血と束縛と

北川とも

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第15話

(26)

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 賢吾と一緒に寝るのは初めてではないが、今夜は隣で千尋が眠っていることもあり、落ち着かないし、何より気恥ずかしい。
 身じろいだ和彦が布団に顔を埋めようとしたが、賢吾の手が頬にかかり、引き寄せられるまま、唇を重ねる。
「――ここからは、大人の時間だ」
 賢吾の言葉に、思わず笑ってしまう。
 胸に抱き寄せられて、口づけを交わしながら帯を解かれ、浴衣をたくし上げられて腰を撫でられる。一瞬賢吾の手が止まったのは、和彦が下着を身につけていないことを知ったからだろう。耳元で低く笑い声を洩らされ、それだけで感じていた。
 言われたわけではないが、和彦も賢吾の帯を解き、浴衣の下にてのひらを這わせる。何より先にまさぐったのは、背の大蛇だった。
「そんなにこいつが気に入っているなら、同じものを先生の体に彫ってやろうか?」
 やろうと思えば、和彦に対してなんでもできる男が、物騒なことを囁いてくる。
「絶対、嫌だ」
「見たがる男は多いと思うぜ。先生が体をくねらせるたびに、大蛇もいやらしく蠢く様を」
「……そういう特殊な性癖を持ってるのは、あんたと千尋ぐらいじゃないか……」
「そうか? 三田村も鷹津も、喜んでしゃぶりつきそうだが。秦なんざ、あからさまに性癖が歪んでいるだろ。それに――」
 意味ありげに賢吾が言葉を切る。和彦は体を強張らせ、きつい眼差しを向けた。無防備に触れていた賢吾の大蛇が途端に怖くなり、できることなら手を退けたいが、体が動かない。
 そんな和彦の唇を啄みながら、賢吾はおそろしく優しい声で語りかけてきた。
「年が明ける前に、俺に打ち明けておくことはねーか、先生?」
 賢吾がこんな言い方をするときは、すでに何か知っているということだ。
 うかがうように見つめると、大蛇を潜ませた目が、間近から覗き込んでくる。この目を前にして、隠し事など不可能だった。
 和彦の怯えを感じ取ったのか、賢吾は頭を撫でてくる。
「怒っちゃいない。先生は、この世界じゃ何かと注目を浴びるし、旨みのある存在だ。いろんな連中が先生の周囲をうろつく。その中に、先生のお気に入りになる人間がいても不思議じゃない」
 誰だ、と問われ、和彦は賢吾の背に爪を立てる。
「……総和会の、中嶋くんだ……。知っていて、聞いているんだろ」
「先生が、中嶋と仲がいいという報告は受けている。ジムが同じで、たまに一緒にメシを食ったり、飲みに出かけたり。内覧会にも、総和会は中嶋を寄越していただろ。すでに公認の友人みたいだな」
「ぼくを利用する気満々みたいだけどな」
「だが先生も、総和会の中に一人ぐらい、親しい人間は欲しいだろ。そのつもりで、つき合ってるんじゃないか?」
「それはあるが――」
「先生と中嶋の仲を微笑ましく見つめている男を、俺は一人知っている。俺のオンナに、自分が抱きたい男の〈教育係〉を任せるなんざ、図々しい野郎だ」
 賢吾が誰を指して言っているかは、明白だ。和彦は大きく目を見開き、軽く混乱した頭を懸命に整理する。
 つまり賢吾は、何もかも知っているのだ。
「あっ……、呆れた、男だ……」
 ようやく和彦が洩らした言葉に、賢吾はニヤリと笑う。
「俺の慧眼と知略を、褒めてくれてるのか?」
「褒めてないっ」
「つれないな」
 そう言って賢吾が、和彦を布団の上に押し付けて、のしかかってくる。和彦は抵抗することなく、素直に賢吾にしがみついた。一緒の布団に招き入れられたときから、こうなることは覚悟――期待していた。
 浴衣を脱がされて、貪るような口づけを味わう。すでに賢吾の指は、熱をもって綻んでいる内奥の入り口をまさぐっていた。隣の千尋の様子をうかがいながら和彦は、必死に嬌声を堪える。そんな和彦の姿に、賢吾は満足そうに目を細める。
