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第18話
(23)
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「……そんな、ことは……」
守光は、和彦が現在、どれだけの男たちと関係を持っているか把握しているだろう。そのことをどう感じているか、冗談めいた口調から知ることは不可能だった。
「わしみたいな偏屈ジジイは、あんたみたいな若い者から特別扱いされると、それだけで機嫌がよくなる。覚えておくといい」
和彦がぎこちなく頷くと、守光は前触れもなく片手を伸ばし、頬やあごの下を撫でてきた。
「――昨夜は、触れられなかったからな」
ぽつりと洩らされた守光の言葉に、和彦の背筋に寒気とも疼きともつかない感覚が駆け抜けた。
自分の足で歩いているという感覚も怪しいまま、玄関に向かう。すでに靴を履いた賢吾と、寝癖を気にして髪を撫でている千尋が待っていた。
和彦の顔を見るなり、千尋に言われた。
「先生、どうかした? 顔赤いよ」
自分の頬を撫でた和彦は、小さく首を横に振る。
「なんでもない……」
靴を履いて振り返ると、守光が千尋の横に立っていた。なんとなく顔を直視できず、伏し目がちに頭を下げて挨拶する。
長嶺の男たちが発する独特の空気に呑まれた挙げ句、和彦は酔いそうになる。自覚もないまま変なことを口走るのではないかと不安になったとき、賢吾にぐっと肩を抱かれて玄関から外へと押し出された。
「二人とも気をつけて帰れ」
守光からそう声をかけられたあと、背後でドアが閉まる音がする。この瞬間、息苦しいほどの重圧と緊張感から解放され、和彦は密かに息を吐き出す。しかし、賢吾にはバレた。
「やれやれ、といった感じだな、先生」
ハッとして顔を上げると、賢吾の唇には微かな笑みが浮かんでいた。
「……あの状況でリラックスできるほど、ぼくは図太い神経をしていないんだ」
「そうか? すっかり馴染んでいたぞ。先生の順応性の高さには、慣れたつもりの俺でも驚かされる」
和彦はエレベーターのボタンを乱暴に押す。口を開いたのは、エレベーターに乗り込んでからだった。
「――……ぼくは、自分が逆らえない力に対して、身を委ねるのが巧いんだそうだ」
「オヤジが言いそうなことだ。だが、俺が先生に興味を持ったのも、同じ理由だ。肝が据わっているくせに、無茶な抵抗はしない。だが、卑屈にもならない。先生を押さえつけたつもりが、こちらが搦め捕られたように感じて、それが気持ちいい」
顔を寄せてきた賢吾がニヤリと笑いかけてくる。ここで和彦はようやく、自分がまだ肩を抱かれたままなのに気づく。こんなところを誰かに見られては困ると、肩にかかった手を外そうとしたが、反対に力を入れられる。
睨みつける和彦に対して、賢吾は澄ました顔で答えた。
「いいじゃねーか。ここにいる連中は、みんな知ってる。昨日、会長が連れてきた色男は、長嶺組長と跡目のオンナだって。そのうえ会長自身が、そのオンナを気に入っていることもな」
和彦は思わず目を見開き、あることを賢吾に問いかけようとしたが、その前にエレベーターが一階に到着する。扉が開くと、スーツ姿の四十代後半の男が立っており、賢吾を見るなり深々と頭を下げた。動揺する和彦とは対照的に、賢吾は鷹揚な態度で応じる。
「すまなかったな。朝早くから騒がせて」
「いえ、いつでもお越しください。こちらこそ、きちんとしたお出迎えもできず、申し訳ありませんでした」
「気にするな。頭を下げるなら、むしろこっちだ。やんちゃ坊主の世話を押し付けているんだからな。何かあったら、遠慮なく躾けてやってくれ」
「千尋さんは、しっかりされてますよ。さすが、会長のお孫さんと言うべきか、長嶺組長のご子息と言うべきか――」
顔を上げた男が、上目遣いに賢吾を見る。慇懃ともいえる物腰ながら目つきは鋭く、有能なビジネスマンのような外見と相まって、捉えどころのない存在感を醸し出していた。
「誰の血縁だろうが、千尋はまだまだガキだ。特に、この先生が子供扱いして、甘やかすからな」
賢吾と男から同時に視線を向けられ、和彦としては居心地が悪くて仕方ない。もう一度、賢吾の腕から逃れようとしたが、無駄な足掻きでしかなかった。
「佐伯先生も、ぜひまた、遊びにいらしてください。会長が大変喜ばれていましたから」
「……ええ。お招きいただけるなら、いつでも……」
緊張して、硬い口調で応じた和彦を、賢吾がからかう。
「そんな安請け合いすると、何日も経たないうちにまた連れ込まれるぞ、先生」
横目で賢吾を睨みつけて、和彦は男に会釈した。
見送りのためわざわざ降りてきたのか、総和会の男たち数人が車止めの側に立ち、賢吾と和彦が車に乗り込むまで、壁となってくれる。総和会としては、長嶺組長である賢吾の身に小さな災難でも近づけてはいけないと、気を張っているようだ。
