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第17話
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「先生、俺に飽きそう?」
「そうじゃなくて……、この場合、お前がぼくに飽きる確率のほうが高いだろ」
「それは、絶対にない」
あまりにきっぱりと言い切られ、和彦は何も言えない。そもそも、言い合うようなことではないのだ。
千尋の頭を撫でながら話題を変える。
「ここで風呂に入ったということは、仕事先から直行してきたのか」
「じいちゃんに泊まっていけって言われたけど、先生のところでゆっくりしたかったから、逃げ出してきた」
千尋に頭を引き寄せられ、額同士を押し付る。その流れで唇を重ね、戯れるように啄み合っていたが、千尋の体にてのひらを這わせた和彦は、あることに気づいた。次の瞬間には起き上がり、勢いよく布団を捲る。
「お前、これ――」
部屋に入ってきたときは、肩にかけたタオルに隠れて見えなかったが、千尋は左腕の上のほうに包帯を巻いていた。そのため、印象的なタトゥーが見えない。
怪我をしたのだろうかと動揺した和彦だが、すぐに、あることに思い当たった。
「千尋、まさか、タトゥーを……」
照れたようにちらりと笑みを見せて千尋も起き上がり、包帯に指先を這わせる。
「……前から決めてたんだ。年が明けたら、治療を始めようって。それで、別荘から戻ってすぐに、病院に行ったんだ」
千尋がそんなことを考えていたなど、もちろん和彦は知らなかった。おそらく、和彦に何も悟らせなかったことが、千尋なりの覚悟の表れだったのだろう。
「このタトゥーを入れたのは、オヤジに対する当てつけの意味もあった。立派な刺青なんて入れなくても、俺は、大勢のヤクザに頭を下げて迎え入れられる存在だって、驕りもあったのかな。自分の生まれた環境に胡坐をかいてたんだ。どんなバカ息子でも、オヤジは俺を見捨てられないと踏んでもいたし。まあ、ダメダメな甘ったれ男だった」
「今は違うのか?」
「今は……努力してるよ。長嶺を継ぐのに相応しい男になるために」
それは喜んでいいのだろうかと思いながら、片手を伸ばした和彦は、まだ湿っている千尋の髪を掻き上げ、包帯の上から右腕に触れる。
「前に先生、言ってただろ。タトゥー消すのは時間がかかるって。あれ、本当だった。大してでかくないタトゥーなのに、一気に消すのは無理だって言われた。だからまあ、気長に消していくよ」
「消したら、どうするんだ?」
和彦が問いかけると、決然とした顔で千尋は答えた。
「背中に、本物の刺青を入れる」
「……父親みたいに?」
「刺青入れてるのは、オヤジだけじゃないよ。じいちゃんもそうだし、組の中に何人もいる。三田村だって入れてるんだろ。見たことないけどさ」
大きくため息をついた和彦は、千尋の頭を抱き寄せる。千尋も、甘えるようにしがみついてきた。
「医者としては、刺青を入れるリスクを知っているから、やめろと言いたいところなんだがな……」
「ということは、やめろって言わないの?」
「お前がお手軽な遊び相手なら、いくらでも真剣な顔して、やめろと説得してやる。それでぼくは、道徳的な善人でいられるからな。でも……、そういう関係じゃないだろ。ぼくは、長嶺千尋のオンナだからな。お前が必死に考えて覚悟を決めたことなら、口出しはしない」
背に回された千尋の腕に力が込められ、耳元では、安堵したような声で囁かれた。
「――さすが、先生。ヤクザのオンナの鑑だ」
「全っ然、嬉しくないっ」
千尋の後ろ髪を引っ張ってやると、はしゃいだような笑い声が上がり、強く抱き締められる。そのままベッドに倒れ込んだところで、千尋がパッと顔を上げた。
「ねえ、先生も――」
「ぼくは絶対、刺青は入れないからな」
最後まで言わせず和彦が断言すると、これ以上なく残念そうな表情を浮かべた千尋は、捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。和彦は容赦なく、頬を抓り上げてやった。
「刺青を入れようなんて物騒な話をしてる奴が、そんな目をするなっ」
ベッドの上で千尋とじゃれ合っていた和彦は、ふと気になって尋ねてみる。
「千尋、刺青の絵柄は、もう考えてあるのか?」
子供のように笑っていた千尋だが、この瞬間、食えない男の表情となり、和彦に顔を寄せてこう答えた。
「――内緒」
ジムでの中嶋の返答を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。隠し事をされた報復というわけではないが、千尋の鼻を摘んで、ささやかな憂さ晴らしをしてやった。
