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第16話
(1)
しおりを挟むマフラーの端を軽く払ってから、和彦は落ち着きなく周囲を見回す。明らかに、周囲の人間たちから注目を浴びていた。好奇心と、それを上回る畏怖と嫌悪が込められた視線は、和彦を萎縮させるには十分だ。
例え、それらの視線が和彦自身に向けられているわけではなく、和彦がよく知る男たちに向けられているのだとしても、平然とはしていられない。
「――先生、わたしから離れないでください」
和彦と並んで歩いている組員が、低い声で話しかけてくる。地味な色合いのスーツを着てはいるが、全身から放たれる鋭い空気が明らかに堅気のものではない。普段であればまだ、一般人の中にうまく溶け込めるのかもしれないが、元日の午前中、周囲を参拝客に囲まれてしまうと、どうしても浮いてしまう。
しかし、隣を歩く組員よりさらに目立つ存在が、和彦の数メートル先にいた。
組長である賢吾を筆頭に、長嶺組の主な幹部や、彼らを護衛する組員たちの一団だ。
周囲を威嚇して歩いているわけでもないのに、男たちの存在は、怖かった。仕立てのいいスーツに身を包み、整然と歩いてはいても、やはり一般人とは違うのだ。触れてはいけないという本能的な危機感を、見る者に与える。混雑する参道だが、長嶺組の男たちを避けるために、不自然に人々は道を空けていた。
衆目の中、この男たちの集団に加わる勇気がない和彦は、少し距離を置いて歩いているというわけだ。賢吾にしても、無理やり和彦を隣に並ばせないということは、気をつかっているのだろう。
もっとも人出が多いときに、何も初詣に出かけなくても、というのが和彦の率直な気持ちなのだが、しきたりを重んじる男たちにその理屈は通用しない。
組長と幹部たちが揃って神社に足を運び、参拝する。組員ではない和彦も、大晦日の夜に賢吾に告げられた通り、半ば強引に同行させられた。
和彦は、本宅を出るときに賢吾と交わした会話を思い出し、マフラーで隠した口元をへの字に曲げる。
不思議そうな顔をして賢吾が、毛皮のコートは着てくれないのかと問うてきたのだ。一応、本宅に持ってきてはいたものの、今のところまったく出番のない毛皮のコートを、和彦なりにもったいないとは思っているのだが、それと、羽織って外を出歩く勇気とは、まったく別物だ。
悪目立ちしたくないという和彦の説明に、賢吾はニヤニヤと笑うだけだった。
参拝を済ませて、来た道を引き返そうとした和彦は、授与所のほうを見る。せっかくなので破魔矢を買いたいと思ったのだが、この状況では無理だろう。
人並みに参拝できただけで、満足しておくべきかもしれない。そんなことを考えながら、神社同様、混み合う駐車場に戻ると、周囲の視線を気にかけつつ賢吾と同じ車に乗り込む。
「――先生、欲しいものはないのか?」
突然の賢吾の言葉に、マフラーを外していた和彦は手を止める。
「えっ……」
「組の人間とぞろぞろ連れ立って歩いていたら、悠長に露店を覗くこともできなかっただろ。欲しいものがあれば、若い者に買いに行かせるぞ」
「……別に、ない」
「本当に?」
和彦の心を見透かすように、賢吾が顔を覗き込んでくる。意地を張るような状況でもないので、正直に告げた。
「せっかく初詣に来たから、破魔矢が欲しい……」
「すぐに買ってこさせよう。本宅や事務所に飾る分もな」
賢吾の言葉を受けて、すぐに助手席の組員がウィンドーを下ろし、外に立っている組員に小声で何か囁く。これで、和彦の望みは叶えられる。
「悪いが先生、少し待ってくれ」
「破魔矢ぐらい、ぼくが買いに行っても――」
「人ごみに揉まれてヘロヘロになった先生を、総和会の会長の前に立たせるわけにはいかねーな」
賢吾が横目でちらりとこちらを見る。一瞬返事に詰まった和彦は、乱暴にシートに体を預けた。
「……やっぱり、行かないといけないのか」
「いまさら何を言ってる。いい加減、覚悟を決めたらどうだ」
「あんたは、自分の父親のことだから、そう簡単に言えるんだ。ぼくにとっては、とんでもない人物という認識しかないんだからな」
「俺相手に、これだけポンポンとものが言えるんだ。先生に怖いものなんてないだろ」
まさか、と答えて、和彦はウィンドーのほうへと視線を向ける。
「――……あんたと千尋しか知らないが、長嶺の男は怖い……」
「だが、先生を大事にしてる」
ぐいっと肩を抱き寄せられ、和彦は賢吾の胸にもたれかかる格好となる。こんな場所で不埒なことをするなという意味を込め、軽く睨みつけてはみたのだが、大蛇の化身のような男は動じない。
「長嶺の男は、情が強いと言ってもらいたいな」
「身をもって感じているところだ」
「まだまだ、長嶺の男の本気は、こんなものじゃない」
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