血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
406 / 1,267
第19話

(19)

しおりを挟む
 欲望を扱く秦の手の動きが速くなり、比例するように和彦と中嶋の息遣いも乱れてくる。横になっている分、体勢が楽な和彦は思う様、中嶋の体に触れることができた。揺れる腰を撫で上げて、胸の突起を弄ってやると、中嶋が苦痛とも愉悦とも取れる表情になる。
「先生は意外に、〈雄〉らしい面も持っているんですね」
 二人の男を同時に感じさせているとは思えないほど、相変わらず悠然としている秦の指摘に、和彦は艶然と微笑む。
「誰の影響かわからないけど、中嶋くんなら、抱いてみたいと思っている」
「……それは、光栄ですね。俺も、先生を抱いてみたいし、抱かれてみたいですよ」
 中嶋の言葉に何を感じたのか、秦は和彦のものへの愛撫を止め、一方で、中嶋のものにより性急な愛撫を加える。
 秦が、中嶋の放った精をしっかりとてのひらで受け止め、和彦は、しなだれかかってきた中嶋の体を受け止めてやった。
 荒い息をつきながら中嶋が、和彦の欲望に触れてくる。和彦は秦の口づけを受けながら、中嶋の緩やかな愛撫を今度こそ最後まで味わった。


 部屋に戻った和彦は、何より先に、帰宅を知らせるメールを賢吾に送る。それからゆっくりと湯に浸かり、やっと人心地がついた。慌しい一日が終わったのだ。
 熱いお茶の入ったカップを片手に、リビングのソファに腰掛けた和彦は、改めてほっと息を吐き出す。大きなトラブルもなく澤村と会えたことが、いまさらながら嬉しかった。それに、不自然な形ではあっても、この先も友情を保てそうなことに安堵もしている。
 身構えていたほど、悪い一日ではなかった。むしろ、いい一日だった――。
 そう思いかけたとき、和彦の脳裏を過ったのは、秦の部屋での出来事だった。
 現金なものだが、秦と中嶋の前では、あさましく明け透けな欲望を晒すことに罪悪感も背徳感もあまり感じない。常に男たちの情愛に搦め捕られている和彦にとって、あの二人は安心できる相手と言えた。秦と中嶋は互いを求め合っており、和彦に執着する必要がないからだ。
 ずいぶん自惚れの強い考えだなと、和彦はひっそりと苦笑を洩らす。口づけを交わし、肌を擦りつけ合った相手が、自分に執着してくるとは限らないのだ。
 そもそも和彦は千尋と知り合うまで、体を重ねる相手とは、割り切ったつき合いしかしてこなかった。一緒にいる間だけ、適度に刺激的で甘い恋人気分を味わい、束縛はせず、深く関わることを避ける。そうやって上手くやってきた。
 ここで、ふと昔の記憶が蘇り、和彦は慌ててソファに座り直す。長嶺組の男たちと知り合う以前に、自分が唯一深く関わった相手のことを思い出したのだ。
 今となっては、ほろ苦さと甘さが同居する、ただの記憶でしかない。
 そう頭では割り切っているものの、なんとなく落ち着かない気分となる。和彦はお茶を一口飲んでから、気を紛らわせるように紙袋を取り上げた。誕生日プレゼントとして贈られたのだから、実家に対する複雑な想いはともかく開けないわけにはいかない。
 メッセージカードも添えられていない箱に納まっていたのは、ブランド物の長財布だった。家族の誰が選んだのか知らないが、和彦の好みからすると少し渋いように思える。ただ、物自体はよく、革のしっとりとした感触が手に馴染む。
 選んだ人間の気遣いが感じられ、すぐには箱に仕舞う気になれない和彦は、財布を撫で、中を開く。すると、カードポケットにメッセージカードが入っていた。
 わざわざこんなところに、と思いながらカードを取り出す。感嘆するほど流麗な字が記されていた。
 この瞬間和彦は、甘さと切なさを伴った胸の痛みに襲われる。
 もう十年以上経っているというのに、はっきりとこの字を覚えていた。この字を書いた相手の顔は、それ以上に鮮明に。
「どうして――……」
 激しく動揺しながらも、カードに書かれた短いメッセージを読む。金曜日の昼に、ある場所で二人きりで会いたいと書かれていた。
 カードに、メッセージを書いた人間の名は記されていない。字を見ただけで、和彦にはわかると確信しているように。
 和彦は、誰よりも自分のことを理解してくれている男の名を、久しぶりにそっと呟いてみた。

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...