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第19話
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「ぼくは、患者の肌に触れる仕事をしています。それだけじゃなく、危険な手術道具や、機械を扱いもします。だから気が散らないよう、アクセサリーはつけないんです」
「だが、受け取ることはできるだろ。それに一日中、患者に触れて、メスを握っているわけじゃないはずだ。プレゼントを突き返すには、もう一捻り欲しい言い訳だ」
そういうつもりはないと、口中で控えめに抗議した和彦だが、南郷の冷たく冴えた眼差しの前では、はっきりと声を上げるのはためらわれる。それに、守光から贈られたものなら、受け取る以外に選択肢はなかった。
「――……わかりました」
和彦の返事を受け、南郷は一旦は化粧ケースを閉めようとしたが、思い直したように言った。
「せめて今、俺の前でつけて見せてくれないか、先生」
「どうしてですか?」
率直に問いかけると、南郷は答えないまま、ただ口元に笑みを浮かべた。何かを企んでいるような、あまり性質のよくない笑みだ。
「プレゼントをもらったら、愛想の一つでもほしいもんだな」
素っ気なく化粧ケースを投げて寄越され、和彦は反射的に両手で受け止める。つい、南郷にきつい眼差しを向けていた。
「だったら、総和会第二遊撃隊隊長の権限で、ぼくに笑えと命令したらどうです」
このときの和彦は、本当に機嫌が悪かった。顔見知りの人間に見られるかもしれない場所で、いかにも筋者だとわかる大男と相対しているのだ。ひっそりとしたクリニック経営を望む和彦には、あまりに危険が大きい。
「……どうやら、長嶺組長の〈オンナ〉を怒らせたようだ」
わざと和彦の神経を逆撫でるように、聞こえよがしに呟いた南郷がふらりと立ち上がる。和彦は意地でも、もう南郷に視線を向けなかった。何事もなかったように食事を再開する。
しかし実際は、心臓の鼓動が速くなり、背筋を冷たいものが駆け抜けていた。凶暴さを秘めた南郷を相手に虚勢を張るのは、限界がある。
幸運にも、冷や汗が流れ落ちる前に南郷は黙って立ち去った。その場に、物騒な空気の余韻だけを残して。
慎重に辺りを見回してから和彦は、手元に視線を落とす。自覚がないまま、箸を持つ手が小刻みに震えていた。このみっともない様子を南郷に見られたのだと思うと、惨めさに苛まれずにはいられなかった。
南郷からプレゼントを押し付けられたことがあまりに衝撃的で、和彦はもう一つの厄介事を処理するための算段を、危うく後回しにしかけていた。
車が走り出すのを待ってからブリーフケースを膝の上に乗せると、今日の収穫を確認する。ブリーフケースの中には、仕事関係の資料と、チョコレートの包みと化粧ケースが入っていた。チョコレートのほうは素直に自宅に持って帰れるのだが、化粧ケースに収まっているブレスレットについては、なかなか心中は複雑だ。
和彦はそっと化粧ケースを取り出して、開ける。冷たい輝きを放つブレスレットを眺めていて、クリスマスのことを思い出していた。あのとき和彦は、関係を持つ男たちからそれぞれプレゼントをもらったが、それはどれも身につけるもので、密かに、拘束具としての役割を果たすのだろうかと考えたのだ。
左手首には、三田村が贈ってくれた腕時計がある。もしブレスレットを身につけるとなれば、右手首を差し出すことになるのだろう。
意識しないまま和彦が重苦しいため息をこぼすと、ハンドルを握る組員が、バックミラー越しにちらりとこちらを見た。
「先生?」
「……なんでもない。ちょっと疲れただけだ」
早めに守光に礼の電話をかけておくべきだろうかと思った和彦は、一度は携帯電話を取り出したが、電話とはいえ守光と接触を持つのは、賢吾に確認を取ってからのほうがいいと考え直す。
まずは、もう一つの件を速やかに処理できるよう、手を打つべきだった。そのために必要な人物に、さっそく電話をかける。
『――もしかして、デートのお誘いですか?』
挨拶は必要ないとばかりに、開口一番の秦の言葉を受け、和彦はムッと顔をしかめる。また、バックミラー越しに組員と目が合った。
「どうして、そうなる」
『この間、中嶋とデートをしたんでしょう、先生』
「単に、一緒に飲んだだけだ」
『わたしにまで隠さなくてもかまいませんよ』
秦と中嶋が、どんな顔をして和彦のことを話していたか想像すると、背がムズムズしてくる。
「……まあ、なんとでも言ってくれ。それより君に、至急相談したいことがあるんだ。できることなら、直接会って話したい」
