血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
333 / 1,267
第16話

(26)

しおりを挟む
「――俺は先生と知り合ってから、嫌になるほどリアルに、男と寝るってことがどんなものなのか、想像してきましたよ。先生という、いい見本があるんです。先生みたいな色男が、長嶺組長や他の男にどんなふうに抱かれているのか、と。そして俺は、艶かしい気分になるんです。……先生のように男に抱かれたくて、他の男のように先生を抱いてみたくて」
 中嶋の唇が耳に押し当てられ、熱い吐息を注ぎ込まれる。身震いしたくなるような強烈な疼きが、和彦の背筋を駆け抜けた。同時に、倒錯した欲情を抱えていたのは自分だけではないのだと、安堵とも歓喜ともつかない感情に胸をくすぐられる。
「俺は、秦さん相手に確かに肉欲はありますが、どうしたらいいのか、よくわからないんです。秦さんに抱かれたら、俺は俺じゃなくなって、ヤクザですらなくなってしまうんじゃないかと、怖くなる。今の先生の話を聞いて、なおさら怖くなりましたよ。俺の知っている秦さんは、あくまで紳士ですから」
 中嶋の告白に、和彦はゆっくりと振り返る。興奮しているのか、中嶋の目は熱っぽさを帯び、強い光を放っていた。まるで、獲物を前にして舌なめずりをしているような――。
「先生、俺に教えてください」
「……何、を……」
「〈オンナ〉の悦びを。――俺と先生の関係は、単なる友人同士じゃ物足りない。きっと、もっとセクシャルな関係のほうが、しっくりきますよ」
「ジム仲間じゃ、ダメなのか?」
「俺は独占欲が強いんです。秦さんが、保身や欲望のために先生を必要だとしているんなら、俺も、先生が欲しい。そうすれば、秦さんとより強く結びつける。謎の多いあの人を知るために、先生は欠かせない」
 普通の青年に見えても中嶋は、中身はやはりヤクザなのだ。秦のことだけではなく、総和会内での出世のためにも、和彦は利用できる貴重な存在だ。そこに欲情も絡んで、中嶋にとって和彦は、さぞかし使い勝手がよく見えるだろう。
 中嶋と向き合った和彦は、表情を険しくして見据える。
「自分のことばかり言っているが、ぼくにメリットはあるのか? 秦は、長嶺組に飼われているようなもので、いまさらぼく個人が秦と結びつく必要はない。君とは、今の友人関係で満足して――」
「総和会の中で、先生のために働く手駒を手に入れる、というのは、どうですか?」
 ヤクザなんて食えない男たちばかりだと思っていたが、自分も立派にその一員だ。半ば自嘲気味にそう思った和彦だが、このしたたかさは賢吾によって磨かれたものだと感じ、感慨深さも覚える。
 賢吾はきっと、中嶋と関係を持つことを許してくれると、確信があった。あの男は、和彦の淫奔さとしたたかさを愛でている。
「――それで手を打とう」
 和彦が答えると、まるで契約を交わすように中嶋がそっと唇を重ねてきた。


 ジムでシャワーを浴びるたびに、中嶋の体は見ていた。細身だがしなやかな筋肉に覆われて、いかにも機能的に鍛えており、鑑賞物としても文句のつけようのないきれいな体をしている。かつての商売道具ですからね、と澄ました顔で中嶋は言っていたが、まさか、その体に触れることになるとは、想像もしていなかった。
 どちらがリードしていいのかわからないまま、とりあえず和彦と中嶋は、何も身につけていない姿で抱き合いながら、ベッドの上を転がる。
 なんとなく、千尋とじゃれ合っているようだなと思った和彦は、いつも千尋にそうしているように、頭を撫でる。すると、顔を覗き込んできた中嶋にベッドに押さえつけられ、唇を塞がれた。
 のしかかってくる体を受け止めながら、刺青のない背にてのひらを這わせる。ふっと一瞬の違和感が和彦を襲った。
 快感に身を捩り、悦びの声を上げる中嶋を、秦が見下ろしている光景が脳裏に浮かんだところで、違和感の正体がわかった。
 和彦は、背から腰にかけて何度もてのひらを這わせたあと、中嶋の尻に触れる。ピクリと身を震わせた中嶋が、ああ、と声を洩らした。
「……そうでした。俺は、〈オンナ〉になるんだ」
「別に、そんなことは意識しなくていい。ぼくだって、ヤクザなんかと関わる前までは、男と寝ることに、理屈や役割なんて求めてなかったし、考えてもなかった。大事なのは、相手が快感を与えてくれるか、自分が与えてやれるか、それだけだ」
 和彦は自分の指を舐めて唾液で濡らすと、中嶋の秘裂の間にそっと這わせた。
「くっ……」
 声を洩らした中嶋が背をしならせ、わずかに不安そうな表情を見せたので、和彦は片手で中嶋の頭を引き寄せて、優しく唇を啄んでやる。
「さっき殴られた分、仕返しはするからな」
 和彦の冗談交じりの囁きに、中嶋はやっと笑みを見せる。
「怖いな、先生……」

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

処理中です...