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第19話
(17)
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「……君こそ、上手く操縦しているじゃないか」
「いえいえ、先生には敵いません」
どうやって反撃してやろうかと考えていると、思いがけない追撃を中嶋から受けてしまった。
意味ありげな笑みを浮かべた中嶋が、肩先が触れるほど近くに座り直したかと思うと、声を潜めてこう言ったのだ。
「正直俺、先生が今日、友人に会うと聞いたとき、信じていませんでした」
「どういう意味だ?」
「実は、先生の元恋人なんじゃないかと、ちょっと疑っていました」
「そんなわけあるかっ」
ムキになって言い返すと、中嶋は大きく頷く。
「ええ、二人が話している姿を見て、それはわかりました」
「ぼくはなんと言われても仕方ないが、澤村に悪い。あいつは、生粋の女好きだ」
「俺も一応、秦さんに出会うまでは、そうだったんですけどね。というか、秦さんしか――いえ、今は先生を含めて、男は二人しか興味ありませんし、興奮しません」
和彦はわずかに眉をひそめると、中嶋の頬にてのひらを押し当てる。
「……ぼくの知らないところで、アルコールを飲んだのか? 酔っているんじゃ……」
そう言いながら、さりげなく中嶋と距離を取ろうとしたが、そんな和彦の行動は読まれていたようだ。肩に中嶋の手がかかったかと思うと、次の瞬間には、ラグの上にもつれ合うように倒れ込んでいた。
「おい――」
「よかった。今日会っていた人が、先生の元恋人じゃなくて。……秦さんと二人で、ちょっと妬けると話していたんですよ」
覆い被さってきた中嶋の顔を見上げて、和彦はそっと息を吐く。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋が、今は〈女〉を感じさせている。自分のことを棚に上げる気はない和彦だが、こう思わずにはいられない。
中嶋は、奇妙な生き物であると。
秦に〈慣らされる〉とは、こういう生き物になることなのだろうかと、ワイシャツのボタンを外されながら和彦は、じっと中嶋を見つめ続ける。
戯れのように唇が軽く重ねられる。そっと目を見開いた和彦だが、胸の奥で種火のように点っていた欲情が、容易には消せない程度に強くなっていることに気づく。
「……大胆だな。キッチンに秦がいるんだろ」
和彦はキッチンのほうに視線を向けるが、この位置から見ることはできない。
「あの人が、これぐらいで動揺すると思いますか? むしろ、嬉々として加わってきますよ」
「それはそれで……困る」
「俺は困りません」
今度はしっかりと中嶋の唇が重なってきて、和彦は喉の奥から小さく声を洩らす。ただ、中嶋を押し退ける気にはなれなかった。この状況で中嶋が、和彦が本気で嫌がることをしないとわかっているからだ。
こうしてキスされて、嫌がっていないのは問題があるとも思うのだが――。
酔ってふざけ合っている感覚で、さほど抵抗なく和彦は中嶋と舌先を触れ合わせる。間近で目が合うと、熱を帯びた中嶋の眼差しに感化されるように、緩やかに舌を絡めていた。
スラックスからワイシャツを引き出され、とうとうすべてのボタンを外される。さすがに止めどきを失いそうで、和彦がわずかな危機感を持った瞬間、声をかけられた。
「――静かだと思ったら、中嶋に襲われていましたか」
いつの間にか傍らに立った秦が、楽しげに顔を綻ばせている。和彦の肩に顔を埋め、中嶋も笑っているようだ。
「そうだ。襲われている最中だから、助けてくれ」
「そのわりには、楽しそうですね。わたしも仲間に入れてほしくなりますよ」
冗談じゃないと即答して、和彦は慌てて中嶋の下から抜け出したが、すかさず背後から抱きつかれ、半ば荷物のように引きずられたかと思うと、ベッドの上に放り出された。
「おいっ――」
背にのしかかってきた中嶋の唇が耳に押し当てられ、和彦は反射的に首をすくめる。中嶋は、本気ではない。和彦を相手にじゃれついているつもりなのだろうが、日ごろ、犬っころのような千尋とつき合っている和彦だからこそわかることがある。じゃれているつもりでも、簡単に本気になってしまうということを。
中嶋の手が胸元に這わされ、和彦は息を詰める。顔を横に向けると、ベッドの端に悠然と腰掛けた秦と目が合った。止めるつもりはないらしい。それどころか、ヌケヌケとこんなことを言った。
「先生は、中嶋と仲がいい。わたしとも、それなりに親密な仲と言える。ただ、わたしたち三人の関係は……となると、まだまだ深める必要があると思うんです。なんといっても先生は、中嶋にとっての教育係でもあるわけですし」
