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第19話
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「――先生は不思議ですね。組の人間に囲まれていても、違和感がないんですよ。明らかに組の人間じゃないとわかるのに、空気が馴染んでいる。だけど、堅気のご友人と向き合っている先生を見ると、どことなく違和感があるんです。どこから見ても堅気の先生が、堅気の空気に馴染まないというか……」
ここでムキになって反論するほど、和彦は往生際は悪くない。己を知っている、と胸を張るのもどうかと思うが、少なくとも、現状認識はできていた。
「ぼくは、ヤクザの組長とその跡継ぎのオンナで、組の後ろ盾でクリニックを構えて、もう何人もの組員の治療をしている。本物のヤクザには及ばないが、犯罪に手を染めているんだ。書類の偽造に、いろいろな報告義務も怠っている。そういうものの上に、ぼくの今の生活が成り立っているんだから、堅気とは違う空気になるのも当然だ」
「そして、性質の悪い男ばかりを惹きつける?」
からかうように言われ、和彦は秦を睨みつける。当然だが、秦は悪びれた様子はない。艶やかな笑みを口元に湛え、和彦の目を覗き込むように、軽く首を傾けた。
「不合理すらも呑み込んでいく先生の貪欲さは、どこからくるのか、気になりますよね。生まれか、育ちか――」
「両方だろうな、きっと」
互いに探り合うように、秦と視線を交わす。そこに、中嶋の声が割って入った。
「会話が弾んでいるところすみませんが、料理を運んでもらっていいですか」
即座に反応した秦が立ち上がり、和彦もイスを引こうとしたが、それを手で制された。
「先生はお客様なので、座っていてください」
腰を浮かしかけた和彦だが、男三人がキッチンにいても邪魔になるだけだと思い直し、イスに座り直す。
テーブルには、大皿に盛られたチーズたっぷりのパスタとベーコンサラダ、それにコーンスープが並ぶ。どれも、とにかく量が多い。
「あまり待たせるのも悪いと思って手早く作ったものですが、量だけはたくさんあるので、遠慮せず食べてください」
「……先日も思ったが、本当に料理が上手いんだな」
「まかない料理というやつです。見た目はちょっとアレだけど、それなりに食える料理を作りますよ」
話しながら中嶋が、ライ麦パンがのった皿をテーブルに置く。短い時間でこれだけの夕食を準備したことに、和彦は賞賛の言葉を惜しまない。中嶋は、照れたような表情を一瞬浮かべたあと、ちらりと秦に視線を向けた。
「少しは、先生を見習ってくれると嬉しいですね」
中嶋の露骨な当て擦りを受け、秦はなぜか、和彦に対して言い訳をする。
「こいつの作ったものが美味いのはわかっているので、いまさらわかりきったことを言う必要はないと思ったんです。別に不満があるとかじゃありませんよ」
和彦は軽く息を吐くと、中嶋を見上げる。
「食事前に、あまりイジメるなよ。ふてぶてしいこの男が、珍しく本気でうろたえているぞ」
ニヤリと笑った中嶋が和彦の隣に座り、三人はそれぞれグラスを取り、互いに飲み物を注ぎ合う。
様になる動作で秦がグラスを掲げた。
「少し早いですが、先生の誕生日に乾杯、ということでいいですか?」
「えっ……」
「気持ちですよ。先生に誕生日プレゼントを渡したところで、困らせるだけでしょうから、せめて、お祝いの言葉だけでも」
そういうことならと、和彦もグラスを掲げ、二人とグラスを軽く触れ合わせて乾杯する。
感じる気恥ずかしさや照れ臭さを誤魔化すように、和彦はやや慌ててグラスに口をつけた。
テーブルから場所を移し、ラグの上で伸び伸びと脚を伸ばした和彦は、少しぼんやりとしていた。
夕方まで仕事をして、澤村と会い、気心が知れているともいえる人間に囲まれて夕食をとり、そこまで、一日分のエネルギーを使い果たしたようだ。心地よい疲労感とも眠気ともいえる感覚が、ひたひたと押し寄せている。
「――デザートも買ってくるべきでしたね。先生の誕生日の前祝いっていうなら、せめてケーキぐらい」
テーブルの上を片付けた中嶋がそう声をかけてきて、和彦の傍らに座る。和彦は淡く笑んで首を横に振った。
「あれだけの夕食を出してもらっただけで十分だ。……今日のボディーガードのお礼に、食事を奢ろうと思っていたのに、かえってこちらがいい思いをさせてもらった」
「先生は本当に、褒めるのが上手いですね。それが、性質の悪い男たちを操縦するコツですか」
和彦は横目で中嶋を一瞥する。
「君は本当に、言うことに遠慮がなくなった」
