血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
383 / 1,268
第18話

(22)

しおりを挟む
「内緒」
 先日、千尋が入れるつもりの刺青の絵柄について尋ねたとき、千尋が答えた言葉をそっくりそのまま返してやる。本人もそれがわかったのか、短く声を洩らして笑った。
「意外に根に持たれてる?」
「ぼくは執念深いんだ」
 ようやく髪が乾き、ドライヤーを置いた千尋が手櫛で整えてくれる。至れり尽せりだと、口元を緩めた和彦が立ち上がろうとすると、すかさず背後から抱きつかれた。
「おい、千尋――」
「なんか先生、今朝は妙に色っぽいよね。さっき俺たちの前に姿見せたとき、ちょっとドキッとしたもん」
「何言ってるんだ……」
 千尋の嗅覚の鋭さを、和彦はよく知っている。動揺を押し隠して腕の中から抜け出そうとするが、かまわず千尋は間近から顔を覗き込んでくる。
「――長嶺の男って、結局、好みと行動が似てるのかな。気に入った人を逃がさないよう、長嶺の家に取り込んで、縛り付けようとする」
 独りごちるように言いながら、千尋が和彦の首筋に顔を寄せて、ペロリと舐め上げてきた。熱く濡れた感触に和彦は、鳥肌が立ちそうなほど強烈な疼きを感じる。
「千尋、こんなところでふざけるなっ」
「俺は、歓迎だよ。先生が、長嶺の男と深く結びついていくの。そうすることで先生は、俺たちから離れられなくなる。目に見えない形で、長嶺の血が先生の中に流れ込んでいくんだ。……じいちゃんが今、総和会に対してやっているみたいに」
 千尋の物言いは、確信しているようだった。和彦が夜、〈誰〉と深く結びついたのかということを。
 しかし和彦自身は確信を得ることを避け、瞼の裏に焼きついている、掛け軸に描かれた若武者の姿にすがっている。
「……さっきも言ったが、夜はゆっくりと休めた。お前が何を勘繰っているのか知らないが、何もなかった。ただ……、ちょっと艶かしい夢を見ただけだ」
 和彦を抱き締める千尋の腕に、わずかに力が加わる。
「その艶かしい夢って、相手がいた?」
「ああ……」
「誰?」
「客間に行ってこい。掛け軸の中にいるから」
 そう言って和彦が振り返ると、千尋は奇妙な顔をしていた。和彦が何を指しているのか、ピンとこないらしい。それはつまり、夜の客間での出来事について、千尋は自分の目で見ていないし、説明も受けていないということだ。ただ、何かがあったということを感じ取っただけなのだ。
「先生、本当は――」
 和彦は、すかさず千尋の口元を手で覆う。鋭い視線で見据えると、千尋は驚いたように目を丸くしたあと、すべてを理解したように頷いた。
 そこに、守光と賢吾が姿を現す。やけに楽しげな守光とは対照的に、賢吾のほうは心なしか機嫌が悪そうだ。
 二人が何を話していたのか気になるが、尋ねる権利のない和彦は、ただ身構える。守光よりも、賢吾の反応が怖かった。
 その賢吾が、指先で和彦を呼ぶ。
「先生、帰るぞ」
「えっ、ああ……」
 反射的に立ち上がった和彦は、千尋に視線を向ける。大げさなほど残念そうな顔をした千尋は首を横に振り、守光とともに出かける予定なのだと言った。
「朝メシぐらい、ここで食っていったらどうだ。もう準備はできているから、すぐにここに運ばせる」
 守光の言葉に、余計なことを言うなとばかりに賢吾は眉をひそめた。
「……ここのメシは口に合わん」
「ほお、お前は上品な舌をしているからな」
「うるさいぞ、ジジイ」
 守光と賢吾のやり取りに、傍らで聞いている和彦のほうが肝が冷える。そもそも和彦は、父子らしい遠慮ないやり取りというものに免疫がないのだ。だからこそ、賢吾と千尋のやり取りにも、ときおりヒヤリとしながらも、物珍しさと羨ましさを感じてしまう。
 賢吾には先に玄関に行ってもらい、和彦は慌しく客間に戻る。姿見の前に立ち、ジャケットとコートを羽織ったところで、つい視線は床の間の掛け軸に向いていた。
 すでにもう、艶かしいとしか思えなくなった若武者の顔を見つめていて、ふと視線を感じる。和彦は姿見に映る自分の姿を見て、ドキリとした。
 いつの間にやってきたのか、背後に守光が立っていた。
 素早く振り返った和彦は、頭を下げる。
「本当にお世話になりましたっ……」
「いつでも遊びに来てくれ――と言ったところで、自分から気軽に足を運べる場所じゃないだろうから、また賢吾に黙って、あんたを連れてくることにしよう」
 頭を上げた和彦に、守光が笑いかけてくる。和彦は逡巡してから、おずおずと応じた。
「できることなら、もう少し早くに連絡をいただけるとありがたいです。そうすればぼくも、予定を空けておくことができますから」
「あんたと一緒の時間を過ごしたがる男は多いだろ。わしが無理を言って、あんたを独占したと知れば、その男たちに恨まれるだろうな」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...