血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
403 / 1,268
第19話

(16)

しおりを挟む
「――先生は不思議ですね。組の人間に囲まれていても、違和感がないんですよ。明らかに組の人間じゃないとわかるのに、空気が馴染んでいる。だけど、堅気のご友人と向き合っている先生を見ると、どことなく違和感があるんです。どこから見ても堅気の先生が、堅気の空気に馴染まないというか……」
 ここでムキになって反論するほど、和彦は往生際は悪くない。己を知っている、と胸を張るのもどうかと思うが、少なくとも、現状認識はできていた。
「ぼくは、ヤクザの組長とその跡継ぎのオンナで、組の後ろ盾でクリニックを構えて、もう何人もの組員の治療をしている。本物のヤクザには及ばないが、犯罪に手を染めているんだ。書類の偽造に、いろいろな報告義務も怠っている。そういうものの上に、ぼくの今の生活が成り立っているんだから、堅気とは違う空気になるのも当然だ」
「そして、性質の悪い男ばかりを惹きつける?」
 からかうように言われ、和彦は秦を睨みつける。当然だが、秦は悪びれた様子はない。艶やかな笑みを口元に湛え、和彦の目を覗き込むように、軽く首を傾けた。
「不合理すらも呑み込んでいく先生の貪欲さは、どこからくるのか、気になりますよね。生まれか、育ちか――」
「両方だろうな、きっと」
 互いに探り合うように、秦と視線を交わす。そこに、中嶋の声が割って入った。
「会話が弾んでいるところすみませんが、料理を運んでもらっていいですか」
 即座に反応した秦が立ち上がり、和彦もイスを引こうとしたが、それを手で制された。
「先生はお客様なので、座っていてください」
 腰を浮かしかけた和彦だが、男三人がキッチンにいても邪魔になるだけだと思い直し、イスに座り直す。
 テーブルには、大皿に盛られたチーズたっぷりのパスタとベーコンサラダ、それにコーンスープが並ぶ。どれも、とにかく量が多い。
「あまり待たせるのも悪いと思って手早く作ったものですが、量だけはたくさんあるので、遠慮せず食べてください」
「……先日も思ったが、本当に料理が上手いんだな」
「まかない料理というやつです。見た目はちょっとアレだけど、それなりに食える料理を作りますよ」
 話しながら中嶋が、ライ麦パンがのった皿をテーブルに置く。短い時間でこれだけの夕食を準備したことに、和彦は賞賛の言葉を惜しまない。中嶋は、照れたような表情を一瞬浮かべたあと、ちらりと秦に視線を向けた。
「少しは、先生を見習ってくれると嬉しいですね」
 中嶋の露骨な当て擦りを受け、秦はなぜか、和彦に対して言い訳をする。
「こいつの作ったものが美味いのはわかっているので、いまさらわかりきったことを言う必要はないと思ったんです。別に不満があるとかじゃありませんよ」
 和彦は軽く息を吐くと、中嶋を見上げる。
「食事前に、あまりイジメるなよ。ふてぶてしいこの男が、珍しく本気でうろたえているぞ」
 ニヤリと笑った中嶋が和彦の隣に座り、三人はそれぞれグラスを取り、互いに飲み物を注ぎ合う。
 様になる動作で秦がグラスを掲げた。
「少し早いですが、先生の誕生日に乾杯、ということでいいですか?」
「えっ……」
「気持ちですよ。先生に誕生日プレゼントを渡したところで、困らせるだけでしょうから、せめて、お祝いの言葉だけでも」
 そういうことならと、和彦もグラスを掲げ、二人とグラスを軽く触れ合わせて乾杯する。
 感じる気恥ずかしさや照れ臭さを誤魔化すように、和彦はやや慌ててグラスに口をつけた。


 テーブルから場所を移し、ラグの上で伸び伸びと脚を伸ばした和彦は、少しぼんやりとしていた。
 夕方まで仕事をして、澤村と会い、気心が知れているともいえる人間に囲まれて夕食をとり、そこまで、一日分のエネルギーを使い果たしたようだ。心地よい疲労感とも眠気ともいえる感覚が、ひたひたと押し寄せている。
「――デザートも買ってくるべきでしたね。先生の誕生日の前祝いっていうなら、せめてケーキぐらい」
 テーブルの上を片付けた中嶋がそう声をかけてきて、和彦の傍らに座る。和彦は淡く笑んで首を横に振った。
「あれだけの夕食を出してもらっただけで十分だ。……今日のボディーガードのお礼に、食事を奢ろうと思っていたのに、かえってこちらがいい思いをさせてもらった」
「先生は本当に、褒めるのが上手いですね。それが、性質の悪い男たちを操縦するコツですか」
 和彦は横目で中嶋を一瞥する。
「君は本当に、言うことに遠慮がなくなった」
「先生だからこそですよ。甘えているんですよ、これでも」
 甘える相手が違うだろう、と思ったところで、和彦はあることに気づいた。
「秦は?」
「食器を洗っています。俺がメシを作ったときは、片付けは秦さんの仕事なんです」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

処理中です...