血と束縛と

北川とも

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第18話

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 自分はこの男のオンナなのだと、和彦は本能で痛感させられる。自分が今いる世界の中心は、大蛇の刺青を背負ったこの男なのだとも。
 和彦の変化に気づいたのか、賢吾は牙を剥くように笑いながら、熱く高ぶった欲望を内奥の入り口に擦りつけてきた。
「あっ……」
 一気に内奥深くまで押し入ってきた賢吾は、自分の感触を刻みつけるように大胆に腰を使う。それでなくても感じやすくなっている部分には、強烈すぎる律動だった。
「うあっ、あっ、んああっ――」
「丹念に可愛がってもらったようだな。こんな奥までトロトロだ」
 果敢に奥深くを突き上げられ、抉られる。和彦は腰を弾ませながら賢吾の激しさを受け止め、じわじわと押し寄せてくる肉の愉悦に喉を鳴らす。
 いつの間にか和彦のものは反り返り、先端からはしたなく透明なしずくを滴らせていた。賢吾が指の腹で先端を撫で、鋭い快感に和彦は息を詰める。柔らかな膨らみすらも揉みしだかれ、たまらず腰を捩ろうとしたが、内奥深くにしっかりと欲望を埋め込まれているため、それすらできない。
 和彦はすがるように賢吾を見上げる。このときの表情が、残酷な大蛇の性質を満足させたのか、賢吾は目元を和らげた。
 唇を吸われ、そのまま余裕なく舌を絡め合う。和彦は夢中になって賢吾の背に両腕を回し、大蛇の刺青を忙しくまさぐる。褒美だといわんばかりに乱暴に腰を突き上げられ、身震いするほどの快感を与えられた。
「んっ……、はあっ、あっ、あううっ……」
 身悶える和彦の髪を、賢吾が荒っぽい手つきで鷲掴む。息もかかるほどの距離で、こう言われた。
「先生に〈いいこと〉をしたのは、長嶺の守り神だとでも思っておけ。多分、凛々しくて美しい若武者の姿をしているぞ。先生は、そんな守り神に気に入られたんだ。俺や千尋のオンナだからというのもあるだろうが、先生自身の情の深さも多淫さも、したたかさすら、たまらなくよかったんだろうな。何より、惚れ惚れするような色男だ」
 貪るような口づけを交わしてから、和彦は喘ぎながら問いかけた。
「――……そういう理屈で、あんたは納得できるのか?」
「逆に、俺が先生に聞きたい。俺と千尋だけでなく、もう一人の長嶺の男を、受け入れられるか? そいつのオンナだと、名乗れるか?」
 和彦が即答できず口ごもると、すべてわかっていると言いたげに、賢吾が頬を撫でてくれる。
「先生が、自分を抱いている相手の顔を見なかったというのは、そういうことだろ。知ることで、受け入れなきゃいけなくなる現実がある。だから先生は、相手の正体を知ろうとしなかった。自分が逆らえない力に対して、巧く身を委ねられる先生に今突きつけられているのは――総和会会長のオンナになると、決断できるかということだ」
 怯えと困惑を込めて、和彦は賢吾を見つめる。賢吾は律動を再開し、最初は身を強張らせていた和彦だが、すぐにまた乱れ始める。
「あの食えないジジイが、単に気に入ったという理由だけで、息子と孫のオンナに手を出すはずがない。ロクでもないことを企んでいるはずだ。だがきっと、長嶺のためだろうな。……先生と相性のいい長嶺の男は、そういう生き物だ」
「……勝手に、ぼくと相性がいいと、決め付けるな」
 喘ぎながらなんとか反論した和彦だが、その長嶺の男を求めて、大蛇の刺青にぐっと爪を立てる。内奥深くで欲望が脈打ち、その熱さに体の内から溶かされそうだ。
 もう、何も考えられなくなるという絶妙のタイミングで、賢吾がそっと耳打ちしてきた。
「先生が、総和会会長のオンナになると決心がつくまで、掛け軸の若武者と同じ姿をした長嶺の守り神に身を預ける、という形を取るか? ただの屁理屈だと思うかもしれんが、薄っぺらい布一枚分ぐらいは、先生を守ってくれる」
 その布一枚が目隠しとなり、先に広がる物騒な現実を遮断してくれるのだと思えば、賢吾の言う『屁理屈』は、確かに和彦を守ってくれるのかもしれない。あくまで、一時の誤魔化しでしかないが。
「ぼくは、総和会会長ではなく、長嶺の守り神のオンナになるということか……」
「この場合、捧げ物、という表現が適切だと思うが」
「だったらもう、生け贄でいい」
 耳朶に触れたのは、賢吾が笑った息遣いだった。ささやかな気配にすら感じてしまい、和彦は微かに声を洩らす。すると、その声に誘われたように賢吾が緩く腰を動かした。
「――生け贄なら、食われる覚悟をしないとな。長嶺の守り神が背中に背負っているのは、大蛇より怖い生き物だぞ。……まあ、先生が自分から、相手を見ようとしない限り、どうでもいいことだろうがな」
 一体どんな生き物だろうかと思いはしたが、今は、大蛇に締め上げられる感触を堪能することにする。
 総和会会長のオンナになれるかと、簡単に口にできるくせに、抱き締めてくる賢吾の腕は熱く、力強い。まるで、和彦に対して強い執着を持っているかのように。
 その力強さに応えるように、和彦は掠れた声で何度も賢吾の名を呼んだ。


 和彦の髪を乱暴に撫でた賢吾が、シャワーを浴びるために部屋を出ていく。うつ伏せの姿勢で、大蛇の刺青がドアの向こうに消えるのを見送った和彦は、ほうっと息を吐き出した。欲望の残り火のせいか、吐いた息が熱を帯びている。
 せっかくの休みだというのに、今日はもう、何もする気が起きない。体は疲れきっているし、何より、頭と気持ちを整理する必要があった。
 幸いにも、というべきか、賢吾は昼から人と会う予定があるそうで、和彦は一人の時間を思う存分堪能できる。
 このまま一眠りしたいところだが、さすがに横になったまま賢吾を送り出すのも気が咎める。そう思った和彦は、モソモソと身じろいで慎重に体を起こした。
 ベッドから下りようとしたとき、足元で携帯電話が鳴った。ジャケットのポケットに入れたままにしておいたのを思い出し、慌ててジャケットごと拾い上げる。
 携帯電話を取り出して、液晶に表示された名を確認した和彦は、激しく動揺する。電話の相手は、意外な人物だった。
 どうしようかと逡巡したものの、無視して電源を切ることもできず、結局電話に出る。
『――番号が変わってなくて安心した』
 和彦の耳に届いたのは、安堵したような澤村の声だった。

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