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第19話
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欲望を扱く秦の手の動きが速くなり、比例するように和彦と中嶋の息遣いも乱れてくる。横になっている分、体勢が楽な和彦は思う様、中嶋の体に触れることができた。揺れる腰を撫で上げて、胸の突起を弄ってやると、中嶋が苦痛とも愉悦とも取れる表情になる。
「先生は意外に、〈雄〉らしい面も持っているんですね」
二人の男を同時に感じさせているとは思えないほど、相変わらず悠然としている秦の指摘に、和彦は艶然と微笑む。
「誰の影響かわからないけど、中嶋くんなら、抱いてみたいと思っている」
「……それは、光栄ですね。俺も、先生を抱いてみたいし、抱かれてみたいですよ」
中嶋の言葉に何を感じたのか、秦は和彦のものへの愛撫を止め、一方で、中嶋のものにより性急な愛撫を加える。
秦が、中嶋の放った精をしっかりとてのひらで受け止め、和彦は、しなだれかかってきた中嶋の体を受け止めてやった。
荒い息をつきながら中嶋が、和彦の欲望に触れてくる。和彦は秦の口づけを受けながら、中嶋の緩やかな愛撫を今度こそ最後まで味わった。
部屋に戻った和彦は、何より先に、帰宅を知らせるメールを賢吾に送る。それからゆっくりと湯に浸かり、やっと人心地がついた。慌しい一日が終わったのだ。
熱いお茶の入ったカップを片手に、リビングのソファに腰掛けた和彦は、改めてほっと息を吐き出す。大きなトラブルもなく澤村と会えたことが、いまさらながら嬉しかった。それに、不自然な形ではあっても、この先も友情を保てそうなことに安堵もしている。
身構えていたほど、悪い一日ではなかった。むしろ、いい一日だった――。
そう思いかけたとき、和彦の脳裏を過ったのは、秦の部屋での出来事だった。
現金なものだが、秦と中嶋の前では、あさましく明け透けな欲望を晒すことに罪悪感も背徳感もあまり感じない。常に男たちの情愛に搦め捕られている和彦にとって、あの二人は安心できる相手と言えた。秦と中嶋は互いを求め合っており、和彦に執着する必要がないからだ。
ずいぶん自惚れの強い考えだなと、和彦はひっそりと苦笑を洩らす。口づけを交わし、肌を擦りつけ合った相手が、自分に執着してくるとは限らないのだ。
そもそも和彦は千尋と知り合うまで、体を重ねる相手とは、割り切ったつき合いしかしてこなかった。一緒にいる間だけ、適度に刺激的で甘い恋人気分を味わい、束縛はせず、深く関わることを避ける。そうやって上手くやってきた。
ここで、ふと昔の記憶が蘇り、和彦は慌ててソファに座り直す。長嶺組の男たちと知り合う以前に、自分が唯一深く関わった相手のことを思い出したのだ。
今となっては、ほろ苦さと甘さが同居する、ただの記憶でしかない。
そう頭では割り切っているものの、なんとなく落ち着かない気分となる。和彦はお茶を一口飲んでから、気を紛らわせるように紙袋を取り上げた。誕生日プレゼントとして贈られたのだから、実家に対する複雑な想いはともかく開けないわけにはいかない。
メッセージカードも添えられていない箱に納まっていたのは、ブランド物の長財布だった。家族の誰が選んだのか知らないが、和彦の好みからすると少し渋いように思える。ただ、物自体はよく、革のしっとりとした感触が手に馴染む。
選んだ人間の気遣いが感じられ、すぐには箱に仕舞う気になれない和彦は、財布を撫で、中を開く。すると、カードポケットにメッセージカードが入っていた。
わざわざこんなところに、と思いながらカードを取り出す。感嘆するほど流麗な字が記されていた。
この瞬間和彦は、甘さと切なさを伴った胸の痛みに襲われる。
もう十年以上経っているというのに、はっきりとこの字を覚えていた。この字を書いた相手の顔は、それ以上に鮮明に。
「どうして――……」
激しく動揺しながらも、カードに書かれた短いメッセージを読む。金曜日の昼に、ある場所で二人きりで会いたいと書かれていた。
