕生日のこと誰にも話してなかったのに、なぜかみんな知ってるんだよなー」
 千尋がぼやきながら、賢吾に視線を向ける。つられて和彦も見ると、意味ありげな笑みとともに賢吾が言った。
「俺からも、先生にプレゼントがあるから、楽しみに待っていろ」
「ぼくは別に――」
「長嶺の男三人から貢がれて、大したもんだ」
「貢がれるって……、人聞きの悪いことを言わないでくれ」
 小声で反論した和彦は、やや緊張しながらバッジを取り上げる。見た目よりも重みがあり、その重みが総和会という組織をリアルに実感させる。
 こんな大事なものを和彦に贈った守光の意図を考えようとして、すぐに和彦はあることに気づいた。慌てて顔を上げると、驚いたように千尋が目を丸くした。
「どうかした、先生」
「いや……、これは会長からぼくへの、誕生日プレゼント、なのか?」
「そうだよ。もっと華やかなものを贈りたかったけど、先生の好みがわからないから、今はこれで、と言ってた。じいちゃん、気に入った相手には気前いいから、先生は今から覚悟しておいたほうがいいよ」
 からかってくる千尋の額を軽く小突いた和彦だが、頭の中は、先日南郷がブレスレットを届けにきたときの情景が駆け巡っていた。
 交わした会話を丹念に一つ一つ辿っていくと、大事なことに気づく。あのとき和彦は、てっきり守光がブレスレットの贈り主だと思い込んで話していたが、実は南郷は、一言も守光の話題を口にしていなかった。
 最初から計画していたのか、和彦の勘違いをたまたま利用したのかわからないが、ブレスレットを受け取った事実は変わらない。
 やられた、と大きなため息をつく。だが次の瞬間には、このことをどう処理すべきなのかと考え、条件反射のように賢吾の反応をうかがう。
 賢吾は、唇をわずかに緩めていた。
 胸の内に隠し事を抱えた〈オンナ〉の反応を愛でているようにも見え、優しいのか残酷なのかわからない賢吾の表情に、和彦は本能的な恐れを感じていた。


「――暖かくなるまでに、先生にいろいろと揃えてやらないといけねーな」
 突然、賢吾からかけられた言葉に、和彦は手を止める。
「えっ?」
 思わず出た声は、自分でも驚くほど刺々しい。別に怒っているわけではなく、作業に集中していたせいだ。
 和彦は強張った肩から力を抜くと、広げた新聞紙の上に爪切りを置く。さきほどから賢吾の足の爪を切っているのだが、いままでこんなことを頼んできた人間はいなかったため、四苦八苦していた。一方の賢吾は、座椅子に腰掛けて両足を投げ出し、寛いでいる。
 何様のつもりかと気分を害してもいいのかもしれないが、和彦が手元を誤っても、痛い思いをするのは賢吾だけだ。そう思うと、ささやかな奉仕も悪くはなかった。
 強張った指を解してから、和彦は再び爪切りを手にする。
「揃えるって、何を?」

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