血と束縛と

北川とも

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第18話

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「下で、うちの者たちが騒然となっていたぞ。お前がここに足を運ぶなんて、滅多にないからな。来るのは歓迎だが、せめて事前に連絡ぐらいしろ」
「だったら俺も言わせてもらうぞ。――勝手に俺の〈オンナ〉を連れ出すな」
 威嚇するように賢吾が低い声を発する。普通の人間なら、何かしら危険なものを感じて体が強張るだろう。和彦も例外ではなく、ビクリと身をすくめる。だが、さすがというべきか、守光は楽しげに口元を緩めている。千尋のほうは、巻き込まれたくないとばかりに和彦の側に寄ってきた。
「先生は、うちの組で大事にしているんだ。ジジイの茶飲みにつき合わせるぐらいなら大目に見るが、得体の知れない輩がうろついている本部に連れ込むなら、まず俺の許可を取れ」
「息子と孫が大事にしている先生を、わしの自宅に呼んだだけだ」
「それだけじゃねーから、わざわざ俺が出向いたんだ。……俺が来なかったら、素直に先生を帰す気はなかっただろ」
「どうかな」
 遠慮のないやり取りは、父子だからこそだろうが、和彦はどうしても、二人から剣呑としたものを感じ取ってしまう。賢吾が背負う大蛇と、守光が身に宿す物騒な〈何か〉が、まるで威嚇し合っているような――。
「先生、髪濡れたまんまじゃん」
 突然、千尋が緊張感のない声を上げる。ぎょっとした和彦に、千尋はにんまりと笑いかけてくる。
「あっちの部屋行こう。俺がドライヤーかけてあげるから」
「いや、自分で――」
 有無を言わせず広いリビングへと連れていかれ、ソファに座らされる。千尋は一度リビングを出て行ったが、戻ってきたとき、手にはドライヤーがあった。
「……会長と組長は、大丈夫なのか?」
 濡れた髪に温風を当ててもらいながら、和彦は背後に立つ千尋に話しかける。
「平気、平気。あの二人は、だいたいいつもあんな感じだよ。さすが父子というか、食えないところがそっくりで、自分が背負った組織が何より大事。ただし、じいちゃんのほうが……欲張りかな」
「欲張り?」
「長嶺組も大事。だけど、今、自分がトップに立っている総和会も大事。寿命なんてものがなければ、自分がずっと会長でいたいと思ってるだろうね。一方のオヤジは、どちらかというと、総和会とはあまり深く関わりたがっていない。大蛇らしく、身を潜めて慎重に見定めているのかもしれないな。総和会の将来を」
 話している間も、千尋の指はリズミカルに動く。総和会会長宅で、会長の孫に髪を乾かしてもらうというのも贅沢だ。人によっては、命知らずだと言うかもしれないが。
「じいちゃんは、オヤジを総和会の事情に巻き込みたいんだよ。というより、長嶺の血を、総和会という組織に流し込みたい――」
「いいのか。そういう内部事情を、他人のぼくに話して」
「何言ってんの。先生もう、長嶺の身内じゃん」
 一瞬息を詰めた和彦は、そっと背後を振り返る。ドライヤーを止めた千尋は、ソファの背もたれに腕を預けるようにして身を乗り出し、唇も触れ合う距離まで顔を近づけてきた。眠気を完全に払拭した目は、強い輝きを放っている。
 無邪気な子供っぽさを装ってはいるが、千尋も立派に長嶺の男だ。長嶺組や総和会に絡む話をするとき、何かしら滾るものがあるのかもしれない。
「……お前は、今の状況を楽しんでいるみたいだな」
「楽しいよ。長嶺組の跡目という立場で、オヤジとじいちゃんっていう、特別な肩書きを持つ男たちを眺めていられるんだ。多分この数年で、総和会と、総和会を取り巻く環境は変わる――というより、じいちゃんは変えるつもりだ。総和会が変わるということは、ヤクザの世界が変わるということだよ」
 どこまでが本気かわからないことを言って、千尋が首を傾げる。
「先生、なんかワクワクしない?」
「しない。ワクワクどころか、首筋が寒くなる」
 和彦の同意を得られなくて、拗ねたように千尋は唇を尖らせる。物騒なことを言ったあとで、こういう子供っぽい仕草をするのは、和彦の反応をうかがうためだ。
 本気で怖がって見せたら、千尋のほうはどんな反応を見せるのだろうかと思いながら、和彦は正面を向く。
「なんとなく、お前の気質は会長似の気がする」
「オヤジによく言われる。俺とじいちゃんは似てるから、仲がいいんだって」
「ぼくからすると、お前と組長も、十分仲がいい。……羨ましいぐらい、いい父子だ」
「そういう言い方されると、先生と、大物官僚だっていう先生の父親との関係を聞きたくなるんだけど」
 そう言って千尋は、再びドライヤーで和彦の髪を乾かし始める。タオルを弄びながら、和彦はぽつぽつと答えた。
「……ぼくと父親は、似ていると言えば、似ている。あまり褒められない部分が、そっくりかもな」
「褒められない部分って?」

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