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第16話
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「あいつを組に紹介したわたしが言うのもなんですが、ヤクザなんて生き物になってくれたせいで、苦労しますよ。矜持だ誇りだと、高尚なものばかり身につけて、それを支えに野心を燃やしている男ですから、中嶋は。力ずくでわたしの〈オンナ〉にした途端、あいつの何もかもを壊してしまいそうで。だから、あいつ自身が変わるのを待つしかない――。先生に出会うまでは、これでもけっこう、気長に待つつもりだったんですよ」
「一応、中嶋くんを大事にしているということか。組長に言わせると、性癖が歪んでいる男なりに」
「いろんな愛し合い方を知っているだけです。それに、実践もしてみたい。こういう性質の悪いわたしにお似合いなのは、やっぱりヤクザという人種かもしれません」
「……中嶋くんのほうから、逃げ出すかもしれないぞ」
「そのときは、先生がサポートしてくれますよね?」
秦にぶつけた言葉が、自分にそのまま返ってきたようだった。
秦と中嶋の関係は、和彦を惑わせる。自分が、どちらの立場に立って興奮と快感を覚えているのか判断がつかなくなる。
この曖昧な感覚に身を委ねたら、胸の内に息づく不可解な衝動を散らせるのだろうか。
ふとこう考えた瞬間、和彦の中を甘美な感覚が駆け抜ける。誘われたように、秦が和彦の唇を軽く塞いできた。
「――先生、今、感じている顔をしてますね」
間近で秦がそう囁き、舌先で唇をなぞる。心地よさに、和彦は喉の奥で声を洩らした。
この口づけも中嶋に教えるべきなのだろうかと思いながら、秦と舌先を触れ合わせ、緩やかに絡める。
昨夜、布団の中で繋がりながら、賢吾に言われた言葉が蘇っていた。
大蛇の化身のような男は、何もかも知っている。和彦にさまざまな男の思惑や欲望が絡みつく様を、楽しんでいるぐらいだ。和彦の中で妖しく息づく感覚も見抜き、より大きく育てようとしていても、不思議ではない。
秦を〈遊び相手〉として和彦にあてがい、その一方で、中嶋との特殊な交友関係を認める意図は――。
淫らな想像のせいか、それとも寒さのせいか、大きく体を震わせると、秦にきつく抱き締められる。和彦もおずおずと、秦の背に両腕を回した。
靴を脱いだ和彦は、熱くなっている頬を手荒く撫でてから、唇を手の甲で何度も拭う。頬以上に、たっぷり秦に貪られた唇が燃えそうに熱かった。
その秦は、本宅まで和彦を送り届けて、すぐに帰ってしまった。賢吾に睨まれるのが怖いと、冗談っぽく言っていたが、案外本音なのかもしれない。本当に慌しく裏口から出ていってしまったのだ。
出迎えてくれた組員に促されて廊下を歩きながら和彦は、今度は唇に指を押し当てる。
秦との口づけは、麻薬めいた中毒性がある。それはきっと、秦という男の向こうに、中嶋の姿を見てしまうからだ。一方の秦も、和彦の向こうに同じ姿を見ているはずだ。
倒錯的な欲情に魅せられる反面、厄介なことに巻き込まれたくはないと、理性が警鐘を鳴らしている。
中嶋と距離を取るべきなのかもしれないと思った。本来であれば中嶋は、もう和彦と会う必要のない人間だ。
誘いさえ断ってしまえば、関係など簡単に断てるだろう。漠然とそんなことを考えていた和彦の目に、廊下の向こうから歩いてくる男たちの姿が飛び込んでくる。
先頭を歩く男は、偉丈夫という表現がしっくりとくる大柄な男だった。他者を圧倒しそうな逞しい体をダークスーツで包み、三十代後半に見える顔に、儀礼的な笑みを浮かべている。特別整った顔立ちをしているわけではないが、浅黒い肌と、剣呑とした鋭い目つきが印象的だ。威嚇しているわけでもないのに物騒な雰囲気が漂い、何かの拍子に荒々しい力を振るい始めても不思議ではない危なさがある。そのくせ、仰々しいほど物腰は礼儀正しい。
こちらに気づくと、軽く会釈をしてくれた。それは男だけではなく、男が引き連れている数人の若者たちも同様だ。
統制がよく取れた様子からして、男の舎弟だろうかと思いながら、廊下を曲がっていく彼らを見送っていた和彦だが、最後の若者の顔を見た瞬間、ドキリとした。中嶋がいたからだ。
つまりこの一団は、総和会の男たちというわけだ。
他の男たち同様、ダークスーツを着込んだ中嶋は、今日はきれいに髪を撫でつけ、引き締まった表情をしていた。こうして、同じような格好をした男たちの中にいると、やはり中嶋の外見の〈普通っぽさ〉は際立っている。普通の、ハンサムな青年だ。
