血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
330 / 1,268
第16話

(23)

しおりを挟む
 中嶋の単刀直入な問いかけに、カウンターにカップを置いた姿勢のまま和彦は動けなかった。そんな和彦を、中嶋は食い入るように見つめている。
 短く息を吐き出し、湯を沸かすのを止めた和彦は、カウンターにもたれかかった。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「先生なら、そうなっていても不思議じゃないと思ったからです」
 ひどい言われようだと、腕組みしながら顔をしかめる。しかし、中嶋がこう言いたくなる気持ちはよくわかるのだ。実際和彦は、四人の男と同時に関係を持っており、秦とは、限りなくセックスに近い行為に及んでいる。自分でも呆れるほどの淫奔ぶりだ。
 だが秦は、他の四人とは違う。これだけは断言できた。
 和彦は緩く首を横に振る。
「秦とは一線を越えたことはない」
「微妙な言い回しですね」
「正確な関係を知りたいか?」
 和彦がまっすぐ見据えると、初めて中嶋はうろたえたような、ひどく頼りない表情を見せた。それはほんの数瞬のことだったが、中嶋の心の内をうかがい知るには十分だ。
 ヤクザでも〈女〉でもない、年相応の青年の顔だった。
「――……知りたいです。そのつもりで、ここに来ました。総和会の一員とはいっても、俺はなんの肩書きも持たないヤクザです。そんな俺が、長嶺組が庇護していて、総和会からも大事にされている先生の部屋に押しかけているんです。罰を受けるのは覚悟しています」
 中嶋の覚悟に対して、和彦は容赦なく事実を告げることで応えた。
「秦は、組長からぼくに与えられた、〈遊び相手〉だ」
 次の瞬間、中嶋に平手で頬を殴られた。和彦の体は簡単に横に吹っ飛び、壁に倒れかかる。顔の左半分が火がついたように痛み、頭がふらつく。必死に壁に手をついて体を支えながら、それでも和彦は口を動かす。
「ヤクザのくせに、ずいぶんお上品な殴り方をするんだな……」
「拳だと……、跡が残ります」
 硬い声で答えた中嶋だが、和彦がなかなか顔を上げないため心配になったのか、腰を屈めるようにして様子をうかがってきた。
「先生……」
 差し出された手を取ると、慎重にダイニングのイスに座らされる。
「もしかして、壁に頭をぶつけましたか? すみません、力加減ができませんでした」
 中嶋は、わざわざタオルを濡らしてきて、手渡してくれる。それを頬に押し当てて、和彦はようやく顔を上げた。
「……気にしなくていい。こう見えて、意外に殴られ慣れてるんだ、ぼくは」
 殴られた痛みで吐き気がしてくる。殴った本人である中嶋は、眉をひそめながら和彦の右頬を撫でてきた。
「顔が真っ青ですよ、先生」
「大丈夫。――話を続けよう」
 和彦が向かいのイスを示すと、ためらいがちに中嶋は腰掛ける。
 和彦は、秦との関係について、明け透けなほどはっきりと説明した。長嶺組と関わりを持つために秦が和彦に近づき、薬を盛られた挙げ句に、体に触れられたこと。それ以来、危うい関係が続いていること。一線を越えないのは、賢吾が秦に釘を刺していることも告げた。
「求め合って、というわけじゃない。秦との行為は、いつも打算含みだ。だからこそ救われた部分があるが。……友人のようでもあるが、やっぱり遊び相手なんだろうな。それにぼくは、秦にとって使い勝手がいいと思われているようだ」
「どういう意味です?」
「そのことに答える前に、今度はぼくからの質問だ」
「……どうぞ」
 口が動かしにくいので、頬に当てたタオルを除ける。多少熱を持っているが、口の中が切れたわけでもなく、痛みも治まっているので、やはり中嶋はずいぶん力加減をしてくれたらしい。かつて、和彦に手を上げていた人間たちとは大違いだ。
 左頬を軽く撫でた和彦は、元日からずっと感じていた疑問を中嶋にぶつけた。
「正月に、長嶺の本宅で君と会ったとき、様子がおかしかった。そのあとの電話でも……。そして今のこの状況だ。――何かあったのか?」
 中嶋は唇を歪めるようにして笑うと、イスの背もたれに体を預けて天井を見上げた。和彦に表情を見られるのが嫌なようだ。
「元日に先生と秦さんが、長嶺組長の本宅近くを仲良さそうに歩く姿を見かけたんです。だけどそれは、大したことじゃない。……年末に、秦さんのホストクラブに顔を出したんです。そこに、ホスト時代からの俺の友人も働いていて、打ち上げに交ぜてもらって飲んでいました。そのとき、先生のことが話題に出ました。秦さんに会いに来たことがあると」
「ああ……、確かに、用があって会いに行った」
「――クリスマスツリーの飾りつけ、先生が手伝ったそうですね」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...