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第18話
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仕事のあと、外で食事を終えてから、待ち合わせをしていた〈友人〉に連れられて趣味のいい店に足を運び、美味しいウィスキーを味わう。
ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。
「……理想的な夜遊びの時間だ」
和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。
「気に入ってもらえましたか?」
中嶋の問いかけに、和彦は頷く。
「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」
「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」
信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。
こうしてなんでもないふりをして飲んでいるが、つい先日、賢吾と繋がって感じている姿を中嶋にしっかり見られており、何かの拍子に、そのときの光景が脳裏に蘇る。
一応、和彦なりに、中嶋と顔を合わせることにためらいはあったのだが、だからといって避け続けるわけにもいかない。なんといっても中嶋は、総和会と長嶺の本宅を繋ぐ連絡係となったのだ。顔を合わせる機会は嫌でも訪れる。
和彦は視線を正面に向ける。大きなはめ込みガラスに面してテーブルが配された席は、意識せずとも夜景が視界に入る。外は小雨が降っているため、輝くような夜景というわけにはいかないが、霧をまとったように霞んでいる街もまた、趣がある。
薄ぼんやりとした夜景に重なるように、ガラスに反射した和彦と中嶋の姿が映っている。一見して、友人同士と思しき男二人が寛いでいるように見えるだろう。和彦も、そのつもりで中嶋とこの時間を楽しんでいる。
「――見惚れています?」
さらに身を乗り出してきた中嶋が、顔を寄せて囁いてくる。ただし視線は、ガラスに映る和彦に向けられている。和彦は小さく苦笑を洩らした。
「そんなに自惚れが強いつもりじゃないが」
「ああ、言葉が足りませんでした。こういう場で、人並みの夜遊びを楽しんでいる自分の姿に、見惚れているのかと言いたかったんです。まだ自分は堅気に見える、と確認しているのかなと思って」
和彦は、ちらりと視線を隣に向ける。口調は柔らかいくせに、中嶋の言葉は聞きようによっては皮肉にも取れる。
「……気心が知れたら、言うことに遠慮がなくなってきたな」
悪びれたふうもなく、中嶋は首をすくめて笑う。
「すみません。仕事中は物言いには気をつかっているんですが、先生相手だと、どうしても甘えてしまうんです」
「まあお互い、あれこれ知っているからな。物言いが気に食わないなんてつまらないことで、ケンカになるはずもない」
「あれこれ、ね」
意味深に洩らした中嶋の唇に、薄い笑みが浮かぶ。そんな表情を目にして、和彦の胸が妖しくざわつく。
互いの体温も肌の感触も知っているが、それだけでなく中嶋は、賢吾に抱かれる和彦の姿を知っている。
賢吾と中嶋の間で何かしらの密約があり、和彦は事情もよくわからないまま、微かな企みの気配だけは感じ取った。和彦との行為を中嶋に見せたのは、賢吾なりの契約締結のサインだろうと解釈している。
中嶋の夜遊びの誘いに乗ったのは、男たちの企みを少しだけ探ってみたかったからだ。もっとも今のところは純粋に、店の雰囲気とアルコール、中嶋とのきわどい会話を楽しんでいた。
チーズを口に運んだところで和彦は、ある疑問を中嶋にぶつけた。
「長嶺組長の本宅に出入りできるようになって、君の総和会での立場は、少しは変わったのか?」
「何があったのか、という顔で見られていますが、悪くなってはいませんよ。なんといっても俺は、第二遊撃隊の人間ですからね。総和会の数ある派閥の中でも、ちょっと異色の隊なんですよ。隊そのものが目立っているおかげで、配属されて間もない俺の存在は、さほど目立たなくて済んでいます」
「……第二遊撃隊が実はどんな仕事を任されているか、教えてもらった。危ないところみたいだな」
ヤクザ相手にこの言葉も変だなと思ったが、中嶋は揶揄するでもなく、まじめな顔で頷いた。
「そういえば先生は一昨日、うちの隊の人間を治療してくれたそうですね。いままで見た中で、一番きれいな縫い目だって、怪我した本人が笑ってましたよ」
「笑い事じゃないだろ。胸から腹にかけてすっぱり切られて重傷だったのに……」
