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第19話
(22)
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問いかけてきた三田村が、次の瞬間には苦々しい表情となる。
「と、俺が先生に言えた義理じゃないな。ヤクザと関わった先生に、最初につらいことを強要したのは、この俺だ」
「その分、今はあんたに支えてもらっている」
手を握り合っているだけでは我慢できなくなり、和彦は三田村にしがみつく。三田村はしっかりと抱き締めてくれた。
「……つらいとか嫌とか、そう感じることをやらされているつもりはないんだ。相変わらずこの世界の男たちは、ぼくを大事にしてくれる。それこそ、大事にされたいがために、ぼくはどんなことも受け入れているぐらいだ」
自嘲ではなく、事実だった。守光の部屋での出来事は、まさにそれだろう。
「そんな自分を自覚しているつもりだったのに、急に我に返って、不安になったんだ。いろいろと、考えることがあって……」
澤村と会っても平気だったのに、メッセージカードの字を見てからずっと、和彦の気持ちは揺れている。あの字を書いた相手は、和彦に大きな影響を与えた人物であり、今いる世界の男たちのように、和彦を大事にしてくれた。
「ぼくは、このままでいいのか?」
自問するように呟くと、和彦の背を撫でながら、三田村が思いがけず激しい言葉で応じた。
「――先生が嫌だと言っても、俺は、先生をこの世界から逃す気はない。組長のためでも、千尋さんのためでも、長嶺組や総和会のためですらない。俺は俺のために、先生を捕まえておく。先生が泣き叫ぼうが、衰弱しようが、俺は先生の足を掴んで放さない」
覚悟しておいてくれと、鼓膜に刻み付けるように囁かれ、和彦は三田村の腕の中で体を震わせる。三田村の言葉に感じてしまったのだ。
「絶対……、苦労するからな」
「先生といると、いままで経験したことがないぐらい、俺は楽しい。味わう苦労なんて、それに比べたらささやかなもんだ」
和彦が顔を上げると、荒々しい感情をぶつけてくるように三田村に唇を塞がれる。同じ激しさで和彦は口づけに応えた。
互いの体をソープで丁寧に洗いながら、目が合うたびに照れを含んだ視線を交わす。
「……初めてのときみたいだ」
三田村がシャワーヘッドを手にしたところで、和彦はようやく口を開く。いまさら、初心な小娘のように恥ずかしがっても仕方ないと、開き直りにも似た心境になっていた。
別に、裸を見られることに抵抗はない。ただこの状況は、ある出来事を鮮やかに思い起こさせる。
「初めて?」
和彦の目に泡が入らないよう気をつけながら、三田村は繊細な手つきで髪を洗ってくれる。三田村が借りている部屋に泊まるとき、よく一緒にシャワーを浴びているが、狭いバスルームではゆっくりもできないし、戯れるなど論外だ。
だが、この場所では――。
「あんたと初めて寝たのは、余裕がなくて駆け込んだラブホテルだった。今夜も、まったく同じだ」
「手っ取り早くことを済ませたがっているようで、こういう場所を使うのはどうかと思うんだが……、我慢できなかった」
率直な三田村の言葉に、シャワーの熱気以外のもので和彦は体を熱くする。三田村の体にてのひらを這わせ、自分から身をすり寄せて、背の虎も撫でてやる。
「場所なんてどこでもいいんだ。あんたを欲しいと思って、こうして感じられるなら。それに、こういう切羽詰った感じは、けっこう好きだ」
「……先生は、性質が悪い」
水音に紛れ込ませるように三田村が洩らし、背に優しくシャワーの湯をかけてくれる。
車の中で貪るような口づけを交わし、その余韻が冷めないうちに、一番近くにあるラブホテルに車を走らせた。どんなに切羽詰って余裕がなかろうが、和彦のマンションで体を重ねるという選択肢だけは、二人の中にはなかったのだ。
部屋に入ると、身につけているものを互いに脱がせ、もつれるようにバスルームに向かい、そして体を洗い合う。
限界にまで高まった情欲を、すぐにぶつけて消耗してしまうのがもったいなかった。反面、すぐにでも三田村が欲しくてたまらない。
全身の泡を洗い落としながら、三田村と何度となく唇を触れ合わせ、舌先を擦りつけ合う。同時に和彦は、刺青の虎を撫でることに夢中になっていた。普段は優しい虎だが、撫でれば撫でるほど、甘えてくれるどころか猛ってくるのだ。
「湯に、浸かりたい……」
和彦が訴えると、すぐに三田村は体を離し、バスタブに湯を溜め始める。こちらに向けられた三田村の背は濡れており、誘われるように背後に歩み寄った和彦は、指先を這わせる。濡れた虎の刺青は生気が漲っているようで、強烈に和彦を惹きつけるのだ。