「何、言ってるんだっ……」
「俺の保護者として、先生にもつき合ってもらうということです。――いいことも、悪いことも」
「いえいえ、先生には敵いません」
どうやって反撃してやろうかと考えていると、思いがけない追撃を中嶋から受けてしまった。
意味ありげな笑みを浮かべた中嶋が、肩先が触れるほど近くに座り直したかと思うと、声を潜めてこう言ったのだ。
「正直俺、先生が今日、友人に会うと聞いたとき、信じていませんでした」
「どういう意味だ?」
「実は、先生の元恋人なんじゃないかと、ちょっと疑っていました」
「そんなわけあるかっ」
ムキになって言い返すと、中嶋は大きく頷く。
「ええ、二人が話している姿を見て、それはわかりました」
「ぼくはなんと言われても仕方ないが、澤村に悪い。あいつは、生粋の女好きだ」
「俺も一応、秦さんに出会うまでは、そうだったんですけどね。というか、秦さんしか――いえ、今は先生を含めて、男は二人しか興味ありませんし、興奮しません」
和彦はわずかに眉をひそめると、中嶋の頬にてのひらを押し当てる。
「……ぼくの知らないところで、アルコールを飲んだのか? 酔っているんじゃ……」
そう言いながら、さりげなく中嶋と距離を取ろうとしたが、そんな和彦の行動は読まれていたようだ。肩に中嶋の手がかかったかと思うと、次の瞬間には、ラグの上にもつれ合うように倒れ込んでいた。
「おい――」
「よかった。今日会っていた人が、先生の元恋人じゃなくて。……秦さんと二人で、ちょっと妬けると話していたんですよ」
覆い被さってきた中嶋の顔を見上げて、和彦はそっと息を吐く。見た目はハンサムな普通の青年である中嶋が、今は〈女〉を感じさせている。自分のことを棚に上げる気はない和彦だが、こう思わずにはいられない。
中嶋は、奇妙な生き物であると。
秦に〈慣らされる〉とは、こういう生き物になることなのだろうかと、ワイシャツのボタンを外されながら和彦は、じっと中嶋を見つめ続ける。
戯れのように唇が軽く重ねられる。そっと目を見開いた和彦だが、胸の奥で種火のように点っていた欲情が、容易には消せない程度に強くなっていることに気づく。
「……大胆だな。キッチンに秦がいるんだろ」
和彦はキッチンのほうに視線を向けるが、この位置から見ることはできない。
「あの人が、これぐらいで動揺すると思いますか? むしろ、嬉々として加わってきますよ」
「それはそれで……困る」
「俺は困りません」
今度はしっかりと中嶋の唇が重なってきて、和彦は喉の奥から小さく声を洩らす。ただ、中嶋を押し退ける気にはなれなかった。この状況で中嶋が、和彦が本気で嫌がることをしないとわかっているからだ。
こうしてキスされて、嫌がっていないのは問題があるとも思うのだが――。
酔ってふざけ合っている感覚で、さほど抵抗なく和彦は中嶋と舌先を触れ合わせる。間近で目が合うと、熱を帯びた中嶋の眼差しに感化されるように、緩やかに舌を絡めていた。
スラックスからワイシャツを引き出され、とうとうすべてのボタンを外される。さすがに止めどきを失いそうで、和彦がわずかな危機感を持った瞬間、声をかけられた。
「――静かだと思ったら、中嶋に襲われていましたか」
いつの間にか傍らに立った秦が、楽しげに顔を綻ばせている。和彦の肩に顔を埋め、中嶋も笑っているようだ。
「そうだ。襲われている最中だから、助けてくれ」
「そのわりには、楽しそうですね。わたしも仲間に入れてほしくなりますよ」
冗談じゃないと即答して、和彦は慌てて中嶋の下から抜け出したが、すかさず背後から抱きつかれ、半ば荷物のように引きずられたかと思うと、ベッドの上に放り出された。
「おいっ――」
背にのしかかってきた中嶋の唇が耳に押し当てられ、和彦は反射的に首をすくめる。中嶋は、本気ではない。和彦を相手にじゃれついているつもりなのだろうが、日ごろ、犬っころのような千尋とつき合っている和彦だからこそわかることがある。じゃれているつもりでも、簡単に本気になってしまうということを。
中嶋の手が胸元に這わされ、和彦は息を詰める。顔を横に向けると、ベッドの端に悠然と腰掛けた秦と目が合った。止めるつもりはないらしい。それどころか、ヌケヌケとこんなことを言った。
「先生は、中嶋と仲がいい。わたしとも、それなりに親密な仲と言える。ただ、わたしたち三人の関係は……となると、まだまだ深める必要があると思うんです。なんといっても先生は、中嶋にとっての教育係でもあるわけですし」
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