『へえ、先生がわたしに……。それはなんだか大事ですね』
「大事、というほどではないが、実はちょっと困っている」
秦の返事は早かった。
「だが、受け取ることはできるだろ。それに一日中、患者に触れて、メスを握っているわけじゃないはずだ。プレゼントを突き返すには、もう一捻り欲しい言い訳だ」
そういうつもりはないと、口中で控えめに抗議した和彦だが、南郷の冷たく冴えた眼差しの前では、はっきりと声を上げるのはためらわれる。それに、守光から贈られたものなら、受け取る以外に選択肢はなかった。
「――……わかりました」
和彦の返事を受け、南郷は一旦は化粧ケースを閉めようとしたが、思い直したように言った。
「せめて今、俺の前でつけて見せてくれないか、先生」
「どうしてですか?」
率直に問いかけると、南郷は答えないまま、ただ口元に笑みを浮かべた。何かを企んでいるような、あまり性質のよくない笑みだ。
「プレゼントをもらったら、愛想の一つでもほしいもんだな」
素っ気なく化粧ケースを投げて寄越され、和彦は反射的に両手で受け止める。つい、南郷にきつい眼差しを向けていた。
「だったら、総和会第二遊撃隊隊長の権限で、ぼくに笑えと命令したらどうです」
このときの和彦は、本当に機嫌が悪かった。顔見知りの人間に見られるかもしれない場所で、いかにも筋者だとわかる大男と相対しているのだ。ひっそりとしたクリニック経営を望む和彦には、あまりに危険が大きい。
「……どうやら、長嶺組長の〈オンナ〉を怒らせたようだ」
わざと和彦の神経を逆撫でるように、聞こえよがしに呟いた南郷がふらりと立ち上がる。和彦は意地でも、もう南郷に視線を向けなかった。何事もなかったように食事を再開する。
しかし実際は、心臓の鼓動が速くなり、背筋を冷たいものが駆け抜けていた。凶暴さを秘めた南郷を相手に虚勢を張るのは、限界がある。
幸運にも、冷や汗が流れ落ちる前に南郷は黙って立ち去った。その場に、物騒な空気の余韻だけを残して。
慎重に辺りを見回してから和彦は、手元に視線を落とす。自覚がないまま、箸を持つ手が小刻みに震えていた。このみっともない様子を南郷に見られたのだと思うと、惨めさに苛まれずにはいられなかった。
南郷からプレゼントを押し付けられたことがあまりに衝撃的で、和彦はもう一つの厄介事を処理するための算段を、危うく後回しにしかけていた。
車が走り出すのを待ってからブリーフケースを膝の上に乗せると、今日の収穫を確認する。ブリーフケースの中には、仕事関係の資料と、チョコレートの包みと化粧ケースが入っていた。チョコレートのほうは素直に自宅に持って帰れるのだが、化粧ケースに収まっているブレスレットについては、なかなか心中は複雑だ。
和彦はそっと化粧ケースを取り出して、開ける。冷たい輝きを放つブレスレットを眺めていて、クリスマスのことを思い出していた。あのとき和彦は、関係を持つ男たちからそれぞれプレゼントをもらったが、それはどれも身につけるもので、密かに、拘束具としての役割を果たすのだろうかと考えたのだ。
左手首には、三田村が贈ってくれた腕時計がある。もしブレスレットを身につけるとなれば、右手首を差し出すことになるのだろう。
意識しないまま和彦が重苦しいため息をこぼすと、ハンドルを握る組員が、バックミラー越しにちらりとこちらを見た。
「先生?」
「……なんでもない。ちょっと疲れただけだ」
早めに守光に礼の電話をかけておくべきだろうかと思った和彦は、一度は携帯電話を取り出したが、電話とはいえ守光と接触を持つのは、賢吾に確認を取ってからのほうがいいと考え直す。
まずは、もう一つの件を速やかに処理できるよう、手を打つべきだった。そのために必要な人物に、さっそく電話をかける。
『――もしかして、デートのお誘いですか?』
挨拶は必要ないとばかりに、開口一番の秦の言葉を受け、和彦はムッと顔をしかめる。また、バックミラー越しに組員と目が合った。
「どうして、そうなる」
『この間、中嶋とデートをしたんでしょう、先生』
「単に、一緒に飲んだだけだ」
『わたしにまで隠さなくてもかまいませんよ』
秦と中嶋が、どんな顔をして和彦のことを話していたか想像すると、背がムズムズしてくる。
「……まあ、なんとでも言ってくれ。それより君に、至急相談したいことがあるんだ。できることなら、直接会って話したい」
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「大事、というほどではないが、実はちょっと困っている」
秦の返事は早かった。
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