血と束縛と

北川とも

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第17話

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「……それは、ぼくの実家のことを指しているのですか?」
「わしは、難しい話に興味はないよ」
 機嫌よさそうに話す守光の表情から、狡猾さは感じられない。しかし、本当に狡猾で、頭が切れる人間は、完璧に自分の本性を隠せるものだ。和彦の父親が、まさにそうだ。
 急に警戒心を露にした和彦に向けて、守光はさらに言葉を続ける。
「あるのは、長嶺の〈悪ガキ〉二人を骨抜きにしている先生への興味だ」
「悪ガキ……」
「わしにしてみれば、でかくなったつもりの賢吾はまだ悪ガキのままで、千尋はさらにやんちゃな悪ガキだ」
 大蛇を背負った怖い男も、実の父親の口から語られると、なんだか可愛らしく感じられる。寸前まで警戒していたことも忘れて、和彦は声を洩らして笑ってしまう。守光も楽しそうに目を細めた。
「どうやら、二人の話が気に入ったみたいだな」
「若い千尋はともかく、組長――賢吾さんにその表現が、不思議なぐらいしっくりくると思って」
 守光に言われたこともあり、賢吾の名を口にしてみたが、逃げ出したいほど恥ずかしい。そもそも賢吾を名で呼ぶのは、体を重ねている間の儀式のようなものだ。
 賢吾との行為の光景が脳裏に蘇り、和彦は密かにうろたえる。伏せていた視線を何げなく上げると、守光がじっとこちらを見つめていた。
「……あの、何か……?」
「いや、千尋と賢吾を名前で呼んでいるなら、わしのことも呼んでもらえるかと思ってな」
「とんでもないっ」
 和彦が首を横に振ると、楽しそうに声を上げて守光は笑ったが、すぐに、ドキリとするほど鋭い眼差しを向けてきた。
「――あんたを〈オンナ〉にしないと、無理かね?」
 咄嗟に反応できない和彦を見て、守光はまた声を上げて笑う。
「冗談だ。そう、心底困ったような顔をしないでくれ。あんたをイジメたと言って、あとで賢吾と千尋に叱られる」
 自分に対する守光の態度があまりに大らかなので、和彦はずっと気になっていたことを尋ねる踏ん切りがついた。
「千尋から、ぼくのことを聞かされたとき、不愉快になりませんでしたか?」
「不愉快とは……」
「長嶺組の大事な跡継ぎが、年上の男にたぶらかされていると感じなかったのかと思って。それに、長嶺の本宅に出入りしている今の状況も――」
「社会の常識や道徳は、この世界ではあまり重んじられん。賢吾や千尋だけじゃなく、長嶺組が総意としてあんたを受け入れたのなら、それがすべてだ。……総和会会長の立場では、長嶺組の〈身内〉の処遇についてあれこれ命令はできんよ。長嶺の男としても、する気はないがね」
 ふいに守光が、握手を求めるように右手を伸ばしてきた。何事かと思った和彦は、守光の顔と手を交互に見てから、おそるおそる自分も右手を差し出す。守光とてのひらを合わせると、思いがけず強い力でぐっと握り締められた。すでに酒が入っているせいか、今晩の守光の手は温かい。
 どういう意図から手を握られたのかわからないが、振り払えないことだけははっきりしている。手を握られた瞬間、自分の命運すら握られたような感覚が、和彦に襲いかかっていた。守光が持つ見えない力を体感しているようだ。
「――あんたは、力に敏感だな。自分が抗えない力をすぐに嗅ぎ取って、決して逆らわない。卑屈になるわけでもなく、巧く身を委ねる」
「ぼくは……痛い思いをするのが、何より嫌いなんです。ヤクザを相手に逆らうなんて、身を刻んでくれと言っているような、ものです……」
「誰があんたを、そういう食えない人間にしたのか、気になるね」
 話しながら守光の指が、てのひらに這わされる。くすぐったさに首をすくめた和彦は、反射的に手を引こうとしたが、守光に手首を掴まれていた。力強さは、賢吾と変わらない。
「あっ……」
 再びてのひらに指が這わされ、和彦は自分が今感じているのはくすぐったさなどではなく、ゾクゾクするような疼きなのだと知る。
 瞬きもせず見つめた先で、守光は穏やかな紳士の顔の下から、総和会会長という物騒な肩書きに似つかわしい表情を見せた。賢吾に似た口元が薄い笑みを湛え、千尋に似た目が、強い光ではなく、深い闇を湛える。長嶺の男は、千尋も賢吾もそれぞれの怖さを持っているが、守光の持つ怖さは――老獪さだ。
 手を刺激されただけで身じろぎもできなくなった和彦に、守光はひどく優しい声で囁いてきた。
「長嶺組は、居心地がいいかね?」
「……大事に、してもらっていると思います」
「複雑な気持ちが表れている答えだ。ヤクザに囲われていて、居心地がいいとは答えられない。だが、今の生活が嫌ではない。だから、大事にしてもらっている、か」
「すみません」

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