血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
362 / 1,268
第18話

(1)

しおりを挟む




「――先生、今晩は何が食べたい?」
 ショッピングセンターを並んで歩いていると、突然三田村が、大事なことを思い出したような顔で問いかけてきた。しかも、真剣な口調で。
 休みが取れた三田村とともに必要なものを買いに来たのだが、献立は人任せなところがある和彦は、面と向かってこう問われると、けっこう悩む。
 目を丸くしたあと、なんでもいいと言いかけて、思いとどまる。実は先日、テレビでたまたま観てから、なんとなく気になっているものがあったのだ。
「なんでもいいのか?」
 和彦が問い返すと、頷いた三田村の目が一際優しくなる。もっとも和彦以外の人間が見れば、いつもの無表情との違いに気づかないかもしれない。
「……鍋が、いい」
 鍋、と小さな声で三田村が反芻し、何か思案するように軽く眉をひそめる。
「ちゃんこにすき焼き、しゃぶしゃぶ。この場合、湯豆腐も鍋料理に入れていいのか……。なんにしても、ちょっと調べたら、鍋料理を食わせてくれる店はいくらでも――」
「そうじゃない。外で食べたいわけじゃなくて、部屋で食べたい。……いままで、人と鍋を囲んだことがないんだ。それで、この間テレビを観ていて、ちょっといいなと思って……」
 なんだか言い訳めいたことを言っているなと、和彦は自分自身の行動に、内心で苦笑を洩らす。相手が三田村でなければ、口が裂けても言えないわがままだ。そんなこと、と笑われても不思議ではないのだが、三田村が浮かべたのは、どこか嬉しげにも見える淡い微笑だった。
「先生の貴重な経験を、俺が作った鍋で済ませていいのかな」
「キッチンで包丁を握っているあんたを見るのは好きだ」
 三田村は、困惑気味に視線をさまよわせながら、口元を手で覆う。もしかすると、有能な若頭補佐なりの照れ隠しなのかもしれない。
「あまり……俺の腕に期待しないでくれ。そう器用になんでも作れるわけじゃないんだ」
「鍋って、適当に材料を切って、水と一緒に放り込んで煮ればいいんじゃないのか?」
 一瞬口ごもった三田村に連れられて、近くのベンチへと移動する。和彦だけをベンチに座らせると、傍らに立った三田村はこちらに背を向け、携帯電話でどこかにかけ始める。聞くつもりはないのだが、ぼそぼそと抑えた話し声が聞こえてきた。鍋料理に必要なものを尋ねているようだ。
 おそらく電話の相手は、長嶺の本宅で台所を任されている組員だろう。和彦もよく、美味しいものを食べさせてもらっている。
 数分ほど話してから電話を切った三田村が、決まり悪そうに和彦を振り返る。和彦は、そ知らぬ顔で問いかけた。
「それで、何から買いに行くんだ?」


 鍋料理は、作る人間の性格が如実に表れるなと、椀を手にした和彦は素直に感心していた。
 今日買ったばかりの土鍋の中には、鶏肉や野菜、豆腐などが実にバランスよく配置されており、煮立っている。和彦もアクを取るぐらいのことはしたが、それ以外はすべて三田村がやってくれた。
 材料を入れる順番からタイミング、ダシの味つけまで、三田村が難しい顔で試行錯誤しているのを見ていると、材料と水を鍋に放り込めばいいと簡単に考えていたことが、和彦としては申し訳ない――というより、恥ずかしくなってくる。
 和彦がなかなか箸をつけられずにいると、テーブルの向かいに座った三田村が、立ちのぼる湯気越しに首を傾げた。
「食べないのか、先生」
「……食べる。ちょっと感動してた」
「単なる水炊きもどきの鍋でそう言われると、申し訳なくなるな。先生には、もっと手の込んだものを食わせてやりたいのに」
「若頭補佐は、ぼくに甘すぎる」
 わざと顔をしかめて苦言を呈すると、三田村は柔らかな微笑を浮かべた。
「そういう先生は、周囲にわがままを言ってくれないから、俺みたいな奴がいてちょうどいいんだ」
 思わず声を洩らして笑った和彦は、さっそく水炊き鍋を味わう。三田村も自分の椀に取り分け始めたが、その姿を和彦はそっとうかがい見ていた。
 自分が誰かと向き合って、こうして鍋をつついている光景が不思議であり、同時にくすぐったくもある。数日前の賢吾の言葉ではないが、大勢でにぎやかに食事をするのも好きだが、三田村と二人きりで味わう食事も好きだった。行き交う空気がひたすら温かく、優しいのだ。
 和彦の視線に気づいたのか、前触れもなく顔を上げた三田村と目が合う。反応に困っていると、三田村がこんな言葉をかけてくれた。
「先生の希望に、少しは応えられたか?」
 背に虎を背負っているくせに、どうしてこの男はこんなにも優しいのだろうか。
 ふっとそんなことを考えた和彦がテーブルの下で足を動かした途端、三田村と爪先が触れた。
「少しどころか、ぼくの希望以上だ」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...