「……隣で眠る子供を気にかけつつ、夫婦の営み、といったところだな。最高に燃える状況だ」
「あんたの性癖も、かなり歪んでいる」
「そんな俺すら、先生は受け止めてくれる」
 内奥の入り口に熱く逞しい感触が押し当てられ、ゆっくりと侵入を開始する。
「ふっ……、あっ、うぅっ」
 さきほど千尋のものを受け入れたばかりの場所は、従順に賢吾のものを受け入れながら、擦り上げられる刺激の強さにひくつく。賢吾は容赦なく腰を使い、粘膜同士が擦れ合う湿った音が、布団の中から漏れ出てくる。
 声が出せないからこそ、普段以上に呼吸が乱れる。喘ぐ和彦に誘われたように、賢吾は何度となく唇を啄んできて、それが心地いい。
 甘えるように賢吾の肩にすがりつくと、大きな手に髪をくしゃくしゃと掻き乱された。
「――本当に、お前は可愛いオンナだ」
 バリトンの魅力を最大限に発揮して、賢吾が耳元に囁いてくる。このまま賢吾の囁きと律動にすべてを委ねてしまいたいが、ついさきほど交わした会話のせいで、あることがどうしても気になってしまう。
 それが表情に出たらしく、賢吾に顔を覗き込まれた。
「どうした、先生?」
「……あんたのさっきの言葉じゃないが、年が明ける前に、一つ打ち明けてほしいことがある」
「言ってみろ」
 ここで和彦は唇を噛む。賢吾が内奥深くに押し入ってきたのだ。なんとか声は堪えたが、不意打ちのように襲いかかってきた快感に、体が小刻みに震える。
 必死に賢吾を睨みつけると、楽しげな笑みで返された。
「――秦を、あんたの手駒にした理由」
 快感のため、声まで震えを帯びる。和彦の口元に耳を寄せた賢吾は、浅く頷いた。
「あの男は長嶺組にとって、何かと使い勝手がいいからだ。利用価値があるからこそ、先生との多少の遊びは許してやる。先生と中嶋を親密な関係にすることにも、異論はない。先生のために、総和会の中に味方を作っておいてやりたいし、そうすることが、長嶺組の利益にも繋がるからな」
「もっともらしいことを言ってるが、具体的なことは何一つ教えてくれないんだな」
「まだ、そのときじゃない。どうしても知りたいというなら、自分の体に刺青を彫っていいと言え。そうしたら、なんでも話してやる」
「絶対……、嫌だ」
「まあ、いい。刺青の件は、じっくりと口説き落としてやる」
 内奥を抉るように動かれ、小さく呻き声を洩らした和彦は、浴衣の上から賢吾の背をまさぐるだけでは我慢できず、もどかしく浴衣を脱がしてしまう。そしてようやく、思う存分、大蛇の刺青を撫でることができた。
 賢吾のものが、ドクドクと脈打っている。見た目よりもずっと、賢吾は興奮し、猛っているのだ。そのせいか、こんな物騒なことを洩らした。
「秦が、先生の遊び相手としての役目をしっかりと心得ているならいいが、もし図に乗って、先生を抱いたら――殺す」
 和彦が息を呑んで見上げると、賢吾は凄みのある笑みを唇に浮かべた。
「と、秦には釘を刺してある」
「……怖い男だ」
「先生には甘くて優しいだろ」
 そんな会話を交わしているうちに、微かに除夜の鐘が聞こえてきた。和彦が障子のほうに視線を向けると、賢吾も倣う。
「年が明けたな」
「ああ」
「今年もよろしく頼むぜ、先生」
 和彦はつい顔をしかめてしまう。
「ぼくは、なんて答えたらいいんだ……」
「なんと答えたい?」
 意地の悪い男だと思いながら和彦は、ぼそぼそと小声で答えた。
「――……はい、賢吾さん」
 賢吾が律動を再開し、すぐに肉の悦びが押し寄せてくる。静かに仰け反る和彦に、賢吾は実にさりげなく問いかけてきた。
「中嶋に、何をレッスンしてやったんだ」
「あっ……、キス、を……。キスをしただけだ」
 悪いオンナだと賢吾が洩らし、和彦が洩らしたのは、深い吐息だった。

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