血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
330 / 1,267
第16話

(23)

しおりを挟む
 中嶋の単刀直入な問いかけに、カウンターにカップを置いた姿勢のまま和彦は動けなかった。そんな和彦を、中嶋は食い入るように見つめている。
 短く息を吐き出し、湯を沸かすのを止めた和彦は、カウンターにもたれかかった。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「先生なら、そうなっていても不思議じゃないと思ったからです」
 ひどい言われようだと、腕組みしながら顔をしかめる。しかし、中嶋がこう言いたくなる気持ちはよくわかるのだ。実際和彦は、四人の男と同時に関係を持っており、秦とは、限りなくセックスに近い行為に及んでいる。自分でも呆れるほどの淫奔ぶりだ。
 だが秦は、他の四人とは違う。これだけは断言できた。
 和彦は緩く首を横に振る。
「秦とは一線を越えたことはない」
「微妙な言い回しですね」
「正確な関係を知りたいか?」
 和彦がまっすぐ見据えると、初めて中嶋はうろたえたような、ひどく頼りない表情を見せた。それはほんの数瞬のことだったが、中嶋の心の内をうかがい知るには十分だ。
 ヤクザでも〈女〉でもない、年相応の青年の顔だった。
「――……知りたいです。そのつもりで、ここに来ました。総和会の一員とはいっても、俺はなんの肩書きも持たないヤクザです。そんな俺が、長嶺組が庇護していて、総和会からも大事にされている先生の部屋に押しかけているんです。罰を受けるのは覚悟しています」
 中嶋の覚悟に対して、和彦は容赦なく事実を告げることで応えた。
「秦は、組長からぼくに与えられた、〈遊び相手〉だ」
 次の瞬間、中嶋に平手で頬を殴られた。和彦の体は簡単に横に吹っ飛び、壁に倒れかかる。顔の左半分が火がついたように痛み、頭がふらつく。必死に壁に手をついて体を支えながら、それでも和彦は口を動かす。
「ヤクザのくせに、ずいぶんお上品な殴り方をするんだな……」
「拳だと……、跡が残ります」
 硬い声で答えた中嶋だが、和彦がなかなか顔を上げないため心配になったのか、腰を屈めるようにして様子をうかがってきた。
「先生……」
 差し出された手を取ると、慎重にダイニングのイスに座らされる。
「もしかして、壁に頭をぶつけましたか? すみません、力加減ができませんでした」
 中嶋は、わざわざタオルを濡らしてきて、手渡してくれる。それを頬に押し当てて、和彦はようやく顔を上げた。
「……気にしなくていい。こう見えて、意外に殴られ慣れてるんだ、ぼくは」
 殴られた痛みで吐き気がしてくる。殴った本人である中嶋は、眉をひそめながら和彦の右頬を撫でてきた。
「顔が真っ青ですよ、先生」
「大丈夫。――話を続けよう」
 和彦が向かいのイスを示すと、ためらいがちに中嶋は腰掛ける。
 和彦は、秦との関係について、明け透けなほどはっきりと説明した。長嶺組と関わりを持つために秦が和彦に近づき、薬を盛られた挙げ句に、体に触れられたこと。それ以来、危うい関係が続いていること。一線を越えないのは、賢吾が秦に釘を刺していることも告げた。
「求め合って、というわけじゃない。秦との行為は、いつも打算含みだ。だからこそ救われた部分があるが。……友人のようでもあるが、やっぱり遊び相手なんだろうな。それにぼくは、秦にとって使い勝手がいいと思われているようだ」
「どういう意味です?」
「そのことに答える前に、今度はぼくからの質問だ」
「……どうぞ」
 口が動かしにくいので、頬に当てたタオルを除ける。多少熱を持っているが、口の中が切れたわけでもなく、痛みも治まっているので、やはり中嶋はずいぶん力加減をしてくれたらしい。かつて、和彦に手を上げていた人間たちとは大違いだ。
 左頬を軽く撫でた和彦は、元日からずっと感じていた疑問を中嶋にぶつけた。
「正月に、長嶺の本宅で君と会ったとき、様子がおかしかった。そのあとの電話でも……。そして今のこの状況だ。――何かあったのか?」
 中嶋は唇を歪めるようにして笑うと、イスの背もたれに体を預けて天井を見上げた。和彦に表情を見られるのが嫌なようだ。
「元日に先生と秦さんが、長嶺組長の本宅近くを仲良さそうに歩く姿を見かけたんです。だけどそれは、大したことじゃない。……年末に、秦さんのホストクラブに顔を出したんです。そこに、ホスト時代からの俺の友人も働いていて、打ち上げに交ぜてもらって飲んでいました。そのとき、先生のことが話題に出ました。秦さんに会いに来たことがあると」
「ああ……、確かに、用があって会いに行った」
「――クリスマスツリーの飾りつけ、先生が手伝ったそうですね」

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...