「そうじゃなくて……、この場合、お前がぼくに飽きる確率のほうが高いだろ」
「それは、絶対にない」
あまりにきっぱりと言い切られ、和彦は何も言えない。そもそも、言い合うようなことではないのだ。
千尋の頭を撫でながら話題を変える。
「ここで風呂に入ったということは、仕事先から直行してきたのか」
「じいちゃんに泊まっていけって言われたけど、先生のところでゆっくりしたかったから、逃げ出してきた」
千尋に頭を引き寄せられ、額同士を押し付る。その流れで唇を重ね、戯れるように啄み合っていたが、千尋の体にてのひらを這わせた和彦は、あることに気づいた。次の瞬間には起き上がり、勢いよく布団を捲る。
「お前、これ――」
部屋に入ってきたときは、肩にかけたタオルに隠れて見えなかったが、千尋は左腕の上のほうに包帯を巻いていた。そのため、印象的なタトゥーが見えない。
怪我をしたのだろうかと動揺した和彦だが、すぐに、あることに思い当たった。
「千尋、まさか、タトゥーを……」
照れたようにちらりと笑みを見せて千尋も起き上がり、包帯に指先を這わせる。
「……前から決めてたんだ。年が明けたら、治療を始めようって。それで、別荘から戻ってすぐに、病院に行ったんだ」
千尋がそんなことを考えていたなど、もちろん和彦は知らなかった。おそらく、和彦に何も悟らせなかったことが、千尋なりの覚悟の表れだったのだろう。
「このタトゥーを入れたのは、オヤジに対する当てつけの意味もあった。立派な刺青なんて入れなくても、俺は、大勢のヤクザに頭を下げて迎え入れられる存在だって、驕りもあったのかな。自分の生まれた環境に胡坐をかいてたんだ。どんなバカ息子でも、オヤジは俺を見捨てられないと踏んでもいたし。まあ、ダメダメな甘ったれ男だった」
「今は違うのか?」
「今は……努力してるよ。長嶺を継ぐのに相応しい男になるために」
それは喜んでいいのだろうかと思いながら、片手を伸ばした和彦は、まだ湿っている千尋の髪を掻き上げ、包帯の上から右腕に触れる。
「前に先生、言ってただろ。タトゥー消すのは時間がかかるって。あれ、本当だった。大してでかくないタトゥーなのに、一気に消すのは無理だって言われた。だからまあ、気長に消していくよ」
「消したら、どうするんだ?」
和彦が問いかけると、決然とした顔で千尋は答えた。
「背中に、本物の刺青を入れる」
「……父親みたいに?」
「刺青入れてるのは、オヤジだけじゃないよ。じいちゃんもそうだし、組の中に何人もいる。三田村だって入れてるんだろ。見たことないけどさ」
大きくため息をついた和彦は、千尋の頭を抱き寄せる。千尋も、甘えるようにしがみついてきた。
「医者としては、刺青を入れるリスクを知っているから、やめろと言いたいところなんだがな……」
「ということは、やめろって言わないの?」
「お前がお手軽な遊び相手なら、いくらでも真剣な顔して、やめろと説得してやる。それでぼくは、道徳的な善人でいられるからな。でも……、そういう関係じゃないだろ。ぼくは、長嶺千尋のオンナだからな。お前が必死に考えて覚悟を決めたことなら、口出しはしない」
背に回された千尋の腕に力が込められ、耳元では、安堵したような声で囁かれた。
「――さすが、先生。ヤクザのオンナの鑑だ」
「全っ然、嬉しくないっ」
千尋の後ろ髪を引っ張ってやると、はしゃいだような笑い声が上がり、強く抱き締められる。そのままベッドに倒れ込んだところで、千尋がパッと顔を上げた。
「ねえ、先生も――」
「ぼくは絶対、刺青は入れないからな」
最後まで言わせず和彦が断言すると、これ以上なく残念そうな表情を浮かべた千尋は、捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。和彦は容赦なく、頬を抓り上げてやった。
「刺青を入れようなんて物騒な話をしてる奴が、そんな目をするなっ」
ベッドの上で千尋とじゃれ合っていた和彦は、ふと気になって尋ねてみる。
「千尋、刺青の絵柄は、もう考えてあるのか?」
子供のように笑っていた千尋だが、この瞬間、食えない男の表情となり、和彦に顔を寄せてこう答えた。
「――内緒」
ジムでの中嶋の返答を思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。隠し事をされた報復というわけではないが、千尋の鼻を摘んで、ささやかな憂さ晴らしをしてやった。
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