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第17話
(21)
しおりを挟むパジャマ姿の和彦を見て、リビングのソファに腰掛けた賢吾は、楽しそうに口元を緩めた。
「ずいぶんゆっくりのご起床だな、先生」
乱れた髪を掻き上げて、和彦はじろりと賢吾を睨みつける。寝起きは悪いほうではないが、さすがに今朝は文句を言いたい。人が寝ているというのに、わざわざ寝室のドアを開けた賢吾が、嫌がらせのようにリビングのテレビを大音量で観始めたのだ。
和彦は、賢吾の手からリモコンを奪い取ると、テレビの音量を落とす。
「あんたは、ぼくの生活パターンが変わったことを理解すべきだ。今週から、一応クリニック経営者として、毎朝出勤してるんだ。そして今日は、初めての休診日だ。……朝の八時にベッドの中にいて、なんで皮肉を言われないといけないんだ……」
「つまり平日の明るいうちは、俺はなかなか先生に会えない。そうなると、ゆっくり会うのは限られた休みの日となるわけだ。その辺りの事情を、先生は理解すべきだな」
普段でも滅多に勝てないというのに、寝起きの状態で賢吾に口で勝てるわけがない。和彦は早々に負けを認めた。
「……それで朝から、長嶺組の組長がなんの用だ」
「なんだ、賢吾さん、と呼んでくれないのか?」
ニヤニヤと笑う賢吾の顔を見て、和彦は一気に目が覚めた。意味ありげな物言いから、あることを推測できたからだ。
「もしかして――……」
「もしかして、なんだ?」
「会長から聞いたのか」
何をだ、と白々しく返されて、和彦の顔は熱くなってくる。
「なんでもないっ」
逃げるように洗面所に駆け込み、顔を洗う。タオルを取ろうと手を伸ばしかけたが、待っていたようなタイミングのよさで手渡された。顔を上げて鏡を見ると、いつの間にか背後に賢吾が立っている。
軽くため息をついた和彦は、自分から水を向けた。
「今日は、ぼくをどこに連れて行ってくれるんだ」
「ドライブにつき合わないか。うちの組が出資した物件があるんだが、竣工式前に案内してもらうことになってな」
「……それは、ぼくが一緒じゃないとダメなのか?」
「仕事はついでだ。先生と出かけて、外で美味いものを食って、本宅でのんびりしたいだけだ。ああ、本宅では先生に、クリニック関係の書類にちょっと目を通してもらうぞ。――どうだ、これで先生も出かける理由ができただろ」
ここまで言われて、嫌だと返事ができるはずもない。和彦が頷くと、賢吾は満足そうな表情となる。
「服装はなんでもいいから、早く支度を整えろ。朝メシも外で済ませるぞ」
「呆れた……。朝も食べずに、ここに来たのか」
洗面所を出ていこうとした賢吾が、肩越しにちらりと和彦を見る。
「俺は、大勢でにぎやかにメシを食うのが好きだが、先生と静かにメシを食うのも好きなんだ」
賢吾のその言葉に、咄嗟に反応できなかった和彦だが、洗面所のドアが閉まった途端、動揺する。
「ヤクザの組長が、何言ってるんだっ……」
そう毒づいたものの、なんだか気持ちが落ち着かなくて、仕方なく和彦は冷たい水で顔を洗い直すことにした。
傍らに置いたコートを、和彦は無意識のうちに撫でていた。柔らかく滑らかな感触はしっとりと肌に馴染む。今日初めて、外で着て歩いてみたのだが、思っていた以上に着心地がいい。
「――ようやく、そのコートを着ている姿を披露してくれたな」
ふいに、隣から声をかけられる。ピクリと肩を震わせた和彦が視線を向けると、ゆったりとシートに体を預けた賢吾が、薄い笑みを浮かべていた。和彦がさきほどから、しきりにコートを撫でている様子を眺めていたのだろう。
どういう顔をすればいいのかと困惑する和彦に対して、賢吾はさらりと言った。
「思った通り、似合っている」
護衛の組員たちも当然同行しているが、名目上は〈賢吾とのドライブ〉に、和彦はスーツの上から特別なコートを羽織ってきた。クリスマスプレゼントとして賢吾から贈られた、ミンクの毛皮のコートだ。
スーツと組み合わせると、漆黒のコートは意外なほど品よく映えて、心配したほど悪目立ちはしない。今日は車での移動が主のため、人目をさほど気にせず着ていられると考えたのだが、その判断は正しかったようだ。
毛皮のコートを羽織った和彦より、泰然とした賢吾のほうがよほど強烈な存在感を放っているので、人目を気にするだけ無駄なのかもしれない。
なんにしても、賢吾は満足そうだ。さきほど朝食を食べたカフェの駐車場でも、和彦が歩く姿を目を細めて眺めていたぐらいだ。
「……早く着ないと、冬が終わってしまうと思ったんだ。でも、物がよすぎて、着ていく場所が限られる。汚したくないし」
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