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第19話
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「先生、こっちです」
ようやく中嶋と肩を並べて歩きながら、和彦は手にした手提げ袋に視線を落とす。
「それ、プレゼントですか?」
「そうだ」
「プレゼントだけじゃなく、伝言も受け取ったんじゃ……」
「意外なことに、それはなかった。プレゼントだけを渡されて、あとは、友人からの忠告だ。一度ぐらい、会って話し合ったほうがいいと言われた」
「俺でも、その友人の方の立場なら、同じ忠告を先生にするかもしれません」
中嶋にニヤリと笑いかけられ、乱暴に息を吐いた和彦は乱暴に髪を掻き上げる。
頭ではわかっているのだ。家族と会って、互いの生活に干渉しないとはっきりさせたほうがいいと。ただ、和彦が今身を置いている環境と、佐伯家が迎えつつある環境の変化は、絶対に相容れない。そして、非難される環境にいるのは、和彦だ。
「……家族に会って、自分が今、ヤクザの組長のオンナになっていると話せると思うか?」
「そこまで話す必要はないでしょう。ただ、元気にしている、最低限の連絡は入れる、とでも言えば」
「君は、ぼくの家族を知らないから、そう簡単に言えるんだ」
和彦の声が暗く沈みかけていることを察したのか、駅ビルを出たところで中嶋に提案された。
「――先生、これから一緒にメシ食いませんか?」
「いや、でも……」
今晩は疲れているからと言いかけて、和彦は腹部にてのひらを当てる。食事のことを言われて初めて、空腹を自覚した。気が緩み、体も正直な反応を示したようだ。
それでも返事をためらう和彦に対して、中嶋が決定的な言葉を発した。
「俺が作りますよ。手の込んだものを作る時間はありませんが、それなりに美味いものを作る自信はあります。気楽にメシを食って、飲みましょう。――秦さんのところで」
まるで気安い友人のように中嶋に肩を抱かれ、その勢いに圧されるように和彦は頷き、一拍遅れて笑みをこぼす。
前方では、車の傍らに立った秦がひらひらと手を振っていた。
秦の部屋は、前回和彦が訪れたときより、ずいぶん住居らしくなっていた。
部屋の中央にあった大きなテーブルはそのままだが、きれいに片付けられている。パソコンの類はどこにいったのかと辺りを見回せば、壁際にデスクが置かれ、そこが現在の秦の仕事スペースとなっているようだ。
ずいぶん生活感が増したと、物珍しさもあって和彦がきょろきょろとしている間に、ワイシャツの袖を捲り上げた中嶋がキッチンに向かう。スーパーの袋を抱えた秦があとに続き、手伝おうかと話しかけている。
二人の様子を横目で見ながら和彦は、この部屋に生活感が増した理由がわかった気がした。
人が出入りすれば、何かと必要な物が増え、寛げる場所にするため片付けたり、インテリアにも気をつかう。秦にとってこの部屋は、仕事ができて寝られればいいだけの場所ではなくなったのだ。
「中嶋が、殺風景だと言って、いろいろと持ち込んでくるんですよ」
そんなことを言いながら、秦がトレーを持ってキッチンから戻ってくる。コートとジャケットを脱いだ和彦は、促されるままテーブルにつく。秦はてきぱきと飲み物を準備して、向かいのイスに座った。
「手伝わなくていいのか?」
和彦の問いかけに、秦は軽く肩をすくめた。
「わたしがいても役に立たないので、座っていろと言われました」
「すでにもう、尻に敷かれてるな。やっぱり君らはいい組み合わせだ」
和彦の表現に、秦は楽しげに声を上げて笑った。
「得体の知れない怪しい男と、若くて野心溢れるヤクザを、そんなふうに言えるのは、きっと先生ぐらいでしょうね」
「……君らに振り回されたんだから、そう言える権利ぐらいあるだろ」
「ある意味、わたしたちが先生に振り回されたとも言えますよ。少なくとも、先生が現れなければ、わたしと中嶋の関係が短期間でこうも変化することはなかった」
秦がグラスにワインを注いでくれる。当の秦の飲み物はビールで、他に、ペットボトルのお茶が用意されている。どうやら帰りの車を運転するのは、中嶋のようだ。
キッチンから物音が聞こえ、さほど間を置かず、肉を焼くような香ばしい匂いがしてくる。ますます空腹を強く意識しながら和彦は、秦と他愛ない会話を交わす。
ふと秦の視線が、ソファに向く。そこには、和彦のコートとジャケット以外に、誕生日プレゼントが入った手提げ袋も置いてある。
プレゼントについて何か言われるのかと思ったが、秦の関心は別のところにあるようだ。
「先生のご友人は、どこから見ても堅気の方でしたね」
秦の言葉に、思わず和彦は破顔する。
