血と束縛と

北川とも

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第17話

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 守光も同じようなことを尋ねてきたなと思い、和彦は探るような視線を賢吾に向ける。父子が示し合わせて、あえてこんな質問をしているのではないかと思ったが、大蛇を潜ませた賢吾の目を見ていると、そんなことはどうでもよくなった。
「ああ……。いままで生活してきたどの場所より、居心地がいい」
 和彦の返事を聞くなり、賢吾は運転席の組員に短く指示を出す。あらかじめ打ち合わせをしていたのか、具体的な言葉はなかったが、それでも組員には十分通じたらしい。
「先生、約束の時間まで少し余裕があるから、寄り道をしていくぞ」
「それはかまわないが、どこに……?」
 賢吾は、口元に薄い笑みを浮かべただけで、答えてくれなかった。
 もっとも和彦は、三十分ほど車が走り続けたところで、自ら答えを出していた。
 なんといっても、和彦の実家がすでに前方に見えている。
「――一度、佐伯家というものを自分の目で見てみたかったんだ」
 和彦の手を再びきつく握り締めながら、そんなことを賢吾が言った。
 車は、佐伯家から少し離れた道路脇に停まる。和彦は顔を強張らせたまま、白い壁が一際目立つ、瀟洒で立派な邸宅をじっと見つめる。そんな和彦の顔を、賢吾は冷静な目で見つめていた。
「あまり、懐かしいという顔をしないんだな」
 賢吾の言葉に、思わず苦笑を洩らす。
「こんなところに連れてきて、ぼくが佐伯家に帰りたがっているのか、確認したかったのか?」
「あの家は先生の実家だ。帰りたいと思っても、咎められないだろ」
「……その口ぶりだと、ぼくが実家に顔を出したいといえば、許可してくれるみたいだ」
「かまわんぞ。先生がゆっくりしている間、俺は自分の仕事を済ませてくる」
 余裕たっぷりに答える賢吾に鋭い視線を向けて、和彦は首を横に振る。
「まだ、会いたくない……。ぼくは、自分の家族が苦手なんだ」
「そうだろうな。自分の兄貴と出くわしただけで、あれだけ憔悴してたんだ。――只事じゃない」
 どんな家庭だったのかと聞かれるかと思ったが、賢吾は一人で話し始めた。
「先生の父親は定年を控えて、民間企業の天下り先が決まったそうだ。大物官僚のうえに、なかなか特殊なポストにいたんだ。特定の業界へ絶大な影響力を持っている人物として、有名らしいな。そして、そんな父親譲りの切れ者ぶりを発揮しているのが、先生の兄だ。ただし活躍の場は、省庁から政界に移りそうだ。鷹津が持ってきた出馬の話は、本当のようだ。佐伯家と、ある政党の人間が頻繁に接触を持っている。表に出て対応しているのは、先生の母親だ」
 佐伯家は相変わらず、自分がいなくても順調に動き続けているようだ。そう思った和彦は、淡い笑みを唇に湛える。自分だけが除け者にされているという感情はなく、むしろ安堵のようなものを覚える。
「――……はっきりした。ぼくは、家族と会う気はない。少なくとも今は、会う必要を感じない。あんたに隠れて、佐伯家と連絡を取って助けを求めたりしないから、安心してくれ」
「先生にその気があったら、とっくにそうしているだろ。その点は、俺は心配なんてしていない。ただ、先生と佐伯家の関わりについて、興味があっただけだ」
「興味も何も……、ぼくが、佐伯家の規格から外れているという話だ。向こうも、同じことを思っているはずだ」
 和彦が実家の建物を見つめていると、ふいに賢吾に髪を撫でられた。
「先生は、物腰が柔らかくて優しげな人間に見えるが、ある部分じゃ、ヤクザよりよっぽど冷徹かもな。一番厄介な肉親への情を、自分の中ですっぱり切り分けている気がする」
「……どうだろう。あの家にいると、自分がひどく冷めた人間に思えることはあったけど、一人暮らしを始めて外の世界を知ると、よくわからなくなった。ただはっきりしているのは、兄に会って動揺したのは情のせいじゃないということだ」
 情を感じたのはむしろ、家族に対してではなく、長嶺組や長嶺の男たちに対してだ。英俊と会ったときの凍りつくような感覚を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。好きとか嫌いとか、そういう感覚で自分の家族は捉えられない。ただ、関わりたくないだけだ。
 こう思うこと自体、やはり冷めたいのかもしれないと、なんの後ろめたさを覚えるでもなく和彦は考える。
「冷めているかもしれないが、先生の本質は、情が深い。多情さと多淫ぶりで男を骨抜きにしながら、甘やかしてくれる。俺にとって――長嶺の男にとっては、先生が佐伯家の規格から外れていて、ありがたいがな」
 髪に触れていた賢吾の指先が、スッと頬をなぞる。耳元に顔が寄せられたかと思うと、官能的なバリトンがこんなことを囁いてきた。
「こんなヤクザから感謝されても、嬉しくないか?」

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