血と束縛と

北川とも

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第20話

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「ただ、わたし自身、君に会いたかったというのもある。大人になった君に、わたしはもう必要とされていないという意識もあったから、どんな理由であれ、会える口実ができたことを素直に喜んでいた」
 ここで和彦はメッセージカードを取り出し、里見の前に置く。里見は照れたように笑った。
「佐伯審議官から、君と接触を持ってほしいと頼まれたんだ。君の友人は、佐伯家のほうに不信感を持ち始めて、そろそろ協力的ではなくなったからと。その点、わたしはうってつけだ。佐伯家とのつき合いは長いし、かつての君の家庭教師であり、佐伯審議官からの命令に逆らえない立場だからね。――君の誕生日プレゼントにこのカードをつけたのは、わたしの独断だ。自分で選んだプレゼントだから、ちょっとした細工をするのは簡単だった。……君がこの場に来なければ、わたしでは連絡役は務まらないと報告するつもりだった」
「つまりぼくは、里見さんの目論見にまんまと釣られたわけだ」
「君の気持ちを試した。大人は、ズルいんだよ」
「ぼくはもうとっくに、そのズルい大人だよ、里見さん」
 和彦の言葉に何かを刺激されたのか、里見が強い眼差しを向けてくる。穏やかで優しいだけではない里見の性質が、わずかに透けて見えたようだ。
 綺麗事だけで官僚の世界を生きてきたわけではなく、アクの強い父親の忠実な部下でいるには、それなりのしたたかさや狡猾さが必要なのだ。里見は、子供であった和彦にもそういったことを隠さず教えてくれ、だからこそ和彦は、里見を信頼していた。
「佐伯審議官からは、君に実家に顔を出すよう促してくれと頼まれた。いろいろと相談したいことがあるそうだ。それと、君が今どこで暮らし、働いているかを聞き出してくること。どんなトラブルに巻き込まれているかも知りたいそうだ」
 かつての家庭教師ぶりを思い出す、歯切れよい里見の話に、和彦は苦笑を浮かべる。まさか、ここまではっきり言うとは思っていなかったのだ。
「里見さんとしては、ぼくが実家に顔を出すことをどう考えている?」
「早く顔を見せて、家族を安心させたほうがいい――と言うつもりはない。佐伯家は今、英俊くんの国政出馬のことでピリピリしている。その状況で、これまで放任していた君を捜しているとなれば、目的があるんだろう。肉親の情以外の何か、が」
 和彦と佐伯家の関わりについてここまで精通していると、父親としても、さぞかし里見に指示を出しやすかっただろう。そもそも、佐伯家が澤村と接触を持ったのは、澤村から引き出した情報を里見に与え、こうして和彦に会わせることが目的だったのかもしれない。
「……兄さんが選挙に出るという話、本当だったのか……」
「その情報は誰から?」
 柔らかな口調で里見に問われ、和彦も同様の口調で応じる。
「内緒」
 気を悪くした様子もなく、里見は軽く肩をすくめた。
「その口ぶりだったら、こちらの知りたいことは何も教えてくれないだろうな」
「ごめん。いろいろと複雑な立場なんだ。それに、ぼくの事情に巻き込みたくない」
「事情というのは、トラブルとも言い換えられるのか?」
 この瞬間、和彦の脳裏を過ったのは、長嶺組の人間に拉致され、賢吾が見ている前で道具を使って辱められた光景だ。そのときの様子を撮影された挙げ句に、プリントアウトしたものをクリニックにばら撒かれたのだが、そのことを里見も知らされているのだろうかとふと考える。
 和彦の感情の揺れは表情に出たらしく、里見は軽く目を見開いたあと、急に怒りを感じたように険しく眉をひそめた。
「まさか脅迫されて、意に沿わないことをされているのか? だから、自分の居場所について話せないんじゃ――」
「違う、里見さんっ……。そんな単純なことじゃないんだ」
「単純か複雑かは関係ない。君がひどい目に遭うことが、わたしは耐えられないんだ」
 らしくない里見の激しい口調に、和彦は胸の内でそっとため息をつく。尋ねるまでもない。里見は、長嶺組がばら撒いた写真を見ている。
 辱められた自分より、そんな写真を見た里見に対して痛ましさを覚えていた。その理由を、里見自身が口にする。
「……わたしは、人見知りが激しくて、滅多に笑わない子供だった君を、高校を卒業するまでずっと側で見てきたんだ。驕った言い方をするなら、君を大事にしてきた。だからこそ大人になって、自分で幸福になる道を選べるようになったのなら、わたしがしゃしゃり出ることもないと思っていた」
「何年経とうが、ぼくに対して過保護だな、あなたは」
 静かな口調で激高している里見を落ち着かせるよう、和彦は冗談っぽく言ってみるが、無駄だった。里見は眉をひそめたままテーブルの上で両手を組む。

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