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第16話
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そんなこと、と言ってしまっては語弊があるが、どれだけ重大なことを切り出されるのかと身構えていた和彦としては、意表をつかれる。目を丸くすると、ようやく中嶋はこちらを見た。
「なんとなく、気になったんです。先生が、あの店にわざわざ行って、ツリーの飾りつけを手伝うことになった経緯が。先生と秦さんが、ただならぬ関係だというのは薄々わかってはいたんですが、それでも自分では、平気なつもりだったんです」
和彦は弁解しようとしたが、それを制止するように中嶋が片手を上げ、言葉を続ける。
「……俺、先生が好きですよ。陽の下を堂々と歩いているのが似合いそうな、どこから見ても堅気の色男なのに、ヤクザに囲まれても物怖じしないところや、商売女も裸足で逃げ出しそうな、したたかでズルイところとか。本当に、不思議な生き物って感じなんです、先生は」
「ぼくが周りからどう思われているか、よくわかるな」
「だからこそ、得体の知れない秦さんと馴染みそうなんです。あの人も一応、青年実業家なんて肩書きを持っていて、見た目はあの通り、惚れ惚れするようなイイ男です。ヤクザなんてものと関わらなくてもいい生き方ができるはずなのに、ヤクザと関わって、とうとう長嶺組なんてものを後ろ盾にしてしまった。……先生を利用して」
淡々と話す中嶋の口調からときおり滲み出るのは、悔しさと嫉妬だ。中嶋の生の感情を感じ取るたびに、和彦は奇妙な安堵感を覚える。自分が向き合っているのは、ヤクザでありながら、〈女〉を感じさせる青年なのだと実感できるのだ。
中嶋に感情移入しすぎて、和彦はふっと気を緩める。しかし中嶋は、見た目はともかく、中身は上昇志向の強いヤクザなのだ。まるで切りつけてくるかのように、鋭い眼差しを向けてきた。
「――先生は、秦さんが今、どこで暮らしているか知っていますよね」
「あ、あ……。長嶺組の指示で引っ越したと言っていた。前に住んでいたところは危険だと判断したんだろう」
「俺は、秦さんが今どこに住んでいるか、教えてもらっていません」
強い苛立ちを示すように中嶋が指先でテーブルを叩く。神経質なその動作を、和彦はつい目で追ってしまう。中嶋も気づいたのか、ぎこちなく拳を握り締めた。
「年が明けてから、やっと秦さんを捕まえてメシを食ったときに言われたんです。あまり、おれに深入りするな。厄介事に巻き込みたくないから、と。今どこに住んでいるのか、そう聞いた返事がこれですよ。……一晩悩んで挙げ句、先生にあんな取り乱した電話をしてしまいました」
「……秦は、君の前では『おれ』と言うんだな」
中嶋は一瞬表情をなくしたあと、苦い顔となる。
「気になるのは、そこですか……」
「秦はどんなときでも、ぼくの前では『わたし』と言うんだ。丁寧な物言いしかできない男なのかと思っていたが、そうでもないんだな」
「つき合いだけは、先生より長いですから」
「そういう言い方は――」
中嶋は急に激高したように、両手でテーブルを叩いた。
「俺だって、こんな女みたいなこと言いたくないんですっ。だけど、言わずにはっ……、先生にぶつけずにはいられない。きっと、先生があまりに〈オンナ〉だからですよ。俺は引きずられているっ。女々しくてくだらないことを、よりによって先生本人にぶつけなきゃいけなくなるんだっ」
「ぼくからしたら、秦に関することだけは、君はずっと〈女〉だった。不思議な感じだったよ。順調に出世しているヤクザの君から、〈女〉の部分を感じ取るのは」
「なっ……」
イスから腰を浮かせた中嶋の顔が、見る間に赤く染まっていく。怒りと羞恥、どちらの感情からの反応なのか、和彦にはわからない。ただ、秦のような男が、中嶋に捻くれた欲情を抱く気持ちはわかるような気がした。
元ホストのヤクザは、野心やプライド、他人を利用しようとする計算高さを持つ一方で、一途で健気だ。それらを抱え持っているのが、人当たりのいい普通の外見をした青年なのだ。
彼に快感を与えたら、どんな反応を示し、どんな生き物へと変化していくのか――。
抗いがたい欲情が、ふっと和彦の中にも芽生える。秦は、こんな欲情を愛でているのかもしれない。
自分が中嶋を見つめていたはずなのに、いつの間にかその中嶋が、じっと和彦を見つめていた。
「――……先生今、何を考えてました? 顔つきが変わりましたよ。これが、ヤクザだろうが、元ホストだろうが、見境なく男を咥え込む〈オンナ〉の顔ってやつですか?」
ふらりとイスから立ち上がった中嶋が、和彦の側にやってきて、腕を掴む。