湯の温度を確認していた三田村が、肩越しに振り返る。手首を掴まれ、まだわずかしか湯の溜まっていないバスタブに一緒に入り、抱き寄せられる。
「と、俺が先生に言えた義理じゃないな。ヤクザと関わった先生に、最初につらいことを強要したのは、この俺だ」
「その分、今はあんたに支えてもらっている」
手を握り合っているだけでは我慢できなくなり、和彦は三田村にしがみつく。三田村はしっかりと抱き締めてくれた。
「……つらいとか嫌とか、そう感じることをやらされているつもりはないんだ。相変わらずこの世界の男たちは、ぼくを大事にしてくれる。それこそ、大事にされたいがために、ぼくはどんなことも受け入れているぐらいだ」
自嘲ではなく、事実だった。守光の部屋での出来事は、まさにそれだろう。
「そんな自分を自覚しているつもりだったのに、急に我に返って、不安になったんだ。いろいろと、考えることがあって……」
澤村と会っても平気だったのに、メッセージカードの字を見てからずっと、和彦の気持ちは揺れている。あの字を書いた相手は、和彦に大きな影響を与えた人物であり、今いる世界の男たちのように、和彦を大事にしてくれた。
「ぼくは、このままでいいのか?」
自問するように呟くと、和彦の背を撫でながら、三田村が思いがけず激しい言葉で応じた。
「――先生が嫌だと言っても、俺は、先生をこの世界から逃す気はない。組長のためでも、千尋さんのためでも、長嶺組や総和会のためですらない。俺は俺のために、先生を捕まえておく。先生が泣き叫ぼうが、衰弱しようが、俺は先生の足を掴んで放さない」
覚悟しておいてくれと、鼓膜に刻み付けるように囁かれ、和彦は三田村の腕の中で体を震わせる。三田村の言葉に感じてしまったのだ。
「絶対……、苦労するからな」
「先生といると、いままで経験したことがないぐらい、俺は楽しい。味わう苦労なんて、それに比べたらささやかなもんだ」
和彦が顔を上げると、荒々しい感情をぶつけてくるように三田村に唇を塞がれる。同じ激しさで和彦は口づけに応えた。
互いの体をソープで丁寧に洗いながら、目が合うたびに照れを含んだ視線を交わす。
「……初めてのときみたいだ」
三田村がシャワーヘッドを手にしたところで、和彦はようやく口を開く。いまさら、初心な小娘のように恥ずかしがっても仕方ないと、開き直りにも似た心境になっていた。
別に、裸を見られることに抵抗はない。ただこの状況は、ある出来事を鮮やかに思い起こさせる。
「初めて?」
和彦の目に泡が入らないよう気をつけながら、三田村は繊細な手つきで髪を洗ってくれる。三田村が借りている部屋に泊まるとき、よく一緒にシャワーを浴びているが、狭いバスルームではゆっくりもできないし、戯れるなど論外だ。
だが、この場所では――。
「あんたと初めて寝たのは、余裕がなくて駆け込んだラブホテルだった。今夜も、まったく同じだ」
「手っ取り早くことを済ませたがっているようで、こういう場所を使うのはどうかと思うんだが……、我慢できなかった」
率直な三田村の言葉に、シャワーの熱気以外のもので和彦は体を熱くする。三田村の体にてのひらを這わせ、自分から身をすり寄せて、背の虎も撫でてやる。
「場所なんてどこでもいいんだ。あんたを欲しいと思って、こうして感じられるなら。それに、こういう切羽詰った感じは、けっこう好きだ」
「……先生は、性質が悪い」
水音に紛れ込ませるように三田村が洩らし、背に優しくシャワーの湯をかけてくれる。
車の中で貪るような口づけを交わし、その余韻が冷めないうちに、一番近くにあるラブホテルに車を走らせた。どんなに切羽詰って余裕がなかろうが、和彦のマンションで体を重ねるという選択肢だけは、二人の中にはなかったのだ。
部屋に入ると、身につけているものを互いに脱がせ、もつれるようにバスルームに向かい、そして体を洗い合う。
限界にまで高まった情欲を、すぐにぶつけて消耗してしまうのがもったいなかった。反面、すぐにでも三田村が欲しくてたまらない。
全身の泡を洗い落としながら、三田村と何度となく唇を触れ合わせ、舌先を擦りつけ合う。同時に和彦は、刺青の虎を撫でることに夢中になっていた。普段は優しい虎だが、撫でれば撫でるほど、甘えてくれるどころか猛ってくるのだ。
「湯に、浸かりたい……」
和彦が訴えると、すぐに三田村は体を離し、バスタブに湯を溜め始める。こちらに向けられた三田村の背は濡れており、誘われるように背後に歩み寄った和彦は、指先を這わせる。濡れた虎の刺青は生気が漲っているようで、強烈に和彦を惹きつけるのだ。
湯の温度を確認していた三田村が、肩越しに振り返る。手首を掴まれ、まだわずかしか湯の溜まっていないバスタブに一緒に入り、抱き寄せられる。
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