カードに、メッセージを書いた人間の名は記されていない。字を見ただけで、和彦にはわかると確信しているように。
和彦は、誰よりも自分のことを理解してくれている男の名を、久しぶりにそっと呟いてみた。
「先生は意外に、〈雄〉らしい面も持っているんですね」
二人の男を同時に感じさせているとは思えないほど、相変わらず悠然としている秦の指摘に、和彦は艶然と微笑む。
「誰の影響かわからないけど、中嶋くんなら、抱いてみたいと思っている」
「……それは、光栄ですね。俺も、先生を抱いてみたいし、抱かれてみたいですよ」
中嶋の言葉に何を感じたのか、秦は和彦のものへの愛撫を止め、一方で、中嶋のものにより性急な愛撫を加える。
秦が、中嶋の放った精をしっかりとてのひらで受け止め、和彦は、しなだれかかってきた中嶋の体を受け止めてやった。
荒い息をつきながら中嶋が、和彦の欲望に触れてくる。和彦は秦の口づけを受けながら、中嶋の緩やかな愛撫を今度こそ最後まで味わった。
部屋に戻った和彦は、何より先に、帰宅を知らせるメールを賢吾に送る。それからゆっくりと湯に浸かり、やっと人心地がついた。慌しい一日が終わったのだ。
熱いお茶の入ったカップを片手に、リビングのソファに腰掛けた和彦は、改めてほっと息を吐き出す。大きなトラブルもなく澤村と会えたことが、いまさらながら嬉しかった。それに、不自然な形ではあっても、この先も友情を保てそうなことに安堵もしている。
身構えていたほど、悪い一日ではなかった。むしろ、いい一日だった――。
そう思いかけたとき、和彦の脳裏を過ったのは、秦の部屋での出来事だった。
現金なものだが、秦と中嶋の前では、あさましく明け透けな欲望を晒すことに罪悪感も背徳感もあまり感じない。常に男たちの情愛に搦め捕られている和彦にとって、あの二人は安心できる相手と言えた。秦と中嶋は互いを求め合っており、和彦に執着する必要がないからだ。
ずいぶん自惚れの強い考えだなと、和彦はひっそりと苦笑を洩らす。口づけを交わし、肌を擦りつけ合った相手が、自分に執着してくるとは限らないのだ。
そもそも和彦は千尋と知り合うまで、体を重ねる相手とは、割り切ったつき合いしかしてこなかった。一緒にいる間だけ、適度に刺激的で甘い恋人気分を味わい、束縛はせず、深く関わることを避ける。そうやって上手くやってきた。
ここで、ふと昔の記憶が蘇り、和彦は慌ててソファに座り直す。長嶺組の男たちと知り合う以前に、自分が唯一深く関わった相手のことを思い出したのだ。
今となっては、ほろ苦さと甘さが同居する、ただの記憶でしかない。
そう頭では割り切っているものの、なんとなく落ち着かない気分となる。和彦はお茶を一口飲んでから、気を紛らわせるように紙袋を取り上げた。誕生日プレゼントとして贈られたのだから、実家に対する複雑な想いはともかく開けないわけにはいかない。
メッセージカードも添えられていない箱に納まっていたのは、ブランド物の長財布だった。家族の誰が選んだのか知らないが、和彦の好みからすると少し渋いように思える。ただ、物自体はよく、革のしっとりとした感触が手に馴染む。
選んだ人間の気遣いが感じられ、すぐには箱に仕舞う気になれない和彦は、財布を撫で、中を開く。すると、カードポケットにメッセージカードが入っていた。
わざわざこんなところに、と思いながらカードを取り出す。感嘆するほど流麗な字が記されていた。
この瞬間和彦は、甘さと切なさを伴った胸の痛みに襲われる。
もう十年以上経っているというのに、はっきりとこの字を覚えていた。この字を書いた相手の顔は、それ以上に鮮明に。
「どうして――……」
激しく動揺しながらも、カードに書かれた短いメッセージを読む。金曜日の昼に、ある場所で二人きりで会いたいと書かれていた。
カードに、メッセージを書いた人間の名は記されていない。字を見ただけで、和彦にはわかると確信しているように。
和彦は、誰よりも自分のことを理解してくれている男の名を、久しぶりにそっと呟いてみた。
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