守光は、和彦が現在、どれだけの男たちと関係を持っているか把握しているだろう。そのことをどう感じているか、冗談めいた口調から知ることは不可能だった。
「わしみたいな偏屈ジジイは、あんたみたいな若い者から特別扱いされると、それだけで機嫌がよくなる。覚えておくといい」
和彦がぎこちなく頷くと、守光は前触れもなく片手を伸ばし、頬やあごの下を撫でてきた。
「――昨夜は、触れられなかったからな」
ぽつりと洩らされた守光の言葉に、和彦の背筋に寒気とも疼きともつかない感覚が駆け抜けた。
自分の足で歩いているという感覚も怪しいまま、玄関に向かう。すでに靴を履いた賢吾と、寝癖を気にして髪を撫でている千尋が待っていた。
和彦の顔を見るなり、千尋に言われた。
「先生、どうかした? 顔赤いよ」
自分の頬を撫でた和彦は、小さく首を横に振る。
「なんでもない……」
靴を履いて振り返ると、守光が千尋の横に立っていた。なんとなく顔を直視できず、伏し目がちに頭を下げて挨拶する。
長嶺の男たちが発する独特の空気に呑まれた挙げ句、和彦は酔いそうになる。自覚もないまま変なことを口走るのではないかと不安になったとき、賢吾にぐっと肩を抱かれて玄関から外へと押し出された。
「二人とも気をつけて帰れ」
守光からそう声をかけられたあと、背後でドアが閉まる音がする。この瞬間、息苦しいほどの重圧と緊張感から解放され、和彦は密かに息を吐き出す。しかし、賢吾にはバレた。
「やれやれ、といった感じだな、先生」
ハッとして顔を上げると、賢吾の唇には微かな笑みが浮かんでいた。
「……あの状況でリラックスできるほど、ぼくは図太い神経をしていないんだ」
「そうか? すっかり馴染んでいたぞ。先生の順応性の高さには、慣れたつもりの俺でも驚かされる」
和彦はエレベーターのボタンを乱暴に押す。口を開いたのは、エレベーターに乗り込んでからだった。
「――……ぼくは、自分が逆らえない力に対して、身を委ねるのが巧いんだそうだ」
「オヤジが言いそうなことだ。だが、俺が先生に興味を持ったのも、同じ理由だ。肝が据わっているくせに、無茶な抵抗はしない。だが、卑屈にもならない。先生を押さえつけたつもりが、こちらが搦め捕られたように感じて、それが気持ちいい」
顔を寄せてきた賢吾がニヤリと笑いかけてくる。ここで和彦はようやく、自分がまだ肩を抱かれたままなのに気づく。こんなところを誰かに見られては困ると、肩にかかった手を外そうとしたが、反対に力を入れられる。
睨みつける和彦に対して、賢吾は澄ました顔で答えた。
「いいじゃねーか。ここにいる連中は、みんな知ってる。昨日、会長が連れてきた色男は、長嶺組長と跡目のオンナだって。そのうえ会長自身が、そのオンナを気に入っていることもな」
和彦は思わず目を見開き、あることを賢吾に問いかけようとしたが、その前にエレベーターが一階に到着する。扉が開くと、スーツ姿の四十代後半の男が立っており、賢吾を見るなり深々と頭を下げた。動揺する和彦とは対照的に、賢吾は鷹揚な態度で応じる。
「すまなかったな。朝早くから騒がせて」
「いえ、いつでもお越しください。こちらこそ、きちんとしたお出迎えもできず、申し訳ありませんでした」
「気にするな。頭を下げるなら、むしろこっちだ。やんちゃ坊主の世話を押し付けているんだからな。何かあったら、遠慮なく躾けてやってくれ」
「千尋さんは、しっかりされてますよ。さすが、会長のお孫さんと言うべきか、長嶺組長のご子息と言うべきか――」
顔を上げた男が、上目遣いに賢吾を見る。慇懃ともいえる物腰ながら目つきは鋭く、有能なビジネスマンのような外見と相まって、捉えどころのない存在感を醸し出していた。
「誰の血縁だろうが、千尋はまだまだガキだ。特に、この先生が子供扱いして、甘やかすからな」
賢吾と男から同時に視線を向けられ、和彦としては居心地が悪くて仕方ない。もう一度、賢吾の腕から逃れようとしたが、無駄な足掻きでしかなかった。
「佐伯先生も、ぜひまた、遊びにいらしてください。会長が大変喜ばれていましたから」
「……ええ。お招きいただけるなら、いつでも……」
緊張して、硬い口調で応じた和彦を、賢吾がからかう。
「そんな安請け合いすると、何日も経たないうちにまた連れ込まれるぞ、先生」
横目で賢吾を睨みつけて、和彦は男に会釈した。
見送りのためわざわざ降りてきたのか、総和会の男たち数人が車止めの側に立ち、賢吾と和彦が車に乗り込むまで、壁となってくれる。総和会としては、長嶺組長である賢吾の身に小さな災難でも近づけてはいけないと、気を張っているようだ。
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