ふと中嶋がこちらを見る。
「えっ」
和彦は小さく声を洩らし、動揺する。中嶋から、思いがけず冷たい一瞥を向けられたからだ。
状況がよく呑みこめなかったが、ただ一つ確かなのは、和彦を見る中嶋の目に、敵意が込められているということだ。
「一応、中嶋くんを大事にしているということか。組長に言わせると、性癖が歪んでいる男なりに」
「いろんな愛し合い方を知っているだけです。それに、実践もしてみたい。こういう性質の悪いわたしにお似合いなのは、やっぱりヤクザという人種かもしれません」
「……中嶋くんのほうから、逃げ出すかもしれないぞ」
「そのときは、先生がサポートしてくれますよね?」
秦にぶつけた言葉が、自分にそのまま返ってきたようだった。
秦と中嶋の関係は、和彦を惑わせる。自分が、どちらの立場に立って興奮と快感を覚えているのか判断がつかなくなる。
この曖昧な感覚に身を委ねたら、胸の内に息づく不可解な衝動を散らせるのだろうか。
ふとこう考えた瞬間、和彦の中を甘美な感覚が駆け抜ける。誘われたように、秦が和彦の唇を軽く塞いできた。
「――先生、今、感じている顔をしてますね」
間近で秦がそう囁き、舌先で唇をなぞる。心地よさに、和彦は喉の奥で声を洩らした。
この口づけも中嶋に教えるべきなのだろうかと思いながら、秦と舌先を触れ合わせ、緩やかに絡める。
昨夜、布団の中で繋がりながら、賢吾に言われた言葉が蘇っていた。
大蛇の化身のような男は、何もかも知っている。和彦にさまざまな男の思惑や欲望が絡みつく様を、楽しんでいるぐらいだ。和彦の中で妖しく息づく感覚も見抜き、より大きく育てようとしていても、不思議ではない。
秦を〈遊び相手〉として和彦にあてがい、その一方で、中嶋との特殊な交友関係を認める意図は――。
淫らな想像のせいか、それとも寒さのせいか、大きく体を震わせると、秦にきつく抱き締められる。和彦もおずおずと、秦の背に両腕を回した。
靴を脱いだ和彦は、熱くなっている頬を手荒く撫でてから、唇を手の甲で何度も拭う。頬以上に、たっぷり秦に貪られた唇が燃えそうに熱かった。
その秦は、本宅まで和彦を送り届けて、すぐに帰ってしまった。賢吾に睨まれるのが怖いと、冗談っぽく言っていたが、案外本音なのかもしれない。本当に慌しく裏口から出ていってしまったのだ。
出迎えてくれた組員に促されて廊下を歩きながら和彦は、今度は唇に指を押し当てる。
秦との口づけは、麻薬めいた中毒性がある。それはきっと、秦という男の向こうに、中嶋の姿を見てしまうからだ。一方の秦も、和彦の向こうに同じ姿を見ているはずだ。
倒錯的な欲情に魅せられる反面、厄介なことに巻き込まれたくはないと、理性が警鐘を鳴らしている。
中嶋と距離を取るべきなのかもしれないと思った。本来であれば中嶋は、もう和彦と会う必要のない人間だ。
誘いさえ断ってしまえば、関係など簡単に断てるだろう。漠然とそんなことを考えていた和彦の目に、廊下の向こうから歩いてくる男たちの姿が飛び込んでくる。
先頭を歩く男は、偉丈夫という表現がしっくりとくる大柄な男だった。他者を圧倒しそうな逞しい体をダークスーツで包み、三十代後半に見える顔に、儀礼的な笑みを浮かべている。特別整った顔立ちをしているわけではないが、浅黒い肌と、剣呑とした鋭い目つきが印象的だ。威嚇しているわけでもないのに物騒な雰囲気が漂い、何かの拍子に荒々しい力を振るい始めても不思議ではない危なさがある。そのくせ、仰々しいほど物腰は礼儀正しい。
こちらに気づくと、軽く会釈をしてくれた。それは男だけではなく、男が引き連れている数人の若者たちも同様だ。
統制がよく取れた様子からして、男の舎弟だろうかと思いながら、廊下を曲がっていく彼らを見送っていた和彦だが、最後の若者の顔を見た瞬間、ドキリとした。中嶋がいたからだ。
つまりこの一団は、総和会の男たちというわけだ。
他の男たち同様、ダークスーツを着込んだ中嶋は、今日はきれいに髪を撫でつけ、引き締まった表情をしていた。こうして、同じような格好をした男たちの中にいると、やはり中嶋の外見の〈普通っぽさ〉は際立っている。普通の、ハンサムな青年だ。
ふと中嶋がこちらを見る。
「えっ」
和彦は小さく声を洩らし、動揺する。中嶋から、思いがけず冷たい一瞥を向けられたからだ。
状況がよく呑みこめなかったが、ただ一つ確かなのは、和彦を見る中嶋の目に、敵意が込められているということだ。
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