血と束縛と

北川とも

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第16話

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 中嶋の単刀直入な問いかけに、カウンターにカップを置いた姿勢のまま和彦は動けなかった。そんな和彦を、中嶋は食い入るように見つめている。
 短く息を吐き出し、湯を沸かすのを止めた和彦は、カウンターにもたれかかった。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「先生なら、そうなっていても不思議じゃないと思ったからです」
 ひどい言われようだと、腕組みしながら顔をしかめる。しかし、中嶋がこう言いたくなる気持ちはよくわかるのだ。実際和彦は、四人の男と同時に関係を持っており、秦とは、限りなくセックスに近い行為に及んでいる。自分でも呆れるほどの淫奔ぶりだ。
 だが秦は、他の四人とは違う。これだけは断言できた。
 和彦は緩く首を横に振る。
「秦とは一線を越えたことはない」
「微妙な言い回しですね」
「正確な関係を知りたいか?」
 和彦がまっすぐ見据えると、初めて中嶋はうろたえたような、ひどく頼りない表情を見せた。それはほんの数瞬のことだったが、中嶋の心の内をうかがい知るには十分だ。
 ヤクザでも〈女〉でもない、年相応の青年の顔だった。
「――……知りたいです。そのつもりで、ここに来ました。総和会の一員とはいっても、俺はなんの肩書きも持たないヤクザです。そんな俺が、長嶺組が庇護していて、総和会からも大事にされている先生の部屋に押しかけているんです。罰を受けるのは覚悟しています」
 中嶋の覚悟に対して、和彦は容赦なく事実を告げることで応えた。
「秦は、組長からぼくに与えられた、〈遊び相手〉だ」
 次の瞬間、中嶋に平手で頬を殴られた。和彦の体は簡単に横に吹っ飛び、壁に倒れかかる。顔の左半分が火がついたように痛み、頭がふらつく。必死に壁に手をついて体を支えながら、それでも和彦は口を動かす。
「ヤクザのくせに、ずいぶんお上品な殴り方をするんだな……」
「拳だと……、跡が残ります」
 硬い声で答えた中嶋だが、和彦がなかなか顔を上げないため心配になったのか、腰を屈めるようにして様子をうかがってきた。
「先生……」
 差し出された手を取ると、慎重にダイニングのイスに座らされる。
「もしかして、壁に頭をぶつけましたか? すみません、力加減ができませんでした」
 中嶋は、わざわざタオルを濡らしてきて、手渡してくれる。それを頬に押し当てて、和彦はようやく顔を上げた。
「……気にしなくていい。こう見えて、意外に殴られ慣れてるんだ、ぼくは」
 殴られた痛みで吐き気がしてくる。殴った本人である中嶋は、眉をひそめながら和彦の右頬を撫でてきた。
「顔が真っ青ですよ、先生」
「大丈夫。――話を続けよう」
 和彦が向かいのイスを示すと、ためらいがちに中嶋は腰掛ける。
 和彦は、秦との関係について、明け透けなほどはっきりと説明した。長嶺組と関わりを持つために秦が和彦に近づき、薬を盛られた挙げ句に、体に触れられたこと。それ以来、危うい関係が続いていること。一線を越えないのは、賢吾が秦に釘を刺していることも告げた。
「求め合って、というわけじゃない。秦との行為は、いつも打算含みだ。だからこそ救われた部分があるが。……友人のようでもあるが、やっぱり遊び相手なんだろうな。それにぼくは、秦にとって使い勝手がいいと思われているようだ」
「どういう意味です?」
「そのことに答える前に、今度はぼくからの質問だ」
「……どうぞ」
 口が動かしにくいので、頬に当てたタオルを除ける。多少熱を持っているが、口の中が切れたわけでもなく、痛みも治まっているので、やはり中嶋はずいぶん力加減をしてくれたらしい。かつて、和彦に手を上げていた人間たちとは大違いだ。
 左頬を軽く撫でた和彦は、元日からずっと感じていた疑問を中嶋にぶつけた。
「正月に、長嶺の本宅で君と会ったとき、様子がおかしかった。そのあとの電話でも……。そして今のこの状況だ。――何かあったのか?」
 中嶋は唇を歪めるようにして笑うと、イスの背もたれに体を預けて天井を見上げた。和彦に表情を見られるのが嫌なようだ。
「元日に先生と秦さんが、長嶺組長の本宅近くを仲良さそうに歩く姿を見かけたんです。だけどそれは、大したことじゃない。……年末に、秦さんのホストクラブに顔を出したんです。そこに、ホスト時代からの俺の友人も働いていて、打ち上げに交ぜてもらって飲んでいました。そのとき、先生のことが話題に出ました。秦さんに会いに来たことがあると」
「ああ……、確かに、用があって会いに行った」
「――クリスマスツリーの飾りつけ、先生が手伝ったそうですね」

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