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第17話
(4)
しおりを挟む何度となく、惜しみなく口づけを与え続けてくれた三田村が、物音を立てないよう慎重にベッドから抜け出す。半分瞼を閉じた状態で、和彦はその姿をぼんやりと見つめる。どうやら和彦が眠ったと思い、帰り支度を始めるようだ。
連絡を受けてから、仕事を投げ出して駆けつけてくれたのだろうなと思うと、別れ際まで三田村に気をつかわせるのが申し訳なくて、和彦は眠ったふりをしておく。
三田村は、和彦の髪をさらりと撫でてから、静かに寝室を出ていった。
このまま本当に眠ってしまおうと、広いベッドの上で思いきり手足を伸ばす。だが目を閉じたところで、微かな物音を聞いた。三田村が行き来している音だと思い、さほど気にもかけなかった和彦だが、寝室のドアが開いたことで、ようやく異変を知る。
三田村が戻ってきた――わけではなかった。
ベッドが小さく軋む音を立て、思わず和彦は目を開く。視線を動かすと、大きな人影がベッドに腰掛けていた。カーテンを開けたままの窓から月明かりが差し込んでおり、かろうじて相手の顔が見える。
「……何、してるんだ……」
和彦が問いかけると、賢吾はひっそりと笑った。
「ひどい言い草だな。ここは、俺のオンナを住まわせている部屋だぜ。当然、勝手に入る権利はあるだろ」
「誰も、あんたがここに来たことを責めてない。純粋に……何をしに来たのかと思ったんだ」
「先生の様子を見に来た。まさか、三田村が先生を抱き殺すとは思えないが、一応俺なりに、アフターケアをしてやりたくて」
もったいぶったような賢吾の物言いが、緩慢な思考の動きをさらに鈍くする。和彦は一声唸ると、前髪に指を差し込んだ。
「そういえば、盗聴器を仕掛けたままなんだな。全部聞いたってことか……」
「誤解するなよ、先生。長嶺組長の身の安全のために、仕掛けてあるんだ。何かあったら、組員が踏み込めるようにな。その盗聴器を通して、組長のオンナの艶かしい声が聞こえたところで、それはアクシデントというんだ」
「……あんたを咎める気はないんだが、そういう建前を言われると、腹が立つ」
「だったら言い直そう。――俺の淫奔なオンナが、どんな男を咥え込むか気が気じゃないから、盗聴器を仕掛けてあるんだ」
和彦は片手を伸ばすと、賢吾の手の甲を抓り上げてやる。賢吾にとっては子猫にじゃれつかれた程度のことだろう。楽しげに笑い声を洩らした。
「先生は大したものだ。骨抜きにされた男がみんな、金では買えないものを先生に差し出してくる」
「ぼくはズルイ人間だと自覚はあるが、誰かに、何かを差し出せと命令したことはない」
「男が自分の意思で差し出すから、性質が悪いんだ」
ベッドに座り直し、体の向きを変えた賢吾が、和彦の体を覆っていた毛布を剥ぐ。三田村に愛されたばかりの体を晒してしまい、さすがに羞恥で身じろいだが、そんな和彦の体を愛でるように、賢吾は目を細めて見下ろす。
「千尋は、若い情熱とひたむきさを。結果として、長嶺組と先生を繋ぐ役割を果たした。三田村は、安らぎを。先生が俺のオンナである限り、あの男は命をかけて組と俺に忠誠を尽くす。鷹津は、刑事という肩書きを。先生のために働きながら、その先生のバックにいる長嶺組に、使える情報を運んでくる。本人は不本意だろうがな」
話しながら賢吾の手が、まだ汗ばんでいる和彦の体を這い回る。三田村に愛されたばかりの体を、そうやって検分しているのだ。促されるまま両足を立てて開くと、内腿に残る愛撫の痕跡にまで指先が這わされ、和彦は体を強張らせる。
「……秦は、中嶋を。正確には〈弱み〉だな。あの男は、厄介なトラブルを抱え込んでいるが、けっこうな金脈も背負っている。身の安全と引き換えに、長嶺組が利用させてもらうことで話はついている。先生と知り合ってなかったら、とっくに殺されていても不思議じゃない男だ。なんだかんだで先生に頭が上がらない」
いきなり、賢吾の手が両足深くに差し込まれ、柔らかな膨らみをまさぐられる。巧みに揉みしだかれ、一気に下肢から力が抜けた和彦は、意識しないまま腰を揺らしていた。三田村にもさんざん弄られ、愛された場所だ。そこをさらに賢吾に弄ばれると、背徳感と、抗いがたい快感が生まれる。
「うっ……」
「そして、中嶋だ。あの男は、総和会の中での、先生の手駒としての自分を差し出した。今はまだ必要を感じないだろうが、使い方を覚えろ。いい手駒――というより、先生の兵隊になってくれるぞ、中嶋は。さぞかし立派な、総和会内での長嶺組の勢力にもなってくれるだろう。あいつも、先生と長嶺組の力を利用したがっているしな」
楽しげに、しかし落ち着いた口調で話す賢吾だが、愛撫を施す手つきは荒々しい。和彦は何度も声を上げて身悶える。
「先生がこの先、どんな旨みを持った男を骨抜きにしてくれるか、楽しみだな」
「はっ……、うっ、あっ……。人を、性悪女みたいに、言うなっ……」
「ほお、違うのか?」
和彦が本気で睨みつけると、月明かりを受けた賢吾の目が妖しい光を放つ。
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