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第18話
(20)
しおりを挟む重い瞼をなんとか持ち上げると、床の間の掛け軸が目に入った。
布団の中で大きく体を震わせた和彦は、朝の陽射しが差し込んでくる中で、じっと掛け軸の若武者を見つめる。意識が朦朧としながらも、若武者の美しい顔をずっと見ていた気がして、夢と現実の区別がまだ曖昧だ。
それでも、夜中、自分の身に何が起こったのかは記憶にある。はしたない夢を見てしまったと、ほんのわずかな間、羞恥に苛まれたりもしたのだが、内奥に残る疼痛や全身のけだるさは、否が応でも現実を和彦に突きつけてくる。
急に居たたまれない気分になって体を起こすと、下肢に明らかな違和感が残っている。行為の後どうやって後始末をされ、浴衣を直されたのかを思い出し、あっという間に全身が熱くなってくる。
何げなく枕元に視線を向けると、見覚えのない男性物らしきスカーフがあった。
深みのある紫色のスカーフに触れた和彦は、滑らかな手触りにゾクリと身を震わせる。寒いわけではなく、体の奥から疼きが湧き起こったからだ。間違いなく、行為の間ずっと顔にかけられていたものだった。
和彦は口元を手で覆いながら、夜の間の出来事をゆっくりと思い返す。自然に視線は、再び掛け軸へと向いていた。
どうすればいいのだろうか――。
そう自問しながらも、反面、考えたくないという思いもあった。貪欲なほど何もかもを自分の中で呑み込み、感情と理屈の折り合いをつけてきた和彦だが、さすがに〈これ〉は、処理が追いつかない。誰かに手助けしてもらわないと。
ひとまず、体に残る生々しい感触をどうにかしたかった。和彦はふらつきながら立ち上がると、自分の服を抱えて客間を出る。廊下に人気がないことを確かめて、足音を殺しながらバスルームに向かった。
シャワーを浴びながら、下肢に残る潤滑剤と、内奥に残された精をできる限り指で掻き出す。惨めさよりも、とにかく羞恥を刺激される作業だ。
体中にてのひらと指先が這わされ、内奥深くすら丹念に探られたが、和彦に覆い被さってきた相手は、唇と舌で触れてくることはなかった。そのため肌には、愛撫の痕跡が一切残っていない。唯一、淫らな行為があったことを示すのは、内奥に残る疼痛だけだ。これさえ、今日中に曖昧な感覚を残すだけになるだろう。
そして記憶だけが、きっと和彦を苛むのだ。
ワイシャツとスラックスを身につけてバスルームを出ると、タオルを手に客間に戻ろうとしたが、話し声が聞こえて足を止める。低く響く声の主を即座に守光だと判断して、心臓の鼓動が速くなっていた。
気づかなかったふりをして、黙って客間に戻ろうともしたが、どうせすぐに顔を合わせることになるのだ。そう思い直した和彦は、廊下を引き返す。
話し声がするダイニングを覗いた途端、目の前の光景に仰け反りそうになった。
てっきり、守光と千尋がいるのだと思ったが、それは間違いであり、正解でもあった。二人の他に、なぜか賢吾までいたのだ。
スーツ姿の賢吾が、着物姿の守光に話しかけており、起きたばかりなのか、スウェットの上下を着た千尋がそんな二人の傍らに立っている。長嶺の男が三人揃ったところを見たのは、初めてだった。
それぞれが強烈な個性を持ち、人を惹きつける魅力を持っているだけに、並び立つ姿は、壮観とも言える。この男たちがどれだけ性質が悪くて怖い存在かわかっているつもりの和彦だが、それでもやはり、目が離せない。
寝癖のついた髪を乱雑に掻き上げていた千尋が、ふいにこちらを見る。和彦に気づき、まだ寝ぼけていた顔がパッと輝いた。すると、賢吾と守光までもが、揃ってこちらを見る。
すっかり長嶺の男たちに圧倒されていた和彦は、咄嗟に声が出ない。一人でうろたえていると、まず守光が声をかけてきた。
「――よく寝られたかな、先生」
低い声に背を撫で上げられたような錯覚を覚え、胸の奥が妖しくざわつく。和彦は懸命に平静を取り繕い、頷いた。
「おはようございます……。はい、ゆっくり休めました」
次に声をかけてきたのは賢吾だった。
「そのわりには、疲れた顔をしてるな、先生」
「そんなことっ……」
「遅くまでつき合わされたんだろ。迷惑なら、はっきり言っておかないと、どこまでも図々しくなるぞ、このじいさんは」
「オヤジも、じいちゃんのことは言えないけどな」
すかさず茶々を入れたのは千尋だ。和彦としては、迂闊に相槌も打てない会話で、ぎこちなく苦笑いを浮かべるしかない。このとき、何げなく賢吾と目が合い、頭に浮かんだ疑問を率直にぶつけた。
「……どうして、ここに?」
賢吾はわずかに目を細めると、当たり前のように言った。
「先生を迎えにきた。朝早くから、長嶺組組長のこの俺が」
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