「こんな顔で、秦さんを誘ったんですか? 正直、俺ですら、ゾクゾクしますよ。どこから見ても男の先生を、女のように犯したくなる……」
「なんとなく、気になったんです。先生が、あの店にわざわざ行って、ツリーの飾りつけを手伝うことになった経緯が。先生と秦さんが、ただならぬ関係だというのは薄々わかってはいたんですが、それでも自分では、平気なつもりだったんです」
和彦は弁解しようとしたが、それを制止するように中嶋が片手を上げ、言葉を続ける。
「……俺、先生が好きですよ。陽の下を堂々と歩いているのが似合いそうな、どこから見ても堅気の色男なのに、ヤクザに囲まれても物怖じしないところや、商売女も裸足で逃げ出しそうな、したたかでズルイところとか。本当に、不思議な生き物って感じなんです、先生は」
「ぼくが周りからどう思われているか、よくわかるな」
「だからこそ、得体の知れない秦さんと馴染みそうなんです。あの人も一応、青年実業家なんて肩書きを持っていて、見た目はあの通り、惚れ惚れするようなイイ男です。ヤクザなんてものと関わらなくてもいい生き方ができるはずなのに、ヤクザと関わって、とうとう長嶺組なんてものを後ろ盾にしてしまった。……先生を利用して」
淡々と話す中嶋の口調からときおり滲み出るのは、悔しさと嫉妬だ。中嶋の生の感情を感じ取るたびに、和彦は奇妙な安堵感を覚える。自分が向き合っているのは、ヤクザでありながら、〈女〉を感じさせる青年なのだと実感できるのだ。
中嶋に感情移入しすぎて、和彦はふっと気を緩める。しかし中嶋は、見た目はともかく、中身は上昇志向の強いヤクザなのだ。まるで切りつけてくるかのように、鋭い眼差しを向けてきた。
「――先生は、秦さんが今、どこで暮らしているか知っていますよね」
「あ、あ……。長嶺組の指示で引っ越したと言っていた。前に住んでいたところは危険だと判断したんだろう」
「俺は、秦さんが今どこに住んでいるか、教えてもらっていません」
強い苛立ちを示すように中嶋が指先でテーブルを叩く。神経質なその動作を、和彦はつい目で追ってしまう。中嶋も気づいたのか、ぎこちなく拳を握り締めた。
「年が明けてから、やっと秦さんを捕まえてメシを食ったときに言われたんです。あまり、おれに深入りするな。厄介事に巻き込みたくないから、と。今どこに住んでいるのか、そう聞いた返事がこれですよ。……一晩悩んで挙げ句、先生にあんな取り乱した電話をしてしまいました」
「……秦は、君の前では『おれ』と言うんだな」
中嶋は一瞬表情をなくしたあと、苦い顔となる。
「気になるのは、そこですか……」
「秦はどんなときでも、ぼくの前では『わたし』と言うんだ。丁寧な物言いしかできない男なのかと思っていたが、そうでもないんだな」
「つき合いだけは、先生より長いですから」
「そういう言い方は――」
中嶋は急に激高したように、両手でテーブルを叩いた。
「俺だって、こんな女みたいなこと言いたくないんですっ。だけど、言わずにはっ……、先生にぶつけずにはいられない。きっと、先生があまりに〈オンナ〉だからですよ。俺は引きずられているっ。女々しくてくだらないことを、よりによって先生本人にぶつけなきゃいけなくなるんだっ」
「ぼくからしたら、秦に関することだけは、君はずっと〈女〉だった。不思議な感じだったよ。順調に出世しているヤクザの君から、〈女〉の部分を感じ取るのは」
「なっ……」
イスから腰を浮かせた中嶋の顔が、見る間に赤く染まっていく。怒りと羞恥、どちらの感情からの反応なのか、和彦にはわからない。ただ、秦のような男が、中嶋に捻くれた欲情を抱く気持ちはわかるような気がした。
元ホストのヤクザは、野心やプライド、他人を利用しようとする計算高さを持つ一方で、一途で健気だ。それらを抱え持っているのが、人当たりのいい普通の外見をした青年なのだ。
彼に快感を与えたら、どんな反応を示し、どんな生き物へと変化していくのか――。
抗いがたい欲情が、ふっと和彦の中にも芽生える。秦は、こんな欲情を愛でているのかもしれない。
自分が中嶋を見つめていたはずなのに、いつの間にかその中嶋が、じっと和彦を見つめていた。
「――……先生今、何を考えてました? 顔つきが変わりましたよ。これが、ヤクザだろうが、元ホストだろうが、見境なく男を咥え込む〈オンナ〉の顔ってやつですか?」
ふらりとイスから立ち上がった中嶋が、和彦の側にやってきて、腕を掴む。
「こんな顔で、秦さんを誘ったんですか? 正直、俺ですら、ゾクゾクしますよ。どこから見ても男の先生を、女のように犯したくなる……」
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