「刃物を振り回されるような事態は、そう多くありませんよ」
「あってたまるかっ」
ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。
「……理想的な夜遊びの時間だ」
和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。
「気に入ってもらえましたか?」
中嶋の問いかけに、和彦は頷く。
「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」
「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」
信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。
こうしてなんでもないふりをして飲んでいるが、つい先日、賢吾と繋がって感じている姿を中嶋にしっかり見られており、何かの拍子に、そのときの光景が脳裏に蘇る。
一応、和彦なりに、中嶋と顔を合わせることにためらいはあったのだが、だからといって避け続けるわけにもいかない。なんといっても中嶋は、総和会と長嶺の本宅を繋ぐ連絡係となったのだ。顔を合わせる機会は嫌でも訪れる。
和彦は視線を正面に向ける。大きなはめ込みガラスに面してテーブルが配された席は、意識せずとも夜景が視界に入る。外は小雨が降っているため、輝くような夜景というわけにはいかないが、霧をまとったように霞んでいる街もまた、趣がある。
薄ぼんやりとした夜景に重なるように、ガラスに反射した和彦と中嶋の姿が映っている。一見して、友人同士と思しき男二人が寛いでいるように見えるだろう。和彦も、そのつもりで中嶋とこの時間を楽しんでいる。
「――見惚れています?」
さらに身を乗り出してきた中嶋が、顔を寄せて囁いてくる。ただし視線は、ガラスに映る和彦に向けられている。和彦は小さく苦笑を洩らした。
「そんなに自惚れが強いつもりじゃないが」
「ああ、言葉が足りませんでした。こういう場で、人並みの夜遊びを楽しんでいる自分の姿に、見惚れているのかと言いたかったんです。まだ自分は堅気に見える、と確認しているのかなと思って」
和彦は、ちらりと視線を隣に向ける。口調は柔らかいくせに、中嶋の言葉は聞きようによっては皮肉にも取れる。
「……気心が知れたら、言うことに遠慮がなくなってきたな」
悪びれたふうもなく、中嶋は首をすくめて笑う。
「すみません。仕事中は物言いには気をつかっているんですが、先生相手だと、どうしても甘えてしまうんです」
「まあお互い、あれこれ知っているからな。物言いが気に食わないなんてつまらないことで、ケンカになるはずもない」
「あれこれ、ね」
意味深に洩らした中嶋の唇に、薄い笑みが浮かぶ。そんな表情を目にして、和彦の胸が妖しくざわつく。
互いの体温も肌の感触も知っているが、それだけでなく中嶋は、賢吾に抱かれる和彦の姿を知っている。
賢吾と中嶋の間で何かしらの密約があり、和彦は事情もよくわからないまま、微かな企みの気配だけは感じ取った。和彦との行為を中嶋に見せたのは、賢吾なりの契約締結のサインだろうと解釈している。
中嶋の夜遊びの誘いに乗ったのは、男たちの企みを少しだけ探ってみたかったからだ。もっとも今のところは純粋に、店の雰囲気とアルコール、中嶋とのきわどい会話を楽しんでいた。
チーズを口に運んだところで和彦は、ある疑問を中嶋にぶつけた。
「長嶺組長の本宅に出入りできるようになって、君の総和会での立場は、少しは変わったのか?」
「何があったのか、という顔で見られていますが、悪くなってはいませんよ。なんといっても俺は、第二遊撃隊の人間ですからね。総和会の数ある派閥の中でも、ちょっと異色の隊なんですよ。隊そのものが目立っているおかげで、配属されて間もない俺の存在は、さほど目立たなくて済んでいます」
「……第二遊撃隊が実はどんな仕事を任されているか、教えてもらった。危ないところみたいだな」
ヤクザ相手にこの言葉も変だなと思ったが、中嶋は揶揄するでもなく、まじめな顔で頷いた。
「そういえば先生は一昨日、うちの隊の人間を治療してくれたそうですね。いままで見た中で、一番きれいな縫い目だって、怪我した本人が笑ってましたよ」
「笑い事じゃないだろ。胸から腹にかけてすっぱり切られて重傷だったのに……」
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「あってたまるかっ」
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