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第19話
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『先生のためなら、わたしはなんでもしますよ。なんといっても、命の恩人であり、わたしと中嶋の仲を取り持ってくれた人でもありますから』
「仲を取り持ったというより、ダシに使われたんじゃないのか、ぼくは」
秦から返ってきたのは、意味ありげな笑い声だった。だがそれもわずかな間で、すぐにまじめな声が告げた。
『せっかくですから、夕食を一緒にどうですか。わたしが今いる店の近くに、美味い寿司屋があるんです。ごちそうしますよ』
「これから、すぐ行く……」
さっそく和彦は行き先の変更を組員に頼み、向かってもらう。
三十分後に、ある雑居ビルの前に到着すると、黒のロングコートを羽織った秦がすでに待っていた。すでに日が落ち、代わって周囲を照らす繁華街の明かりは、秦を舞台に立つ役者のように引き立てている。本人も、他人からどう見られているかよくわかっているのだろう。
こちらの存在に気づいた秦が艶やかな笑みを浮かべる。長い足でガードレールを跨いだかと思うと、颯爽とした足取りで車に近づいてきた。
「店は、そこです。歩いて行きましょう」
ウィンドーを下ろすなり秦に言われ、和彦は多少面食らいながらも、車を降りる準備をする。その間に秦は、護衛兼運転手の組員にも声をかけた。
「この先にコインパーキングがあるので、車を止めたら運転手さんも寿司屋に来てください。席を取ってあるので」
寒い中、自分を護衛してくれている人間を車に残し、自分たちだけ美味しいものを食べるのは気が引ける。和彦は、ぜひそうしてくれと組員に声をかけて、車を降りた。
秦が連れて行ってくれた寿司屋は、黒を基調とした落ち着いた内装でまとめられており、雰囲気としてはバーに近い。ただ、長いカウンター席や、魚の並ぶネタケースは、やはり寿司屋のものだ。
抜け目ない秦は席を予約しておいてくれたらしく、店員に名乗ると、奥まったテーブル席に案内され、少し遅れてやってきた組員は、その隣のテーブルについた。
「――それで、わたしに相談したいことというのは?」
食べきれるのかと不安になるほど、量がたっぷりのにぎり盛りが運ばれてくると、箸を手にした秦が口火を切る。
和彦はお茶で口を湿らせてから、ため息交じりに切り出した。
「二月十日は、ぼくの誕生日なんだ」
さすがに意表をつかれたのか、秦は目を丸くする。しかし次の瞬間には、柔らかな微笑を浮かべた。
「それは、めでたいですね」
「三十男の誕生日なんて、正直どうでもいいだろ、世間的には。ぼく自身、そう思っているんだ」
「そういう言い方をすると、先生のことが大好きな人たちが悲しみますよ。もちろん、わたしも含めて」
こちらに向けられる秦の眼差しは、真剣そのものだ。本心からの言葉なのかどうかはともかく、胸に響くものがある。寿司を食べつつ、和彦は話を続ける。
「……そう、問題はぼくの誕生日だ。実は、ぼくの元同僚でもある友人が、数日前に連絡をしてきて、実家からぼく宛ての誕生日プレゼントを預かっていると言ったんだ」
「確か先生は、実家との接触を避けてましたよね」
「だから、あれこれ考えてしまう。実家のほうで、ぼくの行方を捜している様子なんだ。そして、その友人は、どうやら実家に目をつけられたらしくて、ぼくとの繋ぎ役を押しつけられている。友人との連絡を絶ってしまえば、それで済む話なんだが――……」
「表の世界との繋がりを失うのは、名残惜しいですか?」
優しい口調で核心を突くことを言うのは、中嶋と同じだ。相手が和彦だからこそ、受け流すと思われているのかもしれない。
「ぼくが一方的に連絡を絶っても、友人に迷惑がかかるだけだ。実家が簡単に諦めるとも思えないしな。それに今回は最初から、実家から頼まれたと言っている。前回は、ぼくは騙されて隠し撮りされていたんだ。それに比べたら、まだマシな対応だ」
「わたしに相談事を持ちかけてきたということは、先生はご友人に会いに行く気があって、用心のためボディーガードが欲しい、といったところですか」
「察しがよくて助かる」
「前にも、似たようなことがあったでしょう」
秦の指摘に軽く首を傾げた和彦だが、すぐに声を洩らす。前に住んでいたマンションの管理人に預かってもらっていた郵便物を引き取りに行くとき、秦に付き添いを頼んだのだ。もちろん、佐伯家の人間を警戒しての対応だ。
「……今はまだ、家族に会いたくないんだ。自分の状況のせいもあるが、なんというか、佐伯家の事情に巻き込まれそうな嫌な予感がする。もし、待ち合わせ場所にいるのが友人ではなく、佐伯家の人間なら――」
