416 / 1,268
第20話
(5)
しおりを挟む
「本当は誕生日当日に渡したかったんだけど、俺はじいちゃんに同行してるから時間が取れそうにないからさ、今のうちにと思ったんだ。――と、じいちゃんで思い出した」
千尋が反対側のポケットをさぐり、てのひらサイズの桐箱を取り出す。なんとなく嫌な予感を感じて和彦は身構えたが、それに気づいた様子もなく千尋は嬉しそうに言った。
「これは、じいちゃんから先生への誕生日プレゼント」
「えっ、ぼくに、って……。会長がそう言ったのか?」
「うん。先生に、けっこう前から準備してたみたい。思いついてすぐに準備できるものじゃないから。この〈特別な〉プレゼント」
開けてみるよう促され、長嶺の男二人の強い視線を受けながら和彦は、そっと蓋を開ける。
桐箱に納まっていたのは、バッジだった。精巧な象眼細工によって描かれているのは総和会の代紋で、和彦は息を呑んで指先を這わせる。バッジの表面に打ち込まれているのは、おそらく純金だろう。
「ダイヤモンドを埋め込むような悪趣味さはなかったようだな、総和会会長には」
皮肉っぽい口調で言ったのは賢吾だ。その言葉に反応もできず、和彦は困惑しながらバッジを見つめる。
一枚の大きな葉と、十枚の同じ大きさの葉が『総』の字を囲む総和会の代紋は、すでに和彦にとって馴染みの存在となったが、こんなに間近でバッジを見るのは初めてだった。総和会に限ったことではないが、揉め事や警察の監視の目を極力避けるため、組バッジを堂々とつけて出歩く人間は多くないのだ。
「これを、ぼくに……?」
「先生みたいに、総和会の協力者という立場の人には、普通は渡さないんだけどね。先生は長嶺組の庇護下にあるから、事情が違う」
少し意地の悪い見方をするなら、総和会のバッジを悪用する可能性が低いと判断されたのかもしれない。
「俺、先生の誕生日のこと誰にも話してなかったのに、なぜかみんな知ってるんだよなー」
千尋がぼやきながら、賢吾に視線を向ける。つられて和彦も見ると、意味ありげな笑みとともに賢吾が言った。
「俺からも、先生にプレゼントがあるから、楽しみに待っていろ」
「ぼくは別に――」
「長嶺の男三人から貢がれて、大したもんだ」
「貢がれるって……、人聞きの悪いことを言わないでくれ」
小声で反論した和彦は、やや緊張しながらバッジを取り上げる。見た目よりも重みがあり、その重みが総和会という組織をリアルに実感させる。
こんな大事なものを和彦に贈った守光の意図を考えようとして、すぐに和彦はあることに気づいた。慌てて顔を上げると、驚いたように千尋が目を丸くした。
「どうかした、先生」
「いや……、これは会長からぼくへの、誕生日プレゼント、なのか?」
「そうだよ。もっと華やかなものを贈りたかったけど、先生の好みがわからないから、今はこれで、と言ってた。じいちゃん、気に入った相手には気前いいから、先生は今から覚悟しておいたほうがいいよ」
からかってくる千尋の額を軽く小突いた和彦だが、頭の中は、先日南郷がブレスレットを届けにきたときの情景が駆け巡っていた。
交わした会話を丹念に一つ一つ辿っていくと、大事なことに気づく。あのとき和彦は、てっきり守光がブレスレットの贈り主だと思い込んで話していたが、実は南郷は、一言も守光の話題を口にしていなかった。
最初から計画していたのか、和彦の勘違いをたまたま利用したのかわからないが、ブレスレットを受け取った事実は変わらない。
やられた、と大きなため息をつく。だが次の瞬間には、このことをどう処理すべきなのかと考え、条件反射のように賢吾の反応をうかがう。
賢吾は、唇をわずかに緩めていた。
胸の内に隠し事を抱えた〈オンナ〉の反応を愛でているようにも見え、優しいのか残酷なのかわからない賢吾の表情に、和彦は本能的な恐れを感じていた。
「――暖かくなるまでに、先生にいろいろと揃えてやらないといけねーな」
突然、賢吾からかけられた言葉に、和彦は手を止める。
「えっ?」
思わず出た声は、自分でも驚くほど刺々しい。別に怒っているわけではなく、作業に集中していたせいだ。
和彦は強張った肩から力を抜くと、広げた新聞紙の上に爪切りを置く。さきほどから賢吾の足の爪を切っているのだが、いままでこんなことを頼んできた人間はいなかったため、四苦八苦していた。一方の賢吾は、座椅子に腰掛けて両足を投げ出し、寛いでいる。
何様のつもりかと気分を害してもいいのかもしれないが、和彦が手元を誤っても、痛い思いをするのは賢吾だけだ。そう思うと、ささやかな奉仕も悪くはなかった。
強張った指を解してから、和彦は再び爪切りを手にする。