「先生だからこそですよ。甘えているんですよ、これでも」
甘える相手が違うだろう、と思ったところで、和彦はあることに気づいた。
「秦は?」
「食器を洗っています。俺がメシを作ったときは、片付けは秦さんの仕事なんです」
ここでムキになって反論するほど、和彦は往生際は悪くない。己を知っている、と胸を張るのもどうかと思うが、少なくとも、現状認識はできていた。
「ぼくは、ヤクザの組長とその跡継ぎのオンナで、組の後ろ盾でクリニックを構えて、もう何人もの組員の治療をしている。本物のヤクザには及ばないが、犯罪に手を染めているんだ。書類の偽造に、いろいろな報告義務も怠っている。そういうものの上に、ぼくの今の生活が成り立っているんだから、堅気とは違う空気になるのも当然だ」
「そして、性質の悪い男ばかりを惹きつける?」
からかうように言われ、和彦は秦を睨みつける。当然だが、秦は悪びれた様子はない。艶やかな笑みを口元に湛え、和彦の目を覗き込むように、軽く首を傾けた。
「不合理すらも呑み込んでいく先生の貪欲さは、どこからくるのか、気になりますよね。生まれか、育ちか――」
「両方だろうな、きっと」
互いに探り合うように、秦と視線を交わす。そこに、中嶋の声が割って入った。
「会話が弾んでいるところすみませんが、料理を運んでもらっていいですか」
即座に反応した秦が立ち上がり、和彦もイスを引こうとしたが、それを手で制された。
「先生はお客様なので、座っていてください」
腰を浮かしかけた和彦だが、男三人がキッチンにいても邪魔になるだけだと思い直し、イスに座り直す。
テーブルには、大皿に盛られたチーズたっぷりのパスタとベーコンサラダ、それにコーンスープが並ぶ。どれも、とにかく量が多い。
「あまり待たせるのも悪いと思って手早く作ったものですが、量だけはたくさんあるので、遠慮せず食べてください」
「……先日も思ったが、本当に料理が上手いんだな」
「まかない料理というやつです。見た目はちょっとアレだけど、それなりに食える料理を作りますよ」
話しながら中嶋が、ライ麦パンがのった皿をテーブルに置く。短い時間でこれだけの夕食を準備したことに、和彦は賞賛の言葉を惜しまない。中嶋は、照れたような表情を一瞬浮かべたあと、ちらりと秦に視線を向けた。
「少しは、先生を見習ってくれると嬉しいですね」
中嶋の露骨な当て擦りを受け、秦はなぜか、和彦に対して言い訳をする。
「こいつの作ったものが美味いのはわかっているので、いまさらわかりきったことを言う必要はないと思ったんです。別に不満があるとかじゃありませんよ」
和彦は軽く息を吐くと、中嶋を見上げる。
「食事前に、あまりイジメるなよ。ふてぶてしいこの男が、珍しく本気でうろたえているぞ」
ニヤリと笑った中嶋が和彦の隣に座り、三人はそれぞれグラスを取り、互いに飲み物を注ぎ合う。
様になる動作で秦がグラスを掲げた。
「少し早いですが、先生の誕生日に乾杯、ということでいいですか?」
「えっ……」
「気持ちですよ。先生に誕生日プレゼントを渡したところで、困らせるだけでしょうから、せめて、お祝いの言葉だけでも」
そういうことならと、和彦もグラスを掲げ、二人とグラスを軽く触れ合わせて乾杯する。
感じる気恥ずかしさや照れ臭さを誤魔化すように、和彦はやや慌ててグラスに口をつけた。
テーブルから場所を移し、ラグの上で伸び伸びと脚を伸ばした和彦は、少しぼんやりとしていた。
夕方まで仕事をして、澤村と会い、気心が知れているともいえる人間に囲まれて夕食をとり、そこまで、一日分のエネルギーを使い果たしたようだ。心地よい疲労感とも眠気ともいえる感覚が、ひたひたと押し寄せている。
「――デザートも買ってくるべきでしたね。先生の誕生日の前祝いっていうなら、せめてケーキぐらい」
テーブルの上を片付けた中嶋がそう声をかけてきて、和彦の傍らに座る。和彦は淡く笑んで首を横に振った。
「あれだけの夕食を出してもらっただけで十分だ。……今日のボディーガードのお礼に、食事を奢ろうと思っていたのに、かえってこちらがいい思いをさせてもらった」
「先生は本当に、褒めるのが上手いですね。それが、性質の悪い男たちを操縦するコツですか」
和彦は横目で中嶋を一瞥する。
「君は本当に、言うことに遠慮がなくなった」
「先生だからこそですよ。甘えているんですよ、これでも」
甘える相手が違うだろう、と思ったところで、和彦はあることに気づいた。
「秦は?」
「食器を洗っています。俺がメシを作ったときは、片付けは秦さんの仕事なんです」
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