和彦が真っ直ぐ見つめると、心得ているとばかりに秦は頷く。
「仲を取り持ったというより、ダシに使われたんじゃないのか、ぼくは」
秦から返ってきたのは、意味ありげな笑い声だった。だがそれもわずかな間で、すぐにまじめな声が告げた。
『せっかくですから、夕食を一緒にどうですか。わたしが今いる店の近くに、美味い寿司屋があるんです。ごちそうしますよ』
「これから、すぐ行く……」
さっそく和彦は行き先の変更を組員に頼み、向かってもらう。
三十分後に、ある雑居ビルの前に到着すると、黒のロングコートを羽織った秦がすでに待っていた。すでに日が落ち、代わって周囲を照らす繁華街の明かりは、秦を舞台に立つ役者のように引き立てている。本人も、他人からどう見られているかよくわかっているのだろう。
こちらの存在に気づいた秦が艶やかな笑みを浮かべる。長い足でガードレールを跨いだかと思うと、颯爽とした足取りで車に近づいてきた。
「店は、そこです。歩いて行きましょう」
ウィンドーを下ろすなり秦に言われ、和彦は多少面食らいながらも、車を降りる準備をする。その間に秦は、護衛兼運転手の組員にも声をかけた。
「この先にコインパーキングがあるので、車を止めたら運転手さんも寿司屋に来てください。席を取ってあるので」
寒い中、自分を護衛してくれている人間を車に残し、自分たちだけ美味しいものを食べるのは気が引ける。和彦は、ぜひそうしてくれと組員に声をかけて、車を降りた。
秦が連れて行ってくれた寿司屋は、黒を基調とした落ち着いた内装でまとめられており、雰囲気としてはバーに近い。ただ、長いカウンター席や、魚の並ぶネタケースは、やはり寿司屋のものだ。
抜け目ない秦は席を予約しておいてくれたらしく、店員に名乗ると、奥まったテーブル席に案内され、少し遅れてやってきた組員は、その隣のテーブルについた。
「――それで、わたしに相談したいことというのは?」
食べきれるのかと不安になるほど、量がたっぷりのにぎり盛りが運ばれてくると、箸を手にした秦が口火を切る。
和彦はお茶で口を湿らせてから、ため息交じりに切り出した。
「二月十日は、ぼくの誕生日なんだ」
さすがに意表をつかれたのか、秦は目を丸くする。しかし次の瞬間には、柔らかな微笑を浮かべた。
「それは、めでたいですね」
「三十男の誕生日なんて、正直どうでもいいだろ、世間的には。ぼく自身、そう思っているんだ」
「そういう言い方をすると、先生のことが大好きな人たちが悲しみますよ。もちろん、わたしも含めて」
こちらに向けられる秦の眼差しは、真剣そのものだ。本心からの言葉なのかどうかはともかく、胸に響くものがある。寿司を食べつつ、和彦は話を続ける。
「……そう、問題はぼくの誕生日だ。実は、ぼくの元同僚でもある友人が、数日前に連絡をしてきて、実家からぼく宛ての誕生日プレゼントを預かっていると言ったんだ」
「確か先生は、実家との接触を避けてましたよね」
「だから、あれこれ考えてしまう。実家のほうで、ぼくの行方を捜している様子なんだ。そして、その友人は、どうやら実家に目をつけられたらしくて、ぼくとの繋ぎ役を押しつけられている。友人との連絡を絶ってしまえば、それで済む話なんだが――……」
「表の世界との繋がりを失うのは、名残惜しいですか?」
優しい口調で核心を突くことを言うのは、中嶋と同じだ。相手が和彦だからこそ、受け流すと思われているのかもしれない。
「ぼくが一方的に連絡を絶っても、友人に迷惑がかかるだけだ。実家が簡単に諦めるとも思えないしな。それに今回は最初から、実家から頼まれたと言っている。前回は、ぼくは騙されて隠し撮りされていたんだ。それに比べたら、まだマシな対応だ」
「わたしに相談事を持ちかけてきたということは、先生はご友人に会いに行く気があって、用心のためボディーガードが欲しい、といったところですか」
「察しがよくて助かる」
「前にも、似たようなことがあったでしょう」
秦の指摘に軽く首を傾げた和彦だが、すぐに声を洩らす。前に住んでいたマンションの管理人に預かってもらっていた郵便物を引き取りに行くとき、秦に付き添いを頼んだのだ。もちろん、佐伯家の人間を警戒しての対応だ。
「……今はまだ、家族に会いたくないんだ。自分の状況のせいもあるが、なんというか、佐伯家の事情に巻き込まれそうな嫌な予感がする。もし、待ち合わせ場所にいるのが友人ではなく、佐伯家の人間なら――」
和彦が真っ直ぐ見つめると、心得ているとばかりに秦は頷く。
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