「どんな人間がやってくると思っていたんだ」
ようやく中嶋と肩を並べて歩きながら、和彦は手にした手提げ袋に視線を落とす。
「それ、プレゼントですか?」
「そうだ」
「プレゼントだけじゃなく、伝言も受け取ったんじゃ……」
「意外なことに、それはなかった。プレゼントだけを渡されて、あとは、友人からの忠告だ。一度ぐらい、会って話し合ったほうがいいと言われた」
「俺でも、その友人の方の立場なら、同じ忠告を先生にするかもしれません」
中嶋にニヤリと笑いかけられ、乱暴に息を吐いた和彦は乱暴に髪を掻き上げる。
頭ではわかっているのだ。家族と会って、互いの生活に干渉しないとはっきりさせたほうがいいと。ただ、和彦が今身を置いている環境と、佐伯家が迎えつつある環境の変化は、絶対に相容れない。そして、非難される環境にいるのは、和彦だ。
「……家族に会って、自分が今、ヤクザの組長のオンナになっていると話せると思うか?」
「そこまで話す必要はないでしょう。ただ、元気にしている、最低限の連絡は入れる、とでも言えば」
「君は、ぼくの家族を知らないから、そう簡単に言えるんだ」
和彦の声が暗く沈みかけていることを察したのか、駅ビルを出たところで中嶋に提案された。
「――先生、これから一緒にメシ食いませんか?」
「いや、でも……」
今晩は疲れているからと言いかけて、和彦は腹部にてのひらを当てる。食事のことを言われて初めて、空腹を自覚した。気が緩み、体も正直な反応を示したようだ。
それでも返事をためらう和彦に対して、中嶋が決定的な言葉を発した。
「俺が作りますよ。手の込んだものを作る時間はありませんが、それなりに美味いものを作る自信はあります。気楽にメシを食って、飲みましょう。――秦さんのところで」
まるで気安い友人のように中嶋に肩を抱かれ、その勢いに圧されるように和彦は頷き、一拍遅れて笑みをこぼす。
前方では、車の傍らに立った秦がひらひらと手を振っていた。
秦の部屋は、前回和彦が訪れたときより、ずいぶん住居らしくなっていた。
部屋の中央にあった大きなテーブルはそのままだが、きれいに片付けられている。パソコンの類はどこにいったのかと辺りを見回せば、壁際にデスクが置かれ、そこが現在の秦の仕事スペースとなっているようだ。
ずいぶん生活感が増したと、物珍しさもあって和彦がきょろきょろとしている間に、ワイシャツの袖を捲り上げた中嶋がキッチンに向かう。スーパーの袋を抱えた秦があとに続き、手伝おうかと話しかけている。
二人の様子を横目で見ながら和彦は、この部屋に生活感が増した理由がわかった気がした。
人が出入りすれば、何かと必要な物が増え、寛げる場所にするため片付けたり、インテリアにも気をつかう。秦にとってこの部屋は、仕事ができて寝られればいいだけの場所ではなくなったのだ。
「中嶋が、殺風景だと言って、いろいろと持ち込んでくるんですよ」
そんなことを言いながら、秦がトレーを持ってキッチンから戻ってくる。コートとジャケットを脱いだ和彦は、促されるままテーブルにつく。秦はてきぱきと飲み物を準備して、向かいのイスに座った。
「手伝わなくていいのか?」
和彦の問いかけに、秦は軽く肩をすくめた。
「わたしがいても役に立たないので、座っていろと言われました」
「すでにもう、尻に敷かれてるな。やっぱり君らはいい組み合わせだ」
和彦の表現に、秦は楽しげに声を上げて笑った。
「得体の知れない怪しい男と、若くて野心溢れるヤクザを、そんなふうに言えるのは、きっと先生ぐらいでしょうね」
「……君らに振り回されたんだから、そう言える権利ぐらいあるだろ」
「ある意味、わたしたちが先生に振り回されたとも言えますよ。少なくとも、先生が現れなければ、わたしと中嶋の関係が短期間でこうも変化することはなかった」
秦がグラスにワインを注いでくれる。当の秦の飲み物はビールで、他に、ペットボトルのお茶が用意されている。どうやら帰りの車を運転するのは、中嶋のようだ。
キッチンから物音が聞こえ、さほど間を置かず、肉を焼くような香ばしい匂いがしてくる。ますます空腹を強く意識しながら和彦は、秦と他愛ない会話を交わす。
ふと秦の視線が、ソファに向く。そこには、和彦のコートとジャケット以外に、誕生日プレゼントが入った手提げ袋も置いてある。
プレゼントについて何か言われるのかと思ったが、秦の関心は別のところにあるようだ。
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秦の言葉に、思わず和彦は破顔する。
「どんな人間がやってくると思っていたんだ」
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