血と束縛と

北川とも

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第18話

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 千尋の言葉に、和彦は軽く目を見開く。ちょうどエレベーターの前で立ち止まったところで、やっと疑問をぶつけることができた。
「……つまりこのマンション全部が、会長の家、なのか……?」
「ここ、実はマンションじゃないんだよね」
 千尋に恭しく手で示され、エレベーターに乗り込む。
「元は、ある企業が税金対策で造った社員の研修施設。景気がいいときに造ったらしいんだけど、そのあとは業績悪化というやつで、ここを手放すことになったんだ。で、売却の話を持ち込まれたのが、じいちゃんってわけ」
「それで、買ったのか?」
「じいちゃんの家だと思うと立派すぎるけど、総和会本部だと考えるとぴったりだろ。実際、じいちゃんが住んでるのは四階で、それ以外の階は、総和会の人間が常に行き来している。――総和会のオフィスは別にあるけど、ここは長嶺守光の息がかかった人間だけが、出入りを許される」
 ちらりとこちらを見た千尋の目は、強い光を放っている。したたかで好戦的な眼差しは、まるで獣のようだ。ただし、恐ろしく血統がいい、という前置きがつく。
 総和会会長の権力を具現化したようなこの場所で、千尋は普段とは違う面を見せているようだ。地べたを這いずり回ったり、修羅場をくぐったという血生臭さがないせいか、無邪気なほど傲慢な存在感を放っている。それが魅力になりうるのは、やはり長嶺の血のせいかもしれない。
「――先生」
 いつの間にかエレベーターは四階に到着し、千尋が開いた扉を押さえている。我に返った和彦は慌ててエレベーターを降りた。
 正面は、ソファやテーブルが置かれたラウンジとなっており、左右に廊下が伸びている。千尋を見ると、左側を指さした。
「こっちがじいちゃんの住居。ちなみに右は、来客用の宿泊室が並んでる。元は研修施設だけあって、ホテルみたいな部屋が他の階にもあるんだ。あまり大規模な改装工事はしなかったから、大浴場も食堂もそのまま残ってる。あと、地下にはジムもプールもあるよ。裏には、テニスコートもあるし」
「……基地みたいだ」
 和彦が率直な感想を洩らすと、千尋はニヤリと笑った。
「そうだよ。ここは、総和会という組織の中にある、じいちゃんの基地だ。そしてその基地に、先生は招待された」
 廊下の突き当たりにあるドアを千尋が開けると、そこが玄関だった。
「先生、どうぞ」
「あっ、ああ。……お邪魔します」
 靴を脱ぎ、千尋のあとについて廊下を歩く。見る限り、守光の住居は広くはあるが、華美さのない落ち着いた空間だった。元は研修施設だったというこの建物の中で、ここは手を入れ、普通の住宅らしくしたのかもしれない。
「こんな広い場所に、会長は一人で?」
「長嶺の男に、〈女〉はついていけないのかもね。俺のお袋もそうだけどさ、ばあちゃんも、若いときはぶっ飛んでたじいちゃんから逃げ出した――という話をオヤジから聞かされた。本当はじいちゃんが捨てたのかもしれないけど。なんにしてもじいちゃんも、オヤジと似たタイプだよ。一人とは長続きしないし、大事な場所に簡単に他人を招き入れない。だけど一度気に入ると……、大変だ」
 千尋が意味ありげな眼差しを向けてきたので、和彦は露骨に視線を逸らす。そこまで聞いてないだろと、心の中でささやかに言い返しながら。
「ヤクザの大物っていう怖い面も持ってるし、食えない性格のうえに、ちょっと意地の悪いクセのあるジジイだけど、俺が尊敬している人でもあるんだ。だから先生、家族みたいにつき合ってよ。なんなら、老人介護とでも思ってさ」
 遠慮なく好き勝手を言う千尋の背後で、スッと襖が開く。姿を見せたのは、寛いだ服装の守光だった。目を見開く和彦の前で、守光が千尋の頭を軽く叩いた。
「口の悪いガキだ」
 大げさに首をすくめた千尋が、負けじと守光に言い返す。
「可愛い孫の愛情表現ぐらい、笑って受け止めてよ、じいちゃん」
「わしの孫は、甘ったれの悪ガキしかおらんと思ったが――」
 千尋と並ぶ守光を見て改めて、本当に上背があるのだと実感する。若くしなやかな獣のような千尋と比べて、漲るような生命力とはまったく異質の、気圧されるような静かな迫力が守光には宿っている。それは、千尋の持つ力よりもよほど強力だ。
 祖父・孫ともに顔立ちが整っているのは長嶺の血のおかげなのだろうかと、頭の中で賢吾の顔も思い描きながら、和彦が二人の顔を交互に見つめていると、ふいに守光と目が合った。
 向けられた眼差しの鋭さに和彦は一瞬息を止めてから、頭を下げる。
「……お招きいただき、ありがとうございます」
「ああ、そんな堅苦しい挨拶は抜きでいい。ここにいる間は、それこそわしは単なる『ジジイ』だ。緊張なんぞせず、寛いでくれ」

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