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第19話
(20)
しおりを挟む何かと気忙しい日常生活を送っている和彦だが、それでも、一人になれば寛げる程度には、精神的なゆとりは持っている。
順応性が高いとか、柔軟な神経をしているとか、表現の仕方はいろいろあるだろう。どれも自分に当てはまっていると、和彦は自覚している。とにかく何が起ころうが、貪欲に受け止めてきたはずなのだ。
書斎にこもり、何をするでもなくデスクについた和彦は、深々とため息を洩らし、数瞬の逡巡のあと、小物を入れてあるボックスからメッセージカードを取り出す。一昨日、澤村から渡された誕生日プレゼントの財布に入っていたものだ。
もう何度となく眺めているのだが、それでもこうして手に取り、流麗な字を指先で撫でる。そうしながら実は、この字を書いた人物の記憶を丹念に辿っていた。
懐かしさや切なさが心の奥から溢れてくるが、同時に、どうしようもない罪悪感めいた苦しさも湧き起こっている。感情の奔流に身を置くことで和彦は、自分がどうしたいのか――どうするべきなのか、必死に考えようとしていた。
澤村と会うことで厄介な問題を片付けたはずが、新たに別の問題を背負っただけなのだ。しかも今度は、迂闊に人には相談できない。
このメッセージカードを書いた人物は、和彦にとって特別で、大切な存在だ。だからこそ、きれいな思い出のまま胸の奥に残っている。会いたくないわけではないが、会いたいというわけではない。
ヤクザのオンナとなっている現状を知られたくなかった。一方で、そう思ってしまう自分を、ひどく許せなくもある。
今の和彦を、複数の男たちが大事にしてくれており、そんな男たちの気持ちを踏みにじっているように感じるのだ。
どれだけため息をつこうが、胸を塞ぐ重苦しさは少しも楽にはならない。
和彦はデスクの引き出しを開け、そこに入っている化粧ケースを眺める。この歳になって誕生日を祝ってもらうものではないと、実は密かに思っていた。
実家からの、なんらかの意図が見え隠れするプレゼントだけでも持て余しているというのに、総和会会長からもプレゼントを贈られたとなると、扱いに困る。本当は返したいのだが、守光の顔に泥を塗るまねもできず、結局、守光の側近にお礼の言葉を託けた。間に人を入れることで、守光との接触を避け、賢吾に対応を相談する手間も省いたのだ。つまり、和彦の独断だ。
化粧ケースを開き、ブレスレットをてのひらにのせる。ブレスレットのひんやりとした感触と重みは、守光との関係を暗示しているようで、怖い。
男たちから何かを贈られるたびに、和彦は確実に束縛され、いままでの自分とは違う何かに変化していくと感じるのだ。愉悦すら覚えながら。
ブルッと大きく体を震わせた和彦は、慌ててブレスレットを仕舞うと、代わりに、デスクの上にきちんと置いた腕時計を両てのひらで包み込む。
三田村がクリスマスにプレゼントしてくれた腕時計を、和彦は愛用している。いつでも慈しみ、支えてくれる誠実な男の想いを、常に肌で感じていたいからだ。本当は、贈ってくれた本人が側にいてくれるのが一番なのだが、若頭補佐という肩書きを持つ三田村にそれを求めるのは酷だろう。
急に気持ちが高ぶり、和彦は唇を引き結ぶ。もう半月以上、三田村に会っていなかった。
最後に会ったとき、バレンタインと和彦の誕生日が話題となり、ずいぶん会話が弾んだのだ。
その後、自分の身に起こった出来事を思い返し、たまらず和彦は書斎を出る。ダイニングで子機を取り上げると、すぐに三田村にかける。
夜八時を過ぎたとはいえ、仕事から解放されていないようだ。三田村の携帯電話は留守電に切り替わり、和彦は失望が声に出ないよう気をつけながら、一応用件を吹き込んでおいた。
「……別に、用はなかったんだ。ただ、声が聞きたくなった。最近、ぼくもバタバタしていて、なかなか電話もできないから……。本当に、それだけなんだ。それじゃあ、もう切るから」
電話を切った和彦は、もう書斎に戻る気にもなれず、だからといってリビングで寛げる心境でもない。この落ち着かなさはなんだろうかと思いながら、静かなダイニングを見回す、そしてすぐに、納得のいく答えを見つけた。
たまらなく人恋しいのだ。もちろん誰でもいいから側にいてほしいわけではなく、今顔が見たいのは、たった一人の男だけだ。
わがままを言えば、無理をしてでも駆けつけてくれるだろうが、優しく誠実な男を困らせるのは、和彦の本意ではない。
だったらせめて気分転換ぐらいしようと、手早く着替えを済ませる。着込んだダウンジャケットのポケットに小銭だけを入れ、部屋の鍵を手に和彦は部屋を出た。
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