「揃えるって、何を?」
千尋が反対側のポケットをさぐり、てのひらサイズの桐箱を取り出す。なんとなく嫌な予感を感じて和彦は身構えたが、それに気づいた様子もなく千尋は嬉しそうに言った。
「これは、じいちゃんから先生への誕生日プレゼント」
「えっ、ぼくに、って……。会長がそう言ったのか?」
「うん。先生に、けっこう前から準備してたみたい。思いついてすぐに準備できるものじゃないから。この〈特別な〉プレゼント」
開けてみるよう促され、長嶺の男二人の強い視線を受けながら和彦は、そっと蓋を開ける。
桐箱に納まっていたのは、バッジだった。精巧な象眼細工によって描かれているのは総和会の代紋で、和彦は息を呑んで指先を這わせる。バッジの表面に打ち込まれているのは、おそらく純金だろう。
「ダイヤモンドを埋め込むような悪趣味さはなかったようだな、総和会会長には」
皮肉っぽい口調で言ったのは賢吾だ。その言葉に反応もできず、和彦は困惑しながらバッジを見つめる。
一枚の大きな葉と、十枚の同じ大きさの葉が『総』の字を囲む総和会の代紋は、すでに和彦にとって馴染みの存在となったが、こんなに間近でバッジを見るのは初めてだった。総和会に限ったことではないが、揉め事や警察の監視の目を極力避けるため、組バッジを堂々とつけて出歩く人間は多くないのだ。
「これを、ぼくに……?」
「先生みたいに、総和会の協力者という立場の人には、普通は渡さないんだけどね。先生は長嶺組の庇護下にあるから、事情が違う」
少し意地の悪い見方をするなら、総和会のバッジを悪用する可能性が低いと判断されたのかもしれない。
「俺、先生の誕生日のこと誰にも話してなかったのに、なぜかみんな知ってるんだよなー」
千尋がぼやきながら、賢吾に視線を向ける。つられて和彦も見ると、意味ありげな笑みとともに賢吾が言った。
「俺からも、先生にプレゼントがあるから、楽しみに待っていろ」
「ぼくは別に――」
「長嶺の男三人から貢がれて、大したもんだ」
「貢がれるって……、人聞きの悪いことを言わないでくれ」
小声で反論した和彦は、やや緊張しながらバッジを取り上げる。見た目よりも重みがあり、その重みが総和会という組織をリアルに実感させる。
こんな大事なものを和彦に贈った守光の意図を考えようとして、すぐに和彦はあることに気づいた。慌てて顔を上げると、驚いたように千尋が目を丸くした。
「どうかした、先生」
「いや……、これは会長からぼくへの、誕生日プレゼント、なのか?」
「そうだよ。もっと華やかなものを贈りたかったけど、先生の好みがわからないから、今はこれで、と言ってた。じいちゃん、気に入った相手には気前いいから、先生は今から覚悟しておいたほうがいいよ」
からかってくる千尋の額を軽く小突いた和彦だが、頭の中は、先日南郷がブレスレットを届けにきたときの情景が駆け巡っていた。
交わした会話を丹念に一つ一つ辿っていくと、大事なことに気づく。あのとき和彦は、てっきり守光がブレスレットの贈り主だと思い込んで話していたが、実は南郷は、一言も守光の話題を口にしていなかった。
最初から計画していたのか、和彦の勘違いをたまたま利用したのかわからないが、ブレスレットを受け取った事実は変わらない。
やられた、と大きなため息をつく。だが次の瞬間には、このことをどう処理すべきなのかと考え、条件反射のように賢吾の反応をうかがう。
賢吾は、唇をわずかに緩めていた。
胸の内に隠し事を抱えた〈オンナ〉の反応を愛でているようにも見え、優しいのか残酷なのかわからない賢吾の表情に、和彦は本能的な恐れを感じていた。
「――暖かくなるまでに、先生にいろいろと揃えてやらないといけねーな」
突然、賢吾からかけられた言葉に、和彦は手を止める。
「えっ?」
思わず出た声は、自分でも驚くほど刺々しい。別に怒っているわけではなく、作業に集中していたせいだ。
和彦は強張った肩から力を抜くと、広げた新聞紙の上に爪切りを置く。さきほどから賢吾の足の爪を切っているのだが、いままでこんなことを頼んできた人間はいなかったため、四苦八苦していた。一方の賢吾は、座椅子に腰掛けて両足を投げ出し、寛いでいる。
何様のつもりかと気分を害してもいいのかもしれないが、和彦が手元を誤っても、痛い思いをするのは賢吾だけだ。そう思うと、ささやかな奉仕も悪くはなかった。
強張った指を解してから、和彦は再び爪切りを手にする。
「揃えるって、何を?」
38
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる