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第19話
(12)
しおりを挟む階段を駆け下りた和彦は、待ち合わせ場所であるコーヒーショップへと急ぐ。予定では余裕をもって到着する予定だったのだが、クリニックを閉めた直後に患者から電話があり、十分ほど話し込んでしまった。
そのせいで、と言う気はないが、タイミング悪く夕方の渋滞に巻き込まれ、結局慌てる事態になっている。
駅周辺の渋滞具合から予測はついていたが、ちょうど帰宅時間帯に差しかかっている駅の地下街は大勢の人が行き交い、早足に歩くのも苦労する。人とぶつからないよう気をつけながら腕時計を見ると、待ち合わせ時間まであと数分と迫っていた。
ほぼぴったりの時間にコーヒーショップの前に到着し、店内に足を踏み入れると、こちらも混雑しており、ほぼ満席だ。
コーヒーを注文する必要のない和彦は、きょろきょろと店内を見回す。すると、目を惹くカップル――ではなく男二人が、小さなテーブルに身を持て余し気味についていた。秦と中嶋だ。
二人ともスーツにコート姿で、雰囲気は派手ではあるものの、どこから見てもビジネスマンだ。和彦の付き添いとして、一応気をつかってくれたようだ。特に、秦は。
その秦が和彦に気づき、艶やかな笑みを浮かべる。中嶋も顔を上げ、こちらは一見爽やかな微笑とともに、軽く手を振ってきた。
「すまない。ちょっと渋滞に巻き込まれて……」
テーブルに歩み寄って和彦が声をかけると、秦と中嶋が同じタイミングで首を横に振る。口を開いたのは中嶋だった。
「さすが先生ですね。時間ぴったりです」
「……こちらが呼び出しておいて待たせるのは、心苦しいんだ」
「気にしなくてかまいませんよ。秦さんと、珍しい時間を持てましたから」
中嶋の言葉を受け、和彦はもう一度周囲を見回す。
「コーヒーショップでデートをするのは初めてなのか?」
まじめな顔をして和彦が問うと、中嶋は楽しげに声を上げて笑い、秦は困ったような表情となる。
「まあ、そんな感じですね。秦さんと外で会うときは、ゆっくり腰を落ち着けて飲みながら、ということが多いので。こういう人の出入りが激しい場所で向き合うのは、なんだか妙な感じです」
「――だ、そうだ」
和彦がちらりと視線を向けると、秦はカップを手に笑いながら立ち上がる。
「だったら今後は、もっと明るいうちから、外で会えるようにしますよ」
どこまで本気かわからない秦の言葉に、軽く肩をすくめて中嶋も立ち上がった。
コーヒーショップを出ると、二人を促して和彦は先を歩く。
今日はこれから澤村と会うことになっているため、和彦の〈お守り〉は、秦と中嶋に担当してもらう。賢吾からはありがたくも、ついでに二人と遊んでこい、と言われている。ただ、自業自得の部分が多大にあるが、和彦はどうしても、賢吾の言葉を素直に受け止められない。
和彦は肩越しにそっと後ろを振り返り、自分と特殊な関係を持っている男二人を見る。
秦と中嶋の職業を知っていても、物騒な空気は微塵も感じない、完璧な堅気の人間ぶりだった。華やかで艶やかな存在感がありすぎて、違う意味で目立つ秦とは違い、中嶋のほうは本当に普通のハンサムな青年だ。こうして日常の一風景に溶け込んでいる姿を見ると、中嶋がヤクザだという事実が、いまさらながら信じられない。
秦と中嶋の三人で出歩くことは初めてではないのだが、いままでの状況とはあまりに違う。
和彦と目が合った中嶋が、前方を指さした。
「先生、前を向いて歩かないと危ないですよ」
慌てて和彦が前を向くと、スッと隣に中嶋が並び、話しかけてきた。
「不思議そうな顔して、俺と秦さんを見てましたね」
「……実際、不思議な感覚だ。夕方から、こうして帰宅ラッシュの中を君たち二人と歩いているなんて」
「楽しいですね。なんだか自分が、普通の勤め人になったみたいで」
「――わたしは、普通の勤め人のつもりなんですが」
会話に割り込んできた秦の言葉に、和彦はついに苦い表情で返す。
「君がそうなら、ぼくだって言い張れるぞ」
「いや、先生はダメでしょう……」
芝居がかった仕種で中嶋が首を横に振り、物言いたげな視線を向けてくる。和彦は、秦に苦情を言った。
「最近彼は、言動に遠慮がなくなったぞ。……ますます、君に似てきた」
「中嶋はこれでも、猫を被っているんですよ。わたし相手だと――」
秦が背後から耳元に顔を寄せ、思いがけず露骨な言葉を囁いてくる。ビクリと肩を震わせた和彦は、頬の辺りが熱くなるのを感じながら、秦を睨みつけた。
「これから友人と会おうって人間に、なんてことを囁いてくるんだっ」
「先生がいつになく緊張しているように見えたので、冗談でも言って解してあげようかと思ったんです。少しは肩から力が抜けましたか?」
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