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第15話
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不思議な感じだった。一昨日、三田村と求め合って体を重ねたばかりの自分が、〈嫌な男〉そのものの鷹津と、今はこうして繋がっている。反発心や嫌悪感もねじ伏せて、感じているのだ。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
賢吾の背に両腕を回した和彦は、静かな喜びを感